今、お姑さんはウキウキしている。
なぜかと言うと、もうすぐ高齢者施設に入るから。
お姑さんがこんなに喜んで高齢者施設に入ってくれるなんて、つい先月には想像もできなかった。
今年の夏の初め頃、そろそろお姑さんを高齢者施設に入居させた方がいいという話が出た。
義姉たちやケアマネジャーさんからも入れた方がよいと言われた。
そのような話が出た中で、私自身もこれが潮時だろうか、いや、まだ大丈夫という二つの間で揺れていた。
何よりお姑さんが高齢者施設に入ることを嫌がっていた。
これまでも、知り合いが高齢者施設に入った話を聞いてお姑さんはよく言っていた。
「可哀想にね。○○さんが施設に入れられたんだって」
いまどきのシニアは、自らが選んで高齢者住宅へ入る方も多いと言うのに、お姑さんはいまだに「入れられた」という感覚しかなかった。
今の高齢者住宅はお姑さんが考えているような暗いイメージではなく、明るく快適な施設が多くなったと思うが、それをお姑さんに納得してもらうのは至難の業、いや不可能だと、その時までは思っていた。
「近々、限界がくる。その時には施設に入ってもらわなければいけないのだから、まずはどんな所があるのか見学に行こう」と夫が言い、二人でいくつかの施設を見学に行った。
ケアマネジャーさんから「お姑さんは認知症が進んでいるので、サービス付き高齢者住宅ではなくてグループホームが良いでしょう」と言われ、グループホームの見学に行くことにした。
そして見学するにあたって、家族が会いに行きやすい場所にあること、雰囲気が良い所、年金の範囲内で入れる所などの条件を決めて、見学するグループホームの候補を絞った。
ところでグループホームとは、認知症と診断を受けた高齢者の方々が暮らす施設で、定員は9人までと決まっている。
9人だけの小さなグループホームから9人がフロアごとに暮らす大きなグループホームまで、いろいろなグループホームを見た。
それぞれに良い点も有れば不安な点も有りで、こちらが考えているような百点満点の所は見つからなかったが、その中でも良いと感じた二か所のグループホームに絞った。
ところが、たくさんのグループホームを見学して分かったのは、どの施設も待機者がたくさんいるということで、すぐに入所できるグループホームは皆無だということだった。
多い所では10名以上の方が待っているとのことで、いつ入所できるかは全く予測できないと、どのグループホームでも言われた。
いつ入所できるかは分からないが、とにかく待機者の中に入れてもらわないと気に入ったグループホームには永遠に入ることができないということが分かり、とりあえず良かった二か所に申し込みをして来た。
ところが、なんと数日後に申し込みをした一か所から「空きました。すぐに入れます」と早々に連絡をもらった。
そのグループホームでは急に空室が出たため、待機している人たちに連絡をしたところ「待ちくたびれて他に入りました」とか「もう少し自宅で暮らします」と言った理由で次々と断られたそうで、結局お姑さんに順番が回って来たらしい。
そこは申し込みをした二か所の中でも、「こちらの方が良い」と思っていた施設だったので、夫も私も義姉も「ここで決まりだ」と思った。
そこで、すぐにお姑さんを連れて再び見学に行ったのだが、思っていた通りお姑さんの反応は良くなかった。
「ここに入るのかい?」と言って、はぁ~と大きなため息をついた。
数日間、考える時間をもらうことにして保留にしていたが、ケアマネージャーさんに相談したところ、「お姑さんの社交的な性格ならば、すぐに慣れると思います。きっと楽しいと思いますよ」と言われ、その言葉に背中を押されて入所させてもらうことに決めた。
この頃、お姑さんは通っているデイサービスで「息子に施設に入れられる」と落ち込みながら話していたと、あとでデイサービスの職員さんから聞いた。
入所できると連絡をくれたグループホームにお姑さんをお願いすることに決め、9月1日に入所の契約をすることになった。
ところが、契約の日まであと3日という8月29日の朝、お姑さんを迎えに来たデイサービスの職員さんから思いがけないお話を聞いた。
「もうグループホームに決まったことは知っていますし、近々契約をするというのも知っています。
そのような時にこんなことをお話して良いのか悩みましたが、やはりどうしてもお知らせしておかなければと思いました」と話し始めた職員さんから聞いたお話は次のようなものだった。
お姑さんが通っているデイサービスは、隣に同系列のサービス付き高齢者住宅があって、そこからデイに来ている利用者さんも多くいらっしゃるそうだ。
その中でお姑さんと一番親しくしているというおばあちゃんが、「施設に入れられる」と落ち込んでいたお姑さんに「じゃあ私の入っている施設にくればいい」と言って、デイサービスの職員さんに頼み込んで、自分の部屋をお姑さんに見せるために、お姑さんを連れて二人で高齢者住宅へ行ったそうだ。
しばらくしても二人がデイに戻ってこないので、職員さんが部屋まで呼びに行った所、手と手を取り合ったお友だちとお姑さんが、「あんた、絶対ここに入るんだよ」「そうするよ」と言い合っていたのだそうだ。
それからというもの、お姑さんは「施設に入れられる」と言わなくなったどころか、「ここが空いたら、すぐに教えてね」と言って、職員さんからの返事を楽しみに待っているようになったそうだ。
とは言え、その施設は満室だった為、お姑さんが入所する可能性はゼロと、その時はどの職員さんも考えていたそうだ。
ところが、「それが今日、一部屋、空くことが決まったんですよ!」と職員さんがすこし興奮気味に教えてくれた。
それを聞いて私は困惑した。
あんなに施設への入所を嫌がっていたお姑さんが、職員さんのおっしゃるように楽しみに待っているようになったのであれば、そこに決めてあげたい。
しかし、口頭でではあるが、グループホームにはすでに「そちらでお願いします」と言ってしまっている。
また考える時間が必要と言って、契約を9月まで引き延ばしてもらったという事もあり、契約直前になって断るのは気が重かった。
そして何より認知症が重くなってきたお姑さんが、サービス付き高齢者住宅に入って大丈夫だろうかという懸念があった。
夫にそれを話すと、「じゃあ、そこも見学へ行ってこよう」と言い、翌日の30日に急遽見学をさせて頂いた。
サービス付き高齢者住宅というのは、父も入っていたのだが、基本的に自立した高齢者が入る、いわば介護サービスがついた高齢者の為のアパートだ。
(父の場合、最終的には全介護になったが、入所した時はまだ元気だった)
認知症であり自立が難しく見守りが必要なお姑さんが、果たして入ることができるのだろうか。
このような状況で入ることができるのかどうか心配だったが、高齢者住宅の担当者さんは「デイサービスで接してわかっているので、それは大丈夫ですよ」とおっしゃってくれた。
同じ系列だということで、デイサービスでお世話になっている職員さん達がいる高齢者住宅は、お姑さんには馴染みやすいだろう。
またデイサービスで仲良くしている友だちが他にもたくさん入っているということで、「何かあったらみんなが助けてくれると思います」ともおっしゃってくれた。
願ったり叶ったりとはこのこと。これ以上の所はないのではないかと思った。
「大丈夫と言って下さるのなら、是非こちらに入れて頂きたいです」とお願いしたところ、「現在、待機者が11名いるので、会議を開いてからじゃないと決められません」とのことだった。
9月1日にグループホームの契約があるので、それまでに返事を頂きたいことを伝えると、翌日31日の午前に会議を開いてくれると言って下さり、結果が分かり次第すぐに連絡をくれることになった。
そして翌日の31日、高齢者住宅の担当者から「入所が決まりました」との電話をもらった。
グループホームの契約日の前日。まさに予想外の展開だった。
待機者が11名いたにもかかわらず、お姑さんを入れてくれたのは、デイサービスで「施設に入れられる」と悲しんでいたお姑さんの様子を知っていたことと、すでに入所している友だちの存在が大きかったそうだ。
グループホームの方には夫がすぐに謝罪の電話をしたが、お姑さんの次に待っている方へ順番が回るようで、あっさりと「そうですか」とのことだったそうだ。
というわけで、あんなに施設に入るのを嫌がっていたお姑さんが、今、自ら荷物をまとめて入所するのを心待ちにしている。
「ご先祖様のお陰だね。おばあちゃんに一番よい施設を決めてくれた」と言ったら、日頃、目に見えない世界に懐疑的な夫がめずらしく「そうだなあ」と言った。
なぜかと言うと、もうすぐ高齢者施設に入るから。
お姑さんがこんなに喜んで高齢者施設に入ってくれるなんて、つい先月には想像もできなかった。
今年の夏の初め頃、そろそろお姑さんを高齢者施設に入居させた方がいいという話が出た。
義姉たちやケアマネジャーさんからも入れた方がよいと言われた。
そのような話が出た中で、私自身もこれが潮時だろうか、いや、まだ大丈夫という二つの間で揺れていた。
何よりお姑さんが高齢者施設に入ることを嫌がっていた。
これまでも、知り合いが高齢者施設に入った話を聞いてお姑さんはよく言っていた。
「可哀想にね。○○さんが施設に入れられたんだって」
いまどきのシニアは、自らが選んで高齢者住宅へ入る方も多いと言うのに、お姑さんはいまだに「入れられた」という感覚しかなかった。
今の高齢者住宅はお姑さんが考えているような暗いイメージではなく、明るく快適な施設が多くなったと思うが、それをお姑さんに納得してもらうのは至難の業、いや不可能だと、その時までは思っていた。
「近々、限界がくる。その時には施設に入ってもらわなければいけないのだから、まずはどんな所があるのか見学に行こう」と夫が言い、二人でいくつかの施設を見学に行った。
ケアマネジャーさんから「お姑さんは認知症が進んでいるので、サービス付き高齢者住宅ではなくてグループホームが良いでしょう」と言われ、グループホームの見学に行くことにした。
そして見学するにあたって、家族が会いに行きやすい場所にあること、雰囲気が良い所、年金の範囲内で入れる所などの条件を決めて、見学するグループホームの候補を絞った。
ところでグループホームとは、認知症と診断を受けた高齢者の方々が暮らす施設で、定員は9人までと決まっている。
9人だけの小さなグループホームから9人がフロアごとに暮らす大きなグループホームまで、いろいろなグループホームを見た。
それぞれに良い点も有れば不安な点も有りで、こちらが考えているような百点満点の所は見つからなかったが、その中でも良いと感じた二か所のグループホームに絞った。
ところが、たくさんのグループホームを見学して分かったのは、どの施設も待機者がたくさんいるということで、すぐに入所できるグループホームは皆無だということだった。
多い所では10名以上の方が待っているとのことで、いつ入所できるかは全く予測できないと、どのグループホームでも言われた。
いつ入所できるかは分からないが、とにかく待機者の中に入れてもらわないと気に入ったグループホームには永遠に入ることができないということが分かり、とりあえず良かった二か所に申し込みをして来た。
ところが、なんと数日後に申し込みをした一か所から「空きました。すぐに入れます」と早々に連絡をもらった。
そのグループホームでは急に空室が出たため、待機している人たちに連絡をしたところ「待ちくたびれて他に入りました」とか「もう少し自宅で暮らします」と言った理由で次々と断られたそうで、結局お姑さんに順番が回って来たらしい。
そこは申し込みをした二か所の中でも、「こちらの方が良い」と思っていた施設だったので、夫も私も義姉も「ここで決まりだ」と思った。
そこで、すぐにお姑さんを連れて再び見学に行ったのだが、思っていた通りお姑さんの反応は良くなかった。
「ここに入るのかい?」と言って、はぁ~と大きなため息をついた。
数日間、考える時間をもらうことにして保留にしていたが、ケアマネージャーさんに相談したところ、「お姑さんの社交的な性格ならば、すぐに慣れると思います。きっと楽しいと思いますよ」と言われ、その言葉に背中を押されて入所させてもらうことに決めた。
この頃、お姑さんは通っているデイサービスで「息子に施設に入れられる」と落ち込みながら話していたと、あとでデイサービスの職員さんから聞いた。
入所できると連絡をくれたグループホームにお姑さんをお願いすることに決め、9月1日に入所の契約をすることになった。
ところが、契約の日まであと3日という8月29日の朝、お姑さんを迎えに来たデイサービスの職員さんから思いがけないお話を聞いた。
「もうグループホームに決まったことは知っていますし、近々契約をするというのも知っています。
そのような時にこんなことをお話して良いのか悩みましたが、やはりどうしてもお知らせしておかなければと思いました」と話し始めた職員さんから聞いたお話は次のようなものだった。
お姑さんが通っているデイサービスは、隣に同系列のサービス付き高齢者住宅があって、そこからデイに来ている利用者さんも多くいらっしゃるそうだ。
その中でお姑さんと一番親しくしているというおばあちゃんが、「施設に入れられる」と落ち込んでいたお姑さんに「じゃあ私の入っている施設にくればいい」と言って、デイサービスの職員さんに頼み込んで、自分の部屋をお姑さんに見せるために、お姑さんを連れて二人で高齢者住宅へ行ったそうだ。
しばらくしても二人がデイに戻ってこないので、職員さんが部屋まで呼びに行った所、手と手を取り合ったお友だちとお姑さんが、「あんた、絶対ここに入るんだよ」「そうするよ」と言い合っていたのだそうだ。
それからというもの、お姑さんは「施設に入れられる」と言わなくなったどころか、「ここが空いたら、すぐに教えてね」と言って、職員さんからの返事を楽しみに待っているようになったそうだ。
とは言え、その施設は満室だった為、お姑さんが入所する可能性はゼロと、その時はどの職員さんも考えていたそうだ。
ところが、「それが今日、一部屋、空くことが決まったんですよ!」と職員さんがすこし興奮気味に教えてくれた。
それを聞いて私は困惑した。
あんなに施設への入所を嫌がっていたお姑さんが、職員さんのおっしゃるように楽しみに待っているようになったのであれば、そこに決めてあげたい。
しかし、口頭でではあるが、グループホームにはすでに「そちらでお願いします」と言ってしまっている。
また考える時間が必要と言って、契約を9月まで引き延ばしてもらったという事もあり、契約直前になって断るのは気が重かった。
そして何より認知症が重くなってきたお姑さんが、サービス付き高齢者住宅に入って大丈夫だろうかという懸念があった。
夫にそれを話すと、「じゃあ、そこも見学へ行ってこよう」と言い、翌日の30日に急遽見学をさせて頂いた。
サービス付き高齢者住宅というのは、父も入っていたのだが、基本的に自立した高齢者が入る、いわば介護サービスがついた高齢者の為のアパートだ。
(父の場合、最終的には全介護になったが、入所した時はまだ元気だった)
認知症であり自立が難しく見守りが必要なお姑さんが、果たして入ることができるのだろうか。
このような状況で入ることができるのかどうか心配だったが、高齢者住宅の担当者さんは「デイサービスで接してわかっているので、それは大丈夫ですよ」とおっしゃってくれた。
同じ系列だということで、デイサービスでお世話になっている職員さん達がいる高齢者住宅は、お姑さんには馴染みやすいだろう。
またデイサービスで仲良くしている友だちが他にもたくさん入っているということで、「何かあったらみんなが助けてくれると思います」ともおっしゃってくれた。
願ったり叶ったりとはこのこと。これ以上の所はないのではないかと思った。
「大丈夫と言って下さるのなら、是非こちらに入れて頂きたいです」とお願いしたところ、「現在、待機者が11名いるので、会議を開いてからじゃないと決められません」とのことだった。
9月1日にグループホームの契約があるので、それまでに返事を頂きたいことを伝えると、翌日31日の午前に会議を開いてくれると言って下さり、結果が分かり次第すぐに連絡をくれることになった。
そして翌日の31日、高齢者住宅の担当者から「入所が決まりました」との電話をもらった。
グループホームの契約日の前日。まさに予想外の展開だった。
待機者が11名いたにもかかわらず、お姑さんを入れてくれたのは、デイサービスで「施設に入れられる」と悲しんでいたお姑さんの様子を知っていたことと、すでに入所している友だちの存在が大きかったそうだ。
グループホームの方には夫がすぐに謝罪の電話をしたが、お姑さんの次に待っている方へ順番が回るようで、あっさりと「そうですか」とのことだったそうだ。
というわけで、あんなに施設に入るのを嫌がっていたお姑さんが、今、自ら荷物をまとめて入所するのを心待ちにしている。
「ご先祖様のお陰だね。おばあちゃんに一番よい施設を決めてくれた」と言ったら、日頃、目に見えない世界に懐疑的な夫がめずらしく「そうだなあ」と言った。