少し寒い感じの週明け。
家人に頼まれ、切手を買いに郵便局へ。そのあと、市内西側のショッピングモールへ。
今時、切手なんか買う人などいないらしく、近所のコンビニエンス・ストアでは、販売物品の中に『切手・ハガキ』なるものがあるにも関わらず、家人が、唯一、徒歩で行けるこのコンビニエンス・ストアに切手は、置いてなかったそうな・・・。
今は、電子メールで、ちゃちゃっと送れるし、SNSだとかLINEだとかで、済んでしまうから、そういう文明の利器が使えぬご老人とか、ダイレクトメールくらいしか、需要がないのだろう。
郵便事業も廃れる運命にあるから、宅配が次なる収益の手段というか・・・。
善良なる我が居住地の市民は、(たぶん)疑うコトなく、自粛要請に従っているようで、平日でも、駐車場の空きを見つけるのが大変なスーパーの入り口に近い場所にパークすることが出来た。
ついでに、ホーム・センターに寄ったけれど、5月2日から6日迄は、休業のお知らせ。
ココも休みに入っちゃうのか・・・。
レジの店員さんも、フェイス・シールド、マスク、手袋と完全武装であった。
家人の目も、ますます悪くなり、好きな針仕事にも、針に糸を通す作業に支障がでているようで、階下に降りていくと、針の糸通しなど頼まれる。
家人は、もう高齢だから仕方が無いが、私だって、老眼が進み、なかなか糸が通らなくなった。
針穴自体が、小さい針しかないので、ショッピング・モール内にある手芸店を覗いたら、お客が列を作っていた。
売れ筋は、手作りマスク・キットのようであったけれど、可愛い布地などたくさんあって、私もミシンが使えて、型紙のパターンを引けたなら、作ってみたいなあと思ったりした。
女子高だったので、家庭科は、必須科目で、避けて通れなかった。
料理は、まだしも(一応、中学のときに、家庭科検定なる試験で、2級を貰った)、ミシン縫いなどは、苦手中の苦手で、家庭科室のボロいミシンは、糸が、絡み、直線縫いにも難儀した記憶があった。
それに、家庭科のお裁縫の課題は、全部、家人にやって貰っていたので、コレ迄、自主的に作ろうなんてことは、思いもしなかったし、コレからもたぶん、やらないだろうと思っていた。
国内には、買ってしまった方が、自作するより数段安価な服が売られている(今後は、どうなるかわからないケド・・・)。
自作するより、着心地もデザインも優れていて、安価な大量生産なら、間違いなく、買ってしまうだろう。
それでも、自宅に居て、暇を持て余していれば、手芸、裁縫の類も楽しそうではある。
マスク、消毒液、体温計、パスタ、紙製品などなど・・・この数か月、コレ迄、安価に入手できたものが、市場から消えた。
手に入らぬのなら、自作できるものは、自作するしか手段がなくなるのかもしれない・・・流石に、体温計や紙製品などは、無理だけれど。
新型コロナ肺炎ヴァイラスが、様々なもの・・・目に見えるもの、見えないもの、世の中の仕組み、隠しとおしてきたもの、隠されたものを、ブッ毀し、目の前に突き付けられる真実が、果たして、コレ迄の幻想と目くらましになれた我身に、受け入れ可能か・・・或いは、受け入れざるを得ないのかは、わからないけれど。
何かが、急速に変わっていくのは、やはり、コレ迄の世の中が、間違った構築の上に成り立っていたからなのかもしれぬ。
間違いは、正さねばならぬ・・・そのための起爆剤だったのかもしれぬ・・・などと、いつものバカアタマで、考えてみたりする黄金週間。