鼎子堂(Teishi-Do)

三毛猫堂 改め 『鼎子堂(ていしどう)』に屋号を変更しました。

血圧計(2)美女の条件

2016-03-30 22:56:10 | Weblog

低血圧特有のヤル気のなさ・・・というか、ダルさ・・・というか・・・。

・・・いやいや、ヤル気は、充分なのだけれど、身体がついていかないのよ。

そんなこんなで、寝つき悪く、寝起き更に悪く、ちょっと出かければ、翌日は、枕から頭が上がらず、かといって、病人には、認定して貰えず、片頭痛は、起きるわ、嘔気はするわ、眩暈はするわ、ナマケモ扱いされるわ・・・で、全く良い所がない。

そりゃ、深窓の令嬢が、青白い顔で、ほっそりと立つ風情は、文学的にも、ヴィジュアル的にも価値があるのだろうが、自分で食い扶持など稼がねばならない一般人には、辛い体質でもある。

我乍ら、本当に、よく数十年も会社員をやれたものだと、今更ながら、そう思う。

この体質の改善には、積極的に運動などを行い、身体を動かし、体内の血液の循環及び、血管等を鍛え、滋養・栄養に気を付け、規則正しく、生活すべし・・・とある。

・・・それが出来れば、苦労はない。

まず、寝つけないから、疲れが取れない。

疲れが取れないから、朝起きられない。

朝起きられないから、食欲がなく、食事がとれない。

食事がとれないから、栄養バランスが悪い。

栄養バランスが悪いから、血液の循環も悪い。

血液の循環が悪いから、心臓から血液を送り出す力が、弱い。

血液を送り出す力が弱いから、運動できない。

運動できないから、体力が付かない。

体力がないから、身体が動かせない。

身体が動かせないから・・・・と、際限もなく続く低血圧症状のループ。


断ち切るのが、なかなか、難しい。

こんな体質は、御免こうむりたいところだが、やはり、文学には、必要である。

美女=低血圧のイメージは、未だ、健在だからである。

美女の条件では、あるものの、私は、美女には、程遠いので、やはり、低血圧は、御免こうむりたいのである。




血圧計

2016-03-29 22:56:21 | Weblog

家人の使っているデジタル血圧計が、電池を交換しても動かなくなってしまったので、近所のショッピングモール内のドラッグストアで、新しい血圧計を購入した。

以前同じで、手首に巻きつけて測るタイプの機械である。

旧いものは、たしか10年くらい前に、私が買ったもので、会社の健康診断で、血圧が少し高め(・・・というか、少しどころではなくて、かなり高め)の数値が出たからである。

若いころから、どちらかと言えば、低血圧の部類だったし、低血圧の要精検の紹介状を渡されていたので、何故に、高血圧なのか・・・?と思った次第。

実は、その頃は、毎日、夕食時に缶ビールを1本嗜んでいたのだった。

それ以来、毎日の飲酒は、やめることにして、せいぜい週に2本くらいにとどめたら、また、血圧が下がってきて、やはり本来は、低血圧なのだろう。

・・・10年?ぶりくらいに、血圧計が新しくなったので、やはり、計ってみたくなる。

手首に巻き付け、スイッチを入れると、ウィィィィィィィ~~~~ンとエアーを送る音がする。

シュワワワワ~~~とエアーが抜ける音がするので、数値表示画面をみると『エラー』表示。

計り方が悪かったのかね?

もう一度、同じ作業をする。

二度目も同じく『エラー』だった。

・・・新しいヤツなのに・・・???

ベルトの巻き方が悪いのかね?

巻きなおして計ってみるも、三度目のエラー。

四度目は、計れたのだが、表示画面をみて驚いた。

『H:77  L:43  脈拍56』

とわぁぁぁぁぁ・・・このところ、割と頻発する脳貧血は、このためだったのか・・・。

いやいや・・・コレもエラーと言うこともあり得るので、六度目の挑戦。

『H:75  L:44  脈拍58』

なんや・・・コレ?下がってるのか、上がっているのか・・・わからん・・・が、いずれにせよ、やはり、私は低血圧症だね・・・病院へ行くと、よく立っていられますねと感心される数値だ。

こんな血圧で、よく会社員をやっていた・・・。

たいへんよくがんばりました。

ハナマルあげよう。







自分探し~幸福の青い鳥

2016-03-28 21:58:25 | Weblog

『自分探し』・・・こんなキー・ワードが、トレンドになっていたのは、いつ頃のことだろうか?
21世紀をマジかに控えた世紀末・・・の頃からだろうか?

メーテルリンクの童話に、『青い鳥』というお話があって、主人公のチルチルとミチルの兄妹は、幸せの象徴ともいえる青い鳥を探す旅にでるけれど、どうしても見つけることができない。
疲れ果てて、自分の部屋に戻ったら、青い鳥は、ソコに居た。

遠くまで出かけたのに、青い鳥は、ソコにいた。

自分探しの旅に出て、自分は、自分の中にしかいないということを知る物語なのかもしれない。

別の自分が、他に居る・・・というのは、ドッペルゲンガーというか。
ドッペルゲンガーもお互い?に出会ってしまうと、死に至るという。
芥川龍之介なども、死ぬ前に、自分自身(ドッペルゲンガー)に、会っているらしい。

本当の自分・・・。

たぶん、社会や会社組織、家族などの集団の中で、自由奔放、自分のやりたい放題できる環境がともなわない場合、抑圧されても、聞き分けのよい人間でいる方が、集団では、優位に作用する・・・ということを初等教育で学び、本来の自分を抑えて、所謂、ペルソナ(仮面)を被り、生きていくことになる。

ペルソナは、自分を守ってくれる反面、抑圧もするから、仮面なんだか、自分なんだか・・・わからなくなってきて・・・自分を探したくなるのだろうか?

幸福・希望の象徴である『青い鳥』を探すのは、生きていく上で、必要不可欠なんだろうと思う。
どんな環境の中にいても、希望を失ったら、生きていくのも難しくなる。
不治の病などでも、治療に有効な新薬の開発などの希望があれば、生存へのエネルギーが出てくるということもあるだろう。

死に至る病とは絶望である・・・と言ったのは、キェルケゴール(『退屈』も死に至る病らしい)。
絶望的な退屈・・・って、かなり死に至りそうな病のようだ(まるで、今のワタシかも?)

自分自身に出会うと死に至るドッペルゲンガー。
自分探しの果てに出会うのは、絶望的な退屈。

青い鳥の物語の終末は、旅から戻ってみたら、自分の目の前にいた青い鳥を見つけて、幸福を手に入れたような気がしたけれど、掴まえる間もなく、青い鳥は、再び、目の前から飛び去ってしまうそう・・・(この結末は、今まで知らなかった)

結局のところ、本当の自分は、今の自分であり、ニセモノのように感じているだけで、掴まえたと思ったら、儚く消えていくのが・・・或いは、本当の自分だと思っていた自分かもしれない???
(頭の程度が悪いので、書いていてよくわからなくなってしまいました)




インド占星術~春は、モラトリアム???

2016-03-27 16:15:21 | 占術

その昔。
西洋占星術のホロスコープを、本を見ながら、本の巻末に出ている惑星運行表などを見ながら、手計算してみて、恵まれた星の下には、生まれていないとオボロゲながら、わかった。

幸運なんて、無縁なチャートだ。

四柱推命も全くダメだし・・・。

いろいろな占い本などを見て、やはりどうも、宜しからざる・・・らしいと思っていたら、その通りらしい。
認めたくないが、大筋では、当たっているのかもしれない。

これも昔だけれど、或るインド占星術師に、

『20歳代前半までは、そうですねぇ・・・どうも、人前にでるという感じではなくて、隠棲していた。イナカなどに引っ込んで、静かに暮らしていたというか、病気療養的な生活をしていたような星の配置ですかね?』

と言われたことがあって、たしかに2年間は、自宅で、療養生活の延長みたいな生活をしていて、良く言えば、モラトリアムだった。就業もしていなかったし(アルバイトは時々していた)。

インド占星術では、公務員だとか、仕事一筋だとか・・・そんなふうに、解読できる星めぐりであるらしい・・・?

・・・真面目に勉強して、公務員とか、教員になれれば、ソコソコ良い人生だったのかもしれない。
(しかし、公務員や教員になるには、人並み以上の頭脳でないと、試験には受かりませんから、まあ、無理ね)

そんな訳で、再び、モラトリアムになった。いつまで、続く・・・このモラトリアム。

いや・・・モラトリアムって、響きはいいよね(最近では、『おそ松さん』ブームで、働かないニートを、モラトリアムと言っているから、ちょっと意味合いが違うかもしない。学生などが、就職をする前に、期限つきで、自分探し?みたいなことをする時期という意味合いが強いようだ)。

このトシで、モラトリアムを気取って(・・・というよりは、そうせざるを得ないし事情があってのことだけれど)いても、単なる馬鹿である。

人生残り時間も・・・あまりない現在で、モラトリアムだと?

今更自分探してどうなる?

モラトリアムという言葉から、学生運動だとか、ニューエイジだとか・・・あくまでイメージだけれど、1960年代後半から、1970年代前半の・・・所謂、若者が、なにか、得体の知れないエネルギーを社会に向かって爆発させていた時代に、ひっそりと隠棲しているのがモラトリアムのイメージだけれど、その時代、私は、まだお子ちゃまだったから、本当の意味でのモラトリアムを知らない。

あの頃は、世界中の若者が、煮えたぎっていたような気がする。
あのエネルギーを、今の若者は、持っていない。個人の時代なんだという。

スマートフォンがあれば、一日中、部屋の中で、過ごせるし、不自由しない。

もしかすると、全員、モラトリアムなの?都内で電車にのっていると、対面する座席の10人中8人は、スマホを操作中で、なにやら恐ろしい気がする。

見知らぬ集団の中に、個々の世界があって、他の仮想世界に繋がっていようとしている。

違う世界に繋がっていながら、やってることは、皆同じ・・・。

不思議な光景を見ることができる。





Love me Tender

2016-03-26 16:48:13 | 音楽

春の土曜日。
でも、まだ花冷え。風が少し冷たい。

裏の雑木林から、春を告げる小鳥の鳴き声。
一番初めは、鶯(うぐいす)。
今年の鶯は、初鳴きから、上手で、たどたどしさがなくて、優等生だった。

ウチの場合の春告げ鳥は、鶯だけれど、中学の音楽の時間に、アメリカ民謡?として、歌ったのが、かのエルヴィス・プレスリーの『Love me Tender』 だったことは、後々に知ったことで、それでも、中学生だった私には、綺麗で、優しい曲で、春の歌と言えば、間違いなくベスト・テンにランク・インされる。
私の場合は、歌う・・・というよりは、リコーダーのテストが、あったから、練習した曲だった。


過ぎゆく春を告げる鳥
今も歌うは愛の歌
オーラリ オーララ
麗しの黄金(こがね)の髪は、陽に輝く


実際の英語の詞とは、随分、かけ離れた訳詩なのだろう。
音楽室から、LOVE SONG を全員で合唱するのは、やはり、ちょっとマズいかもしれない・・・或る意味、ストイックで純粋な時代でもあった(・・・ような気がする)。
音楽の教科書は、アメリカ民謡 Aura Leeというタイトルだった。
(Love me Tender は、ともかく、優しく愛して・・・は、やはり、ちょっとマズかろうからな・・・)。

定年間際のオジさん達が、カラオケ?なんかで、よく歌っていたのかもしれない。
コレとか、マイ・ウェイだとか・・・。

本邦では、布施明さんとかが、カバーしてたような気もするけれど・・・?


このアメリカ民謡・オーラリーを、エルヴィス・プレスリーが、カバーしていたのは、前述したけれど、私は、このエルヴィス・プレスリーというひとに、少しだけ、縁?がある・・・というか、縁とは、言わないかもしれないけれど。

1935年1月8日山羊座生まれ。

数秘術(ダン・ミルマン氏の)では、誕生数『9』

山羊座で、『9』・・・というところが、共通している・・・ただ、それだけ。

誕生数『9』は、良い面・悪い面が、極端になりやすいという解説で、ドーナッツを食べすぎて、肥満の為に、42歳で亡くなったのは、やはり極端なのかもしれない。

健康に気を使えば、もっと生きられたのかもしれないが、エルヴィス・プレスリーにとっては、生きていることに、もう意味がなかったのかもしれない・・・?



花冷え(3)~紀の国・紀ノ川

2016-03-25 16:12:39 | 本・読書

春が、少し立ち止まっているような寒い週末。

お昼のニュース番組を見ていたら、皇居付近の桜は、咲初め。
一分咲きくらいで、満開は、来週の初め頃と伝えていた。
皇居乾通りには、75本の染井吉野、山桜などが植樹されているとのことで、朝9時から、お花見客が詰めかけている・・・とのこと。

皇居内の一般人が、立ち入り禁止区域にも、桜はたくさんあるのだろうから、やんごとなきひとたちも、お花見などなさるのだろうか?

桜は、やはり、吉野の山。

上千本、中千本、下千本・・・山の頂上へ向かうほど、開花時期が遅くなるから、1ヶ月くらいは、楽しめるらしい。

もう、かなり昔になるけれど、家人が、市役所を定年退職したおりに、お祝いに、吉野・高野山巡りというツアーをプレゼントしたことがあった。
ツアーの前に、『格安』と但し書きが、入るけれど。

吉野山の桜を愛でて、高野山の宿坊に泊り、紀三井寺などにも参拝した。

紀の国は、大河がゆったりと流れていた。
小説『紀ノ川』の作者・故・有吉佐和子氏は、紀ノ川は、青い・・・と書かれている。
そのとおり、鮮烈な美しい川だったことを記億している。

有吉氏も生存されていれば、家人と同じくらいの年齢だろう。
享年53とのことだから、随分、若くして亡くなれたなぁ・・・。
まだまだ、書きたい小説が、たくさんあったのではないか・・・と思う。

紀の国を旅していて、風光明媚な土地柄で、内陸の山、熊野灘から、大坂湾に至る海沿いの地域とさまざまな表情があった。

その頃、土地の名産というか、新品種というか、『清見タンゴール』という夏みかんよりも一回りか二回り小さく、温州みかんよりは、一回りか、二回り大きな柑橘を、食した。

柔らかで、ジューシーな果肉は、オレンジと蜜柑の掛け合わせを行った品種だと聞いた。
紀の国でしか手に入らなかったものが、通販で、手に入れられるようになり、今では、遙か、北関東の我が居住地のスーパーの青果コーナーに並んでいる。

いつもつい、買ってしまう。

果物は、贅沢品なれど、コレを食べねば、春はこない(・・・私的には)。





桜の花が咲きました!

2016-03-24 05:24:45 | 自然・気象

昨日の午後から、何やら、雲行きが怪しくなってきて、夕刻より、雨が降り出した。
今日も、ずっと雨なのかな。


今月の14日に、相方と外食をして以来、外出することもなくて、野菜類などが乏しくなってきたので、久々に、外へ出てみた。

自宅近くの桜並木(染井吉野)は、枝全体が、ピンク色に染まっていて、開花マジかな風情である。

春だねぇ・・・。
今週末には、開花かな?

染井吉野よりも早く、自宅の桜は、満開。
私の部屋からは、あいにく、見ることができなくて、自宅に繋がる道の入り口あたりから、その存在がわかるから、外へでないと見えない。

本日の画像。



ぽっちり咲いた桜の花。

染井吉野より、ひとまわりくらい大きな花で、色のない地味目の桜である。
薄墨か、山桜の一種だろうと思う。
来週は、尼寺公園へ、薄墨桜を見にいこうと思っている。
お天気はどうかな?

桜が咲く頃になると、心が、ざわざわしてくる。
花の魔が、騒ぐのだろうか。

華やかな花の影に潜む魔物がいる。

我が家の桜は、地味で質素だから、魔が済むには、不足だろうか?
それでも、3月の半ば頃、ひっそりと見えないように花を咲かせる。
去年も一昨年も・・・写真を撮ろうと思っている間に、儚く?散ってしまったから。

今年は、ぽっちりと撮影。


遊色(3)恐竜オパールと骨

2016-03-23 05:24:57 | 宝石

オパールの遊色は、閉じ込められた水によるものであるらしい。
乾燥には、著しく弱いから、密閉できるような宝石箱での保管が望ましい・・・とのことで、結構、神経質な宝石のようだ。

数万、数十万、数千万年の時の経過の中で、地熱と圧力と地殻の様々な物質の含有量で、その美しさが決まるのが、宝石。

ダイヤモンドは、無色透明、亀裂や内包物がない物が、高値で取引されているけれど、中には、様々な美しい色をもつダイヤモンドもあったりする。

ルビーとサファイアもほぼ同じ成分でできているけれど、銅だか、アルミニウムだかの含有率の違いで、赤いものだけが、ルビーとなり、その他は、サファイアと分類される。

偶然が生み出す神秘の宝石。
だから、ヒトは、宝石に魅了されるのだろうなぁ・・・。

数回に渡って、オパールについて、アレコレ、ど~でもよいようなことを書き綴ってきたけれど。

オパールの取引で、高額な値段がつくのは、やはり、遊色による色の変化のうち、『赤』い色が、表れるものが、最高とされるようだ。

私は、少し青味がった乳白色の石の中に、鮮烈な青や紫が、でるものが好きだ。
恐竜オパールでも、燐光というか、青味がかっているものが、一番神秘的で、綺麗だと思っている。


死して、オパールになる・・・という夢は、実現しそうにないけれど、やはり、自分の骨が、オパールになったらいいのに・・・という幻想を捨てることが出来ない。

無理なものは、無理なんだけれど。

私がしつこく、オパールになりたい・・・と言いづつけたモノで、相方は、もう呆れかえって、このバカは、どうしようもないと思ったのか、代替案を出してきた。

『オパールは、自然産物ですから、望んでオパールになることはできませんが、死んだときに、火葬する灰で、陶磁器を作るってのはどうですかね?ボーン・チャイナというか・・・あの吸い込まれるような白さは、絶品ですよ。マイセンかドコカに頼んで、作って貰ったらどうですか?自分の骨が、陶磁器になって残りますよ?』

・・・オパールは、諦め、死して、陶磁器になる・・・か。

それもいいかもしれないな・・・。

どれくらい(価格)で、できるんだろうか・・・?と、また、バカなことを考えている春の一日。





遊色(2)恐竜オパール

2016-03-22 05:25:50 | 宝石

最近は、オパールになりたい・・・と思っている。

人間的にどうの・・・というのではなくて、死んで、土に埋められて、骨か化石化して、オパールになる。自分の骨がオパール化したら、いいなぁ・・・などと夢想している。

『・・・だからさ。火葬しないで、どっか土に埋めて貰ってさ。』

例の如く、相方は、憐れむように言った。

『大根じゃあるまいし、なんでもかんでも、埋めればいいってもんじゃないよ。あのね。カルシウムとかが、オパール化するには、地熱だとか、火山とか、圧力だとか、物理的な要因が重ならないと、そういうふうにはならないんだよ。』

そういうことらしい。
骨が、オパール化するには、我家の裏の雑木林では、ダメなようだ(もともと、他人様の土地だしな)。

オパールの産地と言えば、オーストラリア、メキシコなんかが有名なところだから、あのあたりに、埋めて貰えば、何万年後か、何十万年後か・・・オパールになることが出来るだろうか?

『だから・・・そういうことじゃなくて。宝石は、ダイヤモンドにしろ、ルビーにしろ、偶然の条件がかさならないと宝石にならないんだよ。ダイヤモンドだって、ダイヤモンドにならなければ、只の炭素。墨と同じ。埋めるにしても、相当、深く、掘らないと、ダメだから。』

残念・・・。

(↓恐竜オパールの画像集です)

http://www.google.co.jp/search?q=%E6%81%90%E7%AB%9C%E3%82%AA%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AB&nord=1&rlz=1W1SNJB_jaJP443JP444&biw=1222&bih=519&site=webhp&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ved=0ahUKEwjVzbfYoNHLAhUCLaYKHd1UBAIQsAQIIg

オパールになった恐竜や鳥の骨、貝類・・・太古に、確かに、生きていた者たちが、美しい燐光を放ちながら、宝石になる・・・。

なんだか、とても、憧れる。

自分が生きた証拠が、宝石になる。

いいなぁ。いいなぁ。オパールになりたいなぁ・・・。


本日の画像(恐竜オパールではありませんが)




昨日と同じく、過去に相方からいただいて、宝石箱の片隅にいたメキシコ(ウォーター)オパール。

銀細工。
朱色と緑色の遊色の小さなもの(1カラットくらいかも)。

オパールは、不吉なイメージがあるのも、遊色が浮かんでは消え、消えては浮かび、その本質が見極められないためだという。西洋では、忌み嫌われているようだけれど、日本人には、人気が高いと聞く。

そういえば、家人もオパールが好きで、所有していたオパールは、私が、借りて、出先で失くしてしまった。
現在、やっとオパールの美しさが、解る?年齢になったのかもしれない。
家人は、最近、宝石など見向きもしない。


それにつけても・・・やっぱり、死んだら、オパールになりたいよなぁ(←しつこい!)。





遊色

2016-03-21 05:21:05 | 宝石

相方の死蔵品(・・・というか、御父君の形見)の宝飾品のうちのいくつかは、私の所有するところとなっている。

誕生日だとか・・・贈り物だったり、別に普通の日だったり・・・脈絡もなく贈られたりして、数も少し増えた。

『アンティークというには、新し過ぎるし、かといって、今風の意匠じゃないから、時代遅れの感が強いし、まぁ、あまり価値のあるものでもないのだけれど。でも、少なくとも、金やプラチナなんかの地金の分だけは、現在の取引価格に相当するくらいにはなるでしょう。宝石は、ダイヤモンド以外は、ほとんど価値がないものばかりだから。』

全て、見せて貰った訳ではないので、あとどのくらいあるのか・・・。

彼にとっては、役に立たない・・・まさに、死蔵品らしい。

昭和の中頃。
相方の御父君は、時計・宝石商をしていて、宝飾品は、業者から仕入れいたようだけれど、お店で、売る気はあまりなかったようで、その時々の趣味?というか、単なるコレクターくらいの感覚でしかなかったらしい。

・・・本日の画像。

      

昭和中期のオパールリング。

このデザインは、如何にも・・・という感じで、私の指には、緩すぎるし、地味だし・・・。

和服など着る方にはよさそうなのだけれど、あまり気に入っていなかったので、宝石箱の片隅に追いやられていた。

ところが・・・在る日、取りだして、蛍光灯の光のしたで、シミジミ眺めていると、物凄い遊色の石だったと知った。

写真では、上手く撮れなかったのだけれど、とにかく、オレンジ色が物凄い。
更に、紫、青、黄、ピンク、赤、緑・・・様々な色が、浮かんでは消え、消えては浮かび、見ていて飽きない。

こういうものが、本物の宝石というのだろうか・・・と思った。

相方から、贈られた時に、

『7色出ますから、数えてみて。』

と言われていたけれど、もともとオパールは、あまり好きな宝石ではなかった。

一寸見、だだの乳白色で、カタチものっぺりしていて、時々、朱色が見えるものの・・・。

宝石は、ルビーとかサファイアとかの透明感があるものしか好きじゃなかったから。

オパールは、不吉な石と言われている。太陽光の下では、死んだように輝かない。

夜の人工的な光の中で、様々な色を浮かび上がらせ、ミステリアスに輝く。

恐竜の骨が化石となって、そこに生まれるのが、オパールらしい。

公式の場には、タブーな宝石であることも知った。