3月12日(水)晴
毎日のように、朝夕が冷え込むので、今月末の【桜】が心配になって、Netで検索してみたら、名古屋城も新宿御苑も大阪城も、「早咲きの桜が開花を迎えています」って。
…なので、今年も『金つなぎ・観桜会』は、予定どおり明るく愉しく前向きに、開催出来るでしょう♪
かくのごとく、季節を違えず咲く花もあれば、季節外れの雪もある。
我らが人生、思いもかけない大事件が、往々にして待ち受けているもののようだ。
去る2月末、関東以北の各地を襲った予想外の豪雪も、想定外の出来事であった。
このとき見つけた、山梨県笛吹市のホームページ『市長の部屋』の、「笛吹市民の皆様へ」と題した笛吹市長・倉嶋清次さんの呼びかけに、さくらはいたく感動し、ぜひ皆々さまにお読みいただきたいと願い、市長のお許しを得て、下記に転載させていただく次第である。
未曾有の豪雪に、市はいち早く災害対策本部を立ち上げ、最大限の支援策を講ずることを約し、被害農家には「くじけることなく立ち上がるように」と励まし、「地域の絆が今こそ試される!」と呼びかける倉嶋市長の文章は、まことに志高く熱がこもり、目配りの利いた過不足なき名文で、私たちの心にもずんっと響く。
この時までさくらは、恥ずかしながら山梨県に笛吹市があり、「この世の桃源郷」と称されているとは存じ上げなかった。
それどころか、笛吹市は「うすいし」と読むのだと思いこんでいたのだった。
全国の皆々さま。
【笛吹市は、ふえふきし】なのですね。
あ、皆々さまには、先刻ご存じでいらっしゃいましたか!
それにしても、倉嶋市長の人となりを知るにつけ、さくらは勝手に【笛吹市応援団】を買って出ることになってしまったのですぅ。(その顛末は後ほど…)
◆
笛吹市民の皆様へ
今回の歴史的な豪雪により、大変な困難に直面している市民の皆様に、心からお見舞い申し上げます。
笛吹市は、市民のいのちと暮らしを守ることを第一に、15日早朝に災害対策本部を立ち上げ、対応に努めております。
何分、経験したことのない豪雪のため、除雪用重機の不足等により、除雪が遅れるなど市民の皆様に大変なご不自由をおかけしております。市内に残された大量の雪を除去するため、市は引き続き全力で取り組んでまいりますが、生活用道路等におきましては、地域の実情に応じて市民の皆さまのお力添えをお願いするものです。
農業面では、ビニールハウスの7~8割が倒壊するという甚大な被害が生じております。被害に遭われた農家の皆様には、挫けずに立ち上がられるよう訴えます。市としては、国や県にも働きかけて、最大限の支援策を講じてまいります。
市民の皆様、今後とも雪崩や落雪には十分に注意して下さい。また、地域の一人暮らしの高齢者などへの援助もよろしくお願いします。いまこそ地域の絆が試されるときです。困ったことがあれば、ためらわずに、どんなことでも市役所・支所に連絡して下さい。
間近に迫った春に向かって、一致してこの難局に立ち向かわれるよう訴えます。
平成26年2月27日 笛吹市長 倉嶋清次
◆
倉嶋さんとのご縁は、昨年夏にご逝去なされたさくらの文章道の師匠、今給黎久・元サンケイリビング新聞社編成局長、元枕崎市長がつないでくださった。
具体的に言うと、『「今給黎久さんの御霊安かれ」と祈りつつ、蘭花を選ぶ』と題した2月1日付けの【さくらブログ】に、追悼のコメントを寄せてくださったのが、他ならない倉嶋さんであった。
さくらのブログは、全世界のgooブログ約200万本のうちの900番台から4000番台のランキングを毎日行き来する、人気ブログ(?)である。
※自分で言っちゃあ、ダメ、ダメ、ダメ~!
これまでに、女優の真鍋かおりさんや名古屋テレビプロデューサーの海老名敏宏さん、町田市議会議長の吉田つとむさんらがご訪問くださったりコメントを残してくださったりして、まことに光栄なことであった。
去る2月22日付けで、【さくらブログ】をご訪問。 コメントを残していかれた倉嶋清次さんが、先述の笛吹市長である。
残念! (倉嶋清次)
2014-02-23 21:33:17
今給黎さんに、ご報告したかった。
15年ほど前、ご厚誼を頂いた、当時熊本の国家公務員です。天命により、一昨年11月から、山梨県の笛吹市で市長を務めています。どうか、天から見守っていて下さい。
今給黎さんとお知り合いの倉嶋さんに、さくらはもとより一面識もなかったけれど、ホームページの名文に心動かされ、今給黎さんにお届けした色違いの蘭花を、困難に立ち向かわれる市長宛にもお届けしたのだった。
折り返しお礼のメールが届き、その内容に、またまた、深く感じ入ってしまった。
謙虚で重厚な人となりの伺える部分を、少し紹介させていただこうと思う。
※倉嶋さん。 断りなくメールの一部をUPしてごめんなさい。<m(__)m>
「私は北海道旭川に生まれ育ち、北大農学部を出て農林水産省に28年、九州農政局の部長を最後にリタイアしました。
30過ぎの頃に偶然訪れた春の山梨の桃花爛漫の風景に魅せられ、いわゆる天下りを求めず、何とかなるだろうと、無謀にも山梨に移住しました。
以来12年、近所のセブンイレブンのレジに11年間立っていました。夏は桃の共選所にやはり11年間。3年ほど勝沼の大善寺という国宝の寺院で庭掃除もしました。シルバー人材センターにも登録して少しでも糊口をと仕事を探しました。知人からの個人的な借金に頼って生き延びてきたのですが、10年近くもかかる返済計画では申し訳ない、財産処分やむなしと考え始めた頃、突然転機がやってきました。
当時の市長が進めていた「多機能アリーナ」建設計画に反対する運動のリーダーと知り合ったのです。それも天の導きとしか考えられないやり方で。2011年2月のある日、例によってセブンイレブンのレジに立っていた私に、コピー機を使っていた年配の女性が「ホッチキス貸してください」と頼んできました。たまたま客がいなかったので、ホッチキスを渡して、見るとはなしにコピーしたばかりのペーパーを見ると、何やら興味のある文字が並んでいたので、「面白そうなことが書いてあるね」と声を掛けました。「一部あげるよ」とその紙が渡されました。その場はそれで終わりました。家に帰って、そのペーパーを見て、勉強を始め、ほどなく開かれた「市民ミーテング」で発言。そこから市民運動のメンバーとしての活動が始まりました。
今日は、議会の代表質問、それが終わると羽田に前泊して、14年ぶりの九州です。枕崎まで行けないのは残念です。少しでも今給黎さんのもとに近づけるのかな。 ではまた。 倉嶋清次
地位や名誉に恋々とすることなく野に下るも、時至りて天に招かれれば、敢然立って身命を賭し、その勇気をひけらかすことなく淡々と語られる、倉嶋さんから学ぶことは多い。
素敵なご縁にありがとうございます。
金つなぎの死生観の向こうにある【桃源郷思想】にもかかわりのありそうな、笛吹市に今や興味津々のさくらです!
毎日のように、朝夕が冷え込むので、今月末の【桜】が心配になって、Netで検索してみたら、名古屋城も新宿御苑も大阪城も、「早咲きの桜が開花を迎えています」って。
…なので、今年も『金つなぎ・観桜会』は、予定どおり明るく愉しく前向きに、開催出来るでしょう♪
かくのごとく、季節を違えず咲く花もあれば、季節外れの雪もある。
我らが人生、思いもかけない大事件が、往々にして待ち受けているもののようだ。
去る2月末、関東以北の各地を襲った予想外の豪雪も、想定外の出来事であった。
このとき見つけた、山梨県笛吹市のホームページ『市長の部屋』の、「笛吹市民の皆様へ」と題した笛吹市長・倉嶋清次さんの呼びかけに、さくらはいたく感動し、ぜひ皆々さまにお読みいただきたいと願い、市長のお許しを得て、下記に転載させていただく次第である。
未曾有の豪雪に、市はいち早く災害対策本部を立ち上げ、最大限の支援策を講ずることを約し、被害農家には「くじけることなく立ち上がるように」と励まし、「地域の絆が今こそ試される!」と呼びかける倉嶋市長の文章は、まことに志高く熱がこもり、目配りの利いた過不足なき名文で、私たちの心にもずんっと響く。
この時までさくらは、恥ずかしながら山梨県に笛吹市があり、「この世の桃源郷」と称されているとは存じ上げなかった。
それどころか、笛吹市は「うすいし」と読むのだと思いこんでいたのだった。
全国の皆々さま。
【笛吹市は、ふえふきし】なのですね。
あ、皆々さまには、先刻ご存じでいらっしゃいましたか!
それにしても、倉嶋市長の人となりを知るにつけ、さくらは勝手に【笛吹市応援団】を買って出ることになってしまったのですぅ。(その顛末は後ほど…)
◆
笛吹市民の皆様へ
今回の歴史的な豪雪により、大変な困難に直面している市民の皆様に、心からお見舞い申し上げます。
笛吹市は、市民のいのちと暮らしを守ることを第一に、15日早朝に災害対策本部を立ち上げ、対応に努めております。
何分、経験したことのない豪雪のため、除雪用重機の不足等により、除雪が遅れるなど市民の皆様に大変なご不自由をおかけしております。市内に残された大量の雪を除去するため、市は引き続き全力で取り組んでまいりますが、生活用道路等におきましては、地域の実情に応じて市民の皆さまのお力添えをお願いするものです。
農業面では、ビニールハウスの7~8割が倒壊するという甚大な被害が生じております。被害に遭われた農家の皆様には、挫けずに立ち上がられるよう訴えます。市としては、国や県にも働きかけて、最大限の支援策を講じてまいります。
市民の皆様、今後とも雪崩や落雪には十分に注意して下さい。また、地域の一人暮らしの高齢者などへの援助もよろしくお願いします。いまこそ地域の絆が試されるときです。困ったことがあれば、ためらわずに、どんなことでも市役所・支所に連絡して下さい。
間近に迫った春に向かって、一致してこの難局に立ち向かわれるよう訴えます。
平成26年2月27日 笛吹市長 倉嶋清次
◆
倉嶋さんとのご縁は、昨年夏にご逝去なされたさくらの文章道の師匠、今給黎久・元サンケイリビング新聞社編成局長、元枕崎市長がつないでくださった。
具体的に言うと、『「今給黎久さんの御霊安かれ」と祈りつつ、蘭花を選ぶ』と題した2月1日付けの【さくらブログ】に、追悼のコメントを寄せてくださったのが、他ならない倉嶋さんであった。
さくらのブログは、全世界のgooブログ約200万本のうちの900番台から4000番台のランキングを毎日行き来する、人気ブログ(?)である。
※自分で言っちゃあ、ダメ、ダメ、ダメ~!
これまでに、女優の真鍋かおりさんや名古屋テレビプロデューサーの海老名敏宏さん、町田市議会議長の吉田つとむさんらがご訪問くださったりコメントを残してくださったりして、まことに光栄なことであった。
去る2月22日付けで、【さくらブログ】をご訪問。 コメントを残していかれた倉嶋清次さんが、先述の笛吹市長である。
残念! (倉嶋清次)
2014-02-23 21:33:17
今給黎さんに、ご報告したかった。
15年ほど前、ご厚誼を頂いた、当時熊本の国家公務員です。天命により、一昨年11月から、山梨県の笛吹市で市長を務めています。どうか、天から見守っていて下さい。
今給黎さんとお知り合いの倉嶋さんに、さくらはもとより一面識もなかったけれど、ホームページの名文に心動かされ、今給黎さんにお届けした色違いの蘭花を、困難に立ち向かわれる市長宛にもお届けしたのだった。
折り返しお礼のメールが届き、その内容に、またまた、深く感じ入ってしまった。
謙虚で重厚な人となりの伺える部分を、少し紹介させていただこうと思う。
※倉嶋さん。 断りなくメールの一部をUPしてごめんなさい。<m(__)m>
「私は北海道旭川に生まれ育ち、北大農学部を出て農林水産省に28年、九州農政局の部長を最後にリタイアしました。
30過ぎの頃に偶然訪れた春の山梨の桃花爛漫の風景に魅せられ、いわゆる天下りを求めず、何とかなるだろうと、無謀にも山梨に移住しました。
以来12年、近所のセブンイレブンのレジに11年間立っていました。夏は桃の共選所にやはり11年間。3年ほど勝沼の大善寺という国宝の寺院で庭掃除もしました。シルバー人材センターにも登録して少しでも糊口をと仕事を探しました。知人からの個人的な借金に頼って生き延びてきたのですが、10年近くもかかる返済計画では申し訳ない、財産処分やむなしと考え始めた頃、突然転機がやってきました。
当時の市長が進めていた「多機能アリーナ」建設計画に反対する運動のリーダーと知り合ったのです。それも天の導きとしか考えられないやり方で。2011年2月のある日、例によってセブンイレブンのレジに立っていた私に、コピー機を使っていた年配の女性が「ホッチキス貸してください」と頼んできました。たまたま客がいなかったので、ホッチキスを渡して、見るとはなしにコピーしたばかりのペーパーを見ると、何やら興味のある文字が並んでいたので、「面白そうなことが書いてあるね」と声を掛けました。「一部あげるよ」とその紙が渡されました。その場はそれで終わりました。家に帰って、そのペーパーを見て、勉強を始め、ほどなく開かれた「市民ミーテング」で発言。そこから市民運動のメンバーとしての活動が始まりました。
今日は、議会の代表質問、それが終わると羽田に前泊して、14年ぶりの九州です。枕崎まで行けないのは残念です。少しでも今給黎さんのもとに近づけるのかな。 ではまた。 倉嶋清次
地位や名誉に恋々とすることなく野に下るも、時至りて天に招かれれば、敢然立って身命を賭し、その勇気をひけらかすことなく淡々と語られる、倉嶋さんから学ぶことは多い。
素敵なご縁にありがとうございます。
金つなぎの死生観の向こうにある【桃源郷思想】にもかかわりのありそうな、笛吹市に今や興味津々のさくらです!
それはそれはあたり一面のピンクと菜の花の黄色の
じゅうたんに目をうばわれました。 素晴らしき桃源郷。
日本の春の原風景のひろがりに心が満ち溢れたものです。もういちど行ってみたいところです。
春にね。
近くの石和温泉でほうとうをいただき、一升瓶のワインを買って帰ったことを思い出します。
ほんとうに春にいきたい。さくらさん行きましょうょ♪
ネット検索もうすいしで検索すると笛吹市が出ますね。
でも、これを機会に正式名を覚えました。「ふえふきし」の皆様、この世の桃源郷をぜひ訪ねてみたいです。
なんか、ドラマチックだねぇ