友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

節約精神に欠けている

2025年04月05日 17時48分01秒 | Weblog

 白の胡蝶蘭が先端まで、全部咲いた。赤紫の方も何輪か咲き始めた。今日のブログに載せよう思ってスマホを向けているとカミさんが、「ラインならいいけど、メールだと凄くお金がかかるから、1枚だけにしてね」と言う。

 昨日のブログに4枚もの写真を載せたので、心配しているのだ。スマホはカミさんの持ち物で、カミさんの口座から引き落とされる。「経済観念がホントに無いんだから」と、カミさんに注意されるが、確かに私はズーとカミさんに苦労を掛けてきた。

 結婚した時はふたりとも教師だったから、給料は高くなかったが生活に困ることは無かった。それなのに10年で教師を辞めてしまった。子どもは小学生と保育園児の娘ふたり、習い事のバイオリン教室は続けさせていた。

 職を転々としたが、友だちに恵まれ、地域新聞の創刊に至った。広告収入だけでの維持だったが、毎年収入は伸び、手取りも少しづつ増えていった。しかし、共同経営で出発したのに経理が明かされず、我慢できなくなって辞めてしまった。

 首長選挙への出馬で面目を保とうとしたのに、議員選挙に出て次に備えよと応援してもらった。町の議員の報酬は15万円程しかなかった。そんな訳で、私はカミさんにお金の苦労をかけっぱなしだったから、「経済観念が無い」と非難されて当然である。

 私の両親は教師で、父は校長にまでなった。けれど、現実的な考えが出来ない、いつまでも小説家を夢見ていた人だった。校長室の机に花を活けてくれた女教師に恋心を抱き、運動場のその人を眺めている様子が、日記に書いてあった。

 母が生きていたら、私を眺めて、「お父さんによく似てきたね」と笑うだろう。もう、父の亡くなった歳よりも30年近く経っているのに。頭の禿げ具合も、いつまでも頼りないところも、金の計算が出来ないところも、父に似ているようだ。

 カミさんが言うように、電灯は消さないし、エアコンはすぐに点けるし、美味しいものは好むし、冷蔵庫にある古くなったものは捨てるし、節約精神に欠けている。ブログの写真は1枚にしておこう。

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晴れた春の日の花巡り

2025年04月04日 17時53分05秒 | Weblog

 よく晴れた春の日、花を見に、江南市のフラワーパーク江南と一宮市の138タワーパークに行って来た。共に木曽川の河川敷に出来た公園で、両市が公園つくりに力を入れている。

 私は結婚して初め、江南団地に住んだ。その頃はまだ公園は無かったが、木曽川堤まで近かったこともあって、子どもたちを連れて堤の桜を見に行った。団地の南には藤で有名な曼陀羅寺があり、春は賑わった。

 フラワーパークの名が示すように、花が植えられよく手入れされていたが、桜は多くなかった(写真①)。緑の芝生では親子連れが遊んでいた。桜の樹の下では、入園式が終わって来たという親子が写真を撮っていた(写真②)。

 その中の女の子に気に入られ、遊びに付き合うことになった。テラスでは年寄りたちが弁当を持ち寄って、談笑しながら食べていた。2本の杖が無いと歩けない人も、車イスに乗せられた人も、大勢の年寄りが春の陽射しを受けていた。

 センターの会館で、ランチを食べることにした。私はチーズナンとコーヒー、カミさんは野菜サラダとカレーナンを注文した。変わったメニューだなと思ったら、インド人の女性がふたりで切り盛りしていた。

 次に、一宮市の138タワーパークへ行った(写真③と④)。こちらも子どもたちがいっぱい来ていたが、どちらか言えば花は少ない。落ち葉を集めて堆肥を作っているが、桜は余り見られなかったし、年寄りも疎らだ。

 それでも隅々まで見て回り、ツクシを探してみたが、スギナも見つけられ無かった。子どもたちが遊ぶ遊具があり、冒険も出来るので子どもには良いのかも知れない。子ども連れの親は、ほとんどが母親だったが、ここは安心して遊ばせる場所なのかも知れない。

 よく歩いたから、休んで熱いコーヒーが飲みたくなった。けれど、カミさんは「アイスクリームが食べたい」と言う。それで、岩倉まで帰って来ることになった。今日は2歳の曾孫が保育園に入園する日、良い天気でよかった。

② 

④ 

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そう思って明日を迎えたい

2025年04月03日 18時24分00秒 | Weblog

 アメリカのトランプ大統領が、「友好国であろうが、敵対国であるが、輸入品に関税をかける」と言い出した。経済音痴の私にはよく理解できないが、関税を支払うのは輸入業者であって相手国では無いのに、それでどんな利益を生み出すと言うのだろう。

 輸入業者から税金を得られる利益はあるが、輸入品は関税分は必ず高くなる。そうすれば、売れなくなるからアメリカ製品しか残らないので、アメリカの製造業者の保護になるということか。アメリカで製造業にかかわっている国民は救われるのかも知れない。

 しかし、国民は安い製品を求めているが、質の悪い製品は求めていない。他国の製品が入って来ないことから、製品の質が落ちることにもなる。また、製品が少なくなれば物価が上がり、インフレ傾向になっていくだろう。

 何時代から関税が生まれたのか知らないが、私が世界史で学んだのは、産業革命で生産力が向上すると、国内産業の保護よりも自由貿易に切り替わったということだった。そのため、戦後のアメリカは世界の覇者に成長していった。

 けれど今、アメリカ産業は行き詰まっているのだろう。トランプ大統領が世界の救世主になりたいのであれば、世界を1つの国にすればいい。関税など必要ないし、最も金のかかる軍備費も必要なくなる。地球国家の初代大統領の誕生である。

 兵庫県の斎藤知事は、自ら設置した第3者委員会の報告が出たのに、「しっかり精読し、熟慮して参ります」と言う。パワハラについては「行き過ぎた指導があったかも知れません」と反省しているが、告発文の対応については「間違っていません」と認めない。

 自分に不利なことを認めないのは権力者の常道である。春になって、桜が満開になってきたのに、世界は、世間は、まだまだ肌寒い。人類に満開の桜の時代は来ないのかも知れないが、いや、きっといつか、そう思って明日を迎えたい。

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「花咲いて 思ひ出す人 皆遠し」(子規)

2025年04月02日 18時23分04秒 | Weblog

 マンションの桜がキレイに咲いて来た(写真)。ブログに載せたくて、スマホの取扱店に行って来た。店には先客がひとり居たが、親切にいろいろ教えてくれた。でも分かったことは、私のスマホはこの店で買ったものではなく、操作について教える店でも無かったが、「使い慣れてくれば、いろんなことが出来ますよ」と、年寄りに親切だった。

 スマホで情報を収集したり、全く知らない人とメールを交換したり、写真の機能を駆使して楽しんでいる人もいる。スマホとは違うのかも知れないが、隣りの一宮市では、ゲームで繋がり、挙句の果てに殺人事件にまで起きている。もう年寄りには何が何だか分からないことばかりだ。

 選択的夫婦別姓を認めて欲しいと訴える人たちがいる。その方が都合が良いのであれば、姓は記号みたいなものだから、それでも良いと私は思っている。けれど、日本の伝統である家の概念を崩壊する考えだと反対する人たちもいる。

 自民党の「日本の尊厳と国益を護る会」の主張である。戦後は個人の自由として、自分らしさを強調して来た。このため、共同体の一員としての自分が疎かにされ、家族の繋がりが薄れてしまった。

 その指摘を間違っているとは思わないが、家族や共同体への愛着と選択的夫婦別姓とは相反するのだろうか。国家への愛を強調すれば戦前のように、国のために命を捧げることになるだろう。

 個人が尊重され、互いが平等に扱われ、みんなが平和で豊かな暮らしが出来ていれば、互いの間に愛は生まれ育つと私は思う。今日の天気予報が良くなかったので桜を見に行くのは止めた。天気の良い金曜日に、花見デートするつもり。

 正岡子規の句に「花咲いて 思ひ出す人 皆遠し」がある。そうならないように花に祈ろう。

 

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今日はエイプリルフールだって!?

2025年04月01日 17時53分43秒 | Weblog

 「そこがダメなのよ」。カミさんはテレビをズーと見つめながら時々呟いている。こんなに長時間、変わらない画面をよく観ていられると感心する。オウムだって、統一教会だって、それほど関心を示さなかった人が、随分、熱心に観続けている。

 観ていたのはフジテレビで、フジテレビ自身が長時間にわたって放送したのは、それだけ危機感を抱いているためだろう。発端は週刊文春の中居正広さんが、フジテレビの女性アナを、自分のマンションに連れ込んだという記事だった。

 フジテレビの社員によるバーベキューパーティーが行われ、その2日後に中居さんから「今晩、ヒマ?」とメールがあり、女性アナは誘われて出かけて行った。第3者委員会の報告書を見ると、中居さんの手口の巧妙さ、姑息さがよく分かった。

 フジテレビは当初、これは男女の問題と処理していて、女性アナへの配慮が全く欠けている。それで第3者委員会が調査を開始することになるが、女性社員を宴会の席に呼び接待させることが、普通に行われてきた社内風土があると指摘する。

 よく分かる。私たちの時代は、部下は上司のところへ酌に行くのが当たり前だった。二次会に若い女性は連れて行かれるが、男どもは別行動だった。フジテレビでは容姿を重点に女性を採用したようだから、性被害は他にもあったかも知れない。

 まるで江戸時代の『べらぼう』みたいな、男優位の社会がまだ続いていたのだ。男女平等とか、人権の尊重とか、社会の先鋒として示すべき電波を発する会社が、真逆のことをやっていたことに驚く。フジテレビには娯楽番組しか無いのかと思ってしまう。

 それにしてもカミさんは、どうしてあんなに熱心にテレビを観ていられたのだろう。私は先に休ませてもらったが、カミさんはTVerに切り替えて最後まで観たそうだ。そんなことも出来るのかと感心したら、孫娘も同じだったのでもっと驚いた。

 えっ、今日はエイプリルフールだって!?

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満開の桜を眺めれば、気分も変わるだろう

2025年03月31日 18時11分28秒 | Weblog

 桜が咲き始め、満開になった所もあるようだ。マンションの中庭の桜もかなり咲いて来た。桜を写そうと思ったが、スマホからパソコンに送れない。孫娘が来るのを待つしかないと思っていたが、スマホの取扱店に行って聞けばいいのではと気が付いた。

 けれど、今日は冬に戻ったように寒い。急ぐことは無いから、今度、都合の良い時に行ってみよう。家に籠ってテレビばかり見ていると、世界は終末に向かっている気になる。山火事は日本ばかりか韓国でも大規模に発生している。

 今度はビルマで大きな地震が起き、隣りのタイでも建設中の高層ビルが崩壊した。テレビ映像で観ると、どこの街にも高い建物があり、車が走り、市中は賑わている。人々の服装も大差ないような暮らしぶりだ。暮しは確かに豊かになっている。

 けれど、紛争は絶えないし、自然災害は頻発している。紛争は人間が起こしているから、「止めよう」と言えば無くなる。トランプ大統領は救世主となろうとしているが、ガザもウクライナも停戦合意が生まれては消えている。

 生活を破壊し、命を奪っているのに、なぜ、紛争は無くならないのだろう。紛争したい人が居るとは思えないが、無くならないのは戦争したい人が「居る」からだろう。戦地に行ったことが無い、殺戮を目の前で見たことが無い人なのだ。

 世界中で起きる自然災害を止めることは、人間には出来ない。災害に備えよと言うけれど、ただの気休めに過ぎない。何もしないよりマシという自己弁護である。地球の温暖化は人間が生み出したものだが、地震や噴火は地球の活動によるものだ。

 「今度の水曜日、どこかへ桜見に行かない」とカミさんは言う。天気予報を見たら、雨模様である。桜は諦めて映画でもと思うが、どこでどんな映画が上映されているのか調べなくてはならない。面倒だなと思うのは乗り気で無いってことか。

 明日から4月というのに、嬉しい気持ちが湧いて来ない。きっと天候のせいなのだろう。満開の桜を眺めれば、気分も変わることだろう。

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花を眺めることなら出来る

2025年03月30日 17時47分52秒 | Weblog

 いつもなら友だちとランチに出かけるカミさんが、「今日はどこにも行かないから」と言うので、朝から一緒にテレビを観続けている。アメリカ大リーグのドジャーズ対タイガース戦で、佐々木朗希選手が投げるのを、応援のつもりで観ていた。

 緊張していたのか、コントロールが定まらず四球が多かった。押し出しで2点を与えてしまい、途中交代になってしまう。結果的にはドジャーズが勝って、負け投手にはならなかったから、まあデビューはこんなものだろう。

 続いて、選抜高校野球大会の決勝戦を観た。打撃の智弁和歌山と総合力の横浜の対戦なので、「智弁が打ち勝つのでは」と予想されたが、結果は横浜の圧勝だった。それにしても大リーグの試合を観た後だったので、高校野球は緻密だなと感じた。

 大リーグは投げて打つだけで、駆け引きも無ければ懸命なプレイも無い。けれど高校野球は,走塁にしても捕球にしても一生懸命だ。ツーアウト満塁の場面では、守る側は絶対に点を与えたくないし、打つ側は何が何でも塁に出たい。

 そんな気迫のプレイを見ていたら、なぜか涙が流れて来た。「本当に涙もろいんだから」とカミさんに笑われるが、自分でもよく分からない。結果は横浜が11対4の大差で、智弁和歌山に勝利した。

 両監督の言葉は、選手を称え応援してくれた観衆への謝辞だった。「負けたのは私の戦術ミス、責任は私にあります」と述べる監督もかつていたが、両監督とも「春の大会は通過点、夏の大会で勝ちたい」と、もう夏の甲子園大会を見ていた。

 夏に向けて私は何をやろう。ガラスの花瓶に活けてあったバラが脇芽を伸ばしてきたから、土に植え替えて育ててみようかという気になっている。今度、バラ園に行く機会があれば、新しい苗を買って来てもいいとも思っている。

 もう一度、ルーフバルコニーを花畑にするまでの気力は無いが、5・6鉢なら世話が出来るだろう。花はどうして私に、活力を与えてくれるのだろう。バットは振れないし、走ることも出来ないが、花を眺めることなら出来る。ガンバロウ!

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幾つになっても青春

2025年03月29日 17時59分17秒 | Weblog

 新聞の書籍広告欄に伊藤佐千夫の『野菊の墓』が載っていた。今の若い人も『野菊の墓』を読むのだと思ったら、「マンガ」と添えてあった。『野菊の墓』を読んだのは高校生の時で、ツルゲーネフの『初恋』や夏目漱石の『こころ』も読んだのに覚えていない。

 『野菊の墓』は少年が、2歳年上の従姉に恋心を抱いてしまう物語で、結末は古い風習に縛られた悲劇だった。高校生の私は、同じ歳の女の子よりも、兄貴の嫁さんのような「女」を感じさせる女性に惹かれ、「罪の意識」を醸成させられた。

 先日、ラジオから流れる小田和正さんの『さよなら』を聴いて懐かしく思った。「もう終わりだね 君が小さく見える 僕は思わず君を抱きしめたくなる」、すると相手の女性は「私は泣かないから このままひとりにして」と言う。

 「君のほほを涙が流れ落ちる」。「僕らは自由だね いつかそう話したね まるで今日のことなんて 思いもしないで」「さよなら さよなら さよなら もうすぐ外は白い冬 愛したのはたしかに君だけ そのままの君だけ」。

 若いふたりは愛に溺れてしまう。いや、愛に浸っている。恋愛は甘い感情だから、そんな時に冷静な分析が出来るような人はいないだろう。愛が錯覚だと分かっても、錯覚の中に入り込んでいくのが恋愛である。

 私にはこの歌が心に響くけれど、今の若い人はどんな受け止めなのだろう。そっと触れた指に思わずドキドキしてしまうのは、私たちの世代までなのだろうか。卒業式の3月も、残り2日となってしまった。

 3月は別れの時だが、いきものがかりの『SAKURA』は随分前向きに捉えている。年寄りになると、「誰それが入院した」とか「あの人、亡くなったって」といった話ばかり聞こえてくる。

 高校生に戻って、恋愛小説を読み直してみるか。今更そんなことは無駄と言う人もいるが、幾つになっても青春に憧れている人がいてもいい。私は明日の、選抜高校野球の決勝戦を楽しみにしている。

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「疲れた。別れよう」は、お互い様なのだ。

2025年03月28日 17時58分06秒 | Weblog

 選抜高校野球の準決勝、健大高崎と横浜の試合は1:5で横浜が勝ち、続く浦和実業と智弁和歌山の試合は0:5で智弁和歌山が勝ち、共に5点取ったチームが日曜日に行われる決勝戦へと進んだ。春の選抜大会は選手の顔が、本当に幼く見える。

 けれど、どこのチームも身長の高い選手が目立つ。筋トレに精を出してきたと言うが、体つきもどこか幼い。夏の全国大会では、プロ野球選手並みの身体にまで鍛えるのだから、並大抵の努力では無いのだろう。

 生徒たちが伸び伸びとプレイ出来ればいいが、監督によってはまるで自分が試合しているような喜怒哀楽の激しい人もいる。有名校で、勝つために雇われている監督は、勝利しか頭に無いのだろう。

 4月から高校生になる孫娘は、高校の部活では何をするのだろう。私は、小・中学校の部活動は必要ないと思っているが、高校はそれぞれの学校で、生徒たちが自由にやればいいと思う。生徒の自主性を認めないような学校は、無くなって欲しいとさえ思う。

 私立高校は「学校の売り」を前面に出して、特色のある学校づくりをしているが、公立高校は大学への進学数ばかりで評価されている。公立高校の定員割れが問題になっているが、さらにこの傾向は進むだろう。

 学歴など気にしない社会になるには、まだまだ時間がかかるだろう。私たちの父母の時代は、「男は外で働き、女は家で家事」と言われた。けれど、私たちが社会に出る頃は、女性も大学を出て社会で働き、管理職にも上るようになった。

 男女の差は無くなっていったのに、意識が変わり社会も変化するまでには至らなかった。熟年離婚が増えているようだが、離婚して「肩の荷がおりた」と感じるのは、男も女も変わらないのだ。

 いくら長年生活を共にして来た夫婦でも、相手の心まで読み取ることは出来ない。出来ないということを前提にしないと、夫婦は続かないのかも知れない。「疲れた。別れよう」は、お互い様なのだ。

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みんな、これからも仲良くね。

2025年03月27日 17時43分08秒 | Weblog

 朝から空は薄曇りだ。これは黄砂の影響らしい。薬が無くなったので、午前中にクリニックへ行って来た。医師は血圧の数値を見て、「いいですね。この調子でいきましょう」と言う。死亡時のことを、訊いてみたかったが出来なかった。

 各地で桜が咲き始め、テレビでは桜見の宴会が変わって来たと報じていた。そう言えば、マンションの友だちと岩倉市の五条川堤まで出かけて行って、宴会をしていたことを思い出した。やらなくなってもう何年経ったのだろう。

 ドンチャン騒ぎをすると言うより、桜の下で酒を飲みながら友好を深める宴会だった。四季にそれぞれ花が咲く、それを愛でながら酒を酌み交わす、風流というか贅沢を満喫していて、日本人に生まれた幸せを感じていた。

 今朝の朝日新聞に、80年前の沖縄戦での集団自決の記事が載っていた。米軍の上陸に備え、軍司令部は「捕虜になるな。戦って死ぬか自決せよ」と指導し、手投げ弾を配った。米軍上陸の前日、村職員が住民に「玉砕命令が下った」と知らせて回った。

 村民は我が子の首を絞め、自ら手投げ弾を爆発させて死んだ。生き残れば米軍に殺されるし女は強姦される。そう教えられていたとはいえ、尋常な精神では出来ない行為である。集団の狂気ほど恐ろしいものは無い。

 隣りのページは「春の山火事多発」の記事。その隣は、兵庫県の斎藤知事が第三者委員会の報告を受けて、パワハラは認めるが、告発者に対する処分は適切と従来の立場を貫いていた。知事選挙で圧倒的な支持を得たことで、自分を見失っているようだ。

 桜を見ながら宴会に興じる人たちも、山火事の恐怖に震える人たちも、さらにガザの空爆で亡くなった人たち、ウクライナやロシアで戦争の犠牲になった人たち、同じ人間なのにこの差は何だろう。

 兵庫県西宮へ出かけた孫娘たちが、次女たちと合流し、大阪でクレープを食べている写真を送って来た。無事に到着して何より、そして平和で何より。みんな、これからも仲良くね。

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