友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

文化祭での合唱コンクール

2008年10月31日 21時35分27秒 | Weblog
 中学2年の孫娘の文化祭を見に行ってきた。家族の誰もが見に行けないから、ビデオを撮ってきた欲しいと頼まれたからだ。恥ずかしがり屋の私としては、若いお母さんやお父さんに混じって、カメラを構えるのは気が引ける。だからいやだったけれど、「誰も見られないんだから撮ってきて見せてよ」と言われ仕方なかった。

 文化祭は一日かけて行われた。プログラムを見ると総合的な学習の時間の発表とか生徒会活動の発表とかも行なわれている。3年生の選択音楽と選択体育の発表を見た。選択音楽は和太鼓で、地元の和太鼓クラブの人が指導している。20数人はいたと思うけれど、圧倒的に女の子が多い。選択体育は日ごろは卓球とかテニスとかをやっているそうだが、この日は6人から8人くらいのグループがダンスを行なった。

 ダンスはヒップホップ調のもので、おそらくグループがきちんと揃えばそれなりに見ごたえがあったかもしれないが、どういうわけかグループに1人か2人、何でやらなきゃーいかんのという態度が見え隠れするほどふてくされた子がいて、みんなの足を引っ張っていた。逆にグループの中に1人か2人、かなり様になっている子がいた。お母さんたちの話では、何人かがそうしたダンス教室に通っているそうだ。

 発表したのは全員が女の子だった。お母さんたちは、だぶだぶの体操服ではなく、「ダンスのための衣装でもあればもう少しやる気になったでしょうにね」と話していたけれど、学校はそれを許さないであろう。何か、美しいものと言うよりも美しさに欠けるものという印象だったから、確かにお母さんたちが言うように、それなりの衣装を着ければもっと溌剌とした演舞になったであろう。

 この頃はどこの学校でもクラス対抗の合唱コンクールが行なわれているが、この日のメインも合唱にあったようで、合唱の時間は保護者席が満席になった。かくいう私もその一人で、孫娘がピアノ伴奏をするというので、恥ずかしながら保護者席の一番前の知り合いに席を譲ってもらってカメラを構えた。「3年生になると、ガクットうまくなるんですよ」と話してくれたお母さんがいたが、聞いてみるとそのとおりだった。孫娘たちの2年生は1年生に追いつかれそうだった。

 「今の3年生は比較的おとなしいけれど、2年生は問題児が多いですから」と先ほどのお母さんが教えてくれた。ズボンをお尻まで下げている男の子は2年生の方が3年生よりも多いからなるほどと納得した。孫娘が「男子はちっとも声を出して歌ってくれない」と言っていたこともわかった。2年生は反抗的になる時期だと思うけれど、そうすることにイキがっている連中もいる。はみ出したことをやる子どもたちこそ本当は一番自分を認めて欲しいのだ。

 和太鼓を教えている人が「そういう子は目立ちたいのね。和太鼓に来る子の中にもそういう子はいるけれど、目立ちたがり屋だから褒めてやると一生懸命にやるよ。子どもは絶対ほめなきゃダメだね。褒めてやれば、ますます一生懸命にやるね」と言う。それは子どもだけではない。人は誰も自分を認めて欲しいのだ。褒めて欲しいのだ。けなされて頑張ろうなどと思うような人は一人もいない。

 今朝の新聞に、出向でうつ病になった人の裁判の記事が出ていた。「使い物にならない人はいらない」と上司は叱咤激励したようだが、褒めないような人は上司としては失格である。どうしたら下の者が気持ちよく働くことができるのか、察することができない人は上司にならない方がいい。
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法人登記が完了した

2008年10月30日 23時00分54秒 | Weblog
 法務局へ県知事から認可の下りた特定非営利活動法人の登記に出かけた。事前に必要書類が全部揃っているか点検し、万全を期して出かけたが、やはり間違いが2箇所も指摘されガックリ来た。それでもその2箇所は簡単に訂正できるものであったので、登記の手続きは完了した。これで法務局が書類を再度審査し、何事もなければ11月4日には登記が完了となる。そして登記謄本を発行してもらい、知事に登記が完了したことと、銀行等へ登記を示して口座の開設する手続きとなる。

 まあそれは、法的なあるいは制度上行なわなければならないことだから、何事もきちんとやる以外にない。問題はこれからである。定款に定めえた活動をどう展開していくのか、そのための事業をどう実行していくのか、まさに本来のスタート台に立ったことができるところまで来たのだ。最も収益が見込まれる井戸掘りと防災の結びつきを、誰にもわかるように説明することが大事であろう。そして実際にそれを示さなくてはならない。

 先の井戸掘りで、確かに粘土層が石化したような層にぶち当たってしまったが、だからもう掘れませんでは済まされない。そんな事業者を誰が信用するだろう。ここからが私たちの智恵と経験とネットを生かす腕の見せ所である。既に色々な案が考え出されてきた。これは頼もしいことだ。NPOはできた数だけつぶれていくという。財政基盤が弱いからだ。私たちは自分たちが考える事業を展開していけば必ず収益を上げることができるはずだと考えている。みんなの気持ちが高まっているからこそ、この課題をやり遂げることができると思う。

 井戸掘りにかかわっていると、いろんな話が聞こえてくる。産業廃棄物の処理は、一昔前であったなら、垂れ流しで終わっていたが、今では世間の感心も高く、どのように処理されるのかを見る目は厳しくなっている。そんな厳しい現実とは裏腹のことが今でも行なわれているらしいというのである。私たちの井戸掘りは、地下からきれいな水を汲み上げ、生活用水として活用しようというものだ。その井戸掘りでは、5から6メートルほど掘ると、それ以上掘り進めないところにぶち当たる。そこに地下水の流れがあるからだ。

 流れと言っても、川のように水が流れているわけではないだろうが、水の道があるのだ。そこで、この水の流れに上から流し込んでやれば、川に流し込むように流れていく。産業廃棄物の処理で困る油や、もっと言うならカドニウムやシアンといった有害物質を密かにチカに流し込んでしまう輩がいるというのである。もっとも金をかけず、しばらくならばれることも無い悪質な方法である。監督者である行政がどこまでその責任を行なっているか、今日の裏金問題や年金の改ざん問題を見ても、そこまで真剣に取り組んでいないだろうなと誰もが思ってしまう。

 そうして何年か後で、突如として地下の有害物質問題が浮上してくるのだろう。人間がせめて利益だけを追求せずに、広い目を持てるようになるまで、こうした人が人を殺すようなことが平気で行なわれるのだろう。恋に落ちて悩むことの方がはるかに人間としては許せると私は思う。
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ベトナム映画『1735Km』

2008年10月29日 23時54分44秒 | Weblog
 今まで、アジア映画祭を観ていた。ベトナム映画『1735Km』という題名だった。新興国の映画は新鮮でいいなと思う。ハノイなのかホーチミンになのか、しっかり見ていなかったからわからないけれど、とにかくどちらかの街に帰る男女が、列車で偶然に隣り合わせになるところから物語りは始まる。「出会い」とは何か、「結婚」は何か、「運命」は何か、そんなことが伏線になっている。

 二人の出会いは偶然だけれど、そしてまた初めはトンチンな二人であったが、何日間かの旅の間にお互いの心が開いていく、そして結ばれていく。男女の出会いはおそらくそんなものだろう。出会う人は数多いのに、二人が互いを必要と意識し出せば、二人の出会いは偶然から必然へと変わっていく。そうなれば、これは正しく運命でしかない。けれども、何もしなくても意識し出すわけではないし、心が通い合うわけではない。

 二人の間での紆余曲折の中で、深まっていく二人がいれば、別れてしまう二人がいるのだ。互いの心が通じ合うためにはよりいっそうの愛が必要なのだろうし、愛を育てるためには積極性も我慢も必要なのだと思う。映画では、なかなか人を受け入れられなかった男性が、勝ち組の人と結婚することが親のためでもあり自分の将来を保障するものだと現実的に考える女性と、結局は恋に落ちていく。男性は思い切って自分の気持ちを告白するが、女性は受け入れることができない。できないけれど現実的な損得だけの結婚は破棄してしまう。

 ベトナムという社会主義国家でありながら開放政策を取っている若い国家の、しかも若い監督が作った映画だ。純朴な「愛」が、「愛」として複雑であるがより確かな「愛」に向かおうとしている姿を描いていると思った。もちろん、最後には二人が社会人として成功し、再び出会うといったハッピーエンドだけれど、まあこれはお国柄仕方のない結末なのかと思う。

 男性が長々と自分の気持ちを稚拙だけれど誠実に告白し、けれども女性が彼を受け入れず立ち去っていく場面は二通りに描かれている。一つは、女性は去っていくけれどすぐに戻ってきて「心の命じるままにすることにした」と彼と抱き合う。これは空想で、二つめが現実で、女性は戻ってこないが結婚の約束は破棄してしまうというものだ。

 私の教え子から手紙が来て、「どんな人か知りたくて、どんな考え方をするのかほとんどわからないけれど、好意を持ったから興味を持った。けれどそれは、最愛の夫を傷つけることになる。それが一番つらい。先生に叱られたら何も起こらない前に止めることができるかも」とあった。彼女が恋に落ちているなら、どんな言葉も耳に届かないだろう。結局はどうするかは、自分の判断だ。その結果を受け入れることしか、人間は出来ないように思う。
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やはりダメだった

2008年10月28日 22時04分26秒 | Weblog
 やはりダメだった。土曜日に続いて、もう一度井戸掘りに挑戦してみた。今日は、朝の8時から作業開始と張り切ってやったけれど、結果はダメだった。はじめに掘ったところから今度は4メートルほど離れたところで始めた。1本目はうまくいきそうだった。けれども噛み付いてしまって動かない。仕方ないので、そのすぐ隣でもう1本掘ってみた。順調だった。今度こそいくぞと誰もが期待した。しかし、やはり4メートル50センチほど入ったところで、コツンと動かない。パイプを持ち上げてもう一度突き刺すと、コンと言う音が聞こえる。ダメだ。岩盤だ。これ以上は掘り進めることは出来ない。

 2日間にわたって、不当たりを味合うことになり、疲労困憊である。「私たちの技術と備品ではここが限界だ。そのことを施主さんにお話し次の手立てを考えよう」ということになった。喫茶店で反省会を行い、みんな分かれたけれど、どうにもやりきれない疲労感がみんなを支配していた。世の中、いつもうまくいくことばかりではない。そんなことは還暦を過ぎたものばかりの私たちは充分にわかっているつもりだった。始めが余りにも順調だったので、うまくいかないことがあることに対する心の準備がおろそかになっていた。

 うまくいく時があれば、そうでない時が必ずやってくる。幸せの頂点にあれば、必ずそこから下降していく時がある。幸せばかりがいつまでも続くわけはない。そんなことは長く人生を経験してくれば百も承知のはずだ。けれども、よい時ばかりにいると悪い時が見えないのだ。どん底を見ても耐えられるためには、その訓練が必要だ。悪い時が必ずやって来ると心に言い聞かせておかなくてならない。最高の幸せにあっても、いつか必ず不幸もやってくると思っていなくてはならない。実際に不幸が来なければ、それはそれで幸せなことなのだから、その覚悟だけは必要だ。

 それなのに、極楽トンボの私は覚悟もないままに、いつも幸せを感じている。感謝、感謝。
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出会いがなければ

2008年10月27日 22時59分16秒 | Weblog
 また同じ歳の人が亡くなった。一緒に保育園の役員をやったことがある人で、スピーチもカラオケも抜群にうまい人だった。死んでしまえばこの世のことは全ておしまいだ。そう言うと、それは違いますと怒られたことがある。そうした考え方は、「旅の恥は掻き捨て」に通じていて、どうせ死ぬのだから何をやってもかまわないということになるからだろう。

 本当にそんな風に割り切れる人はいるのだろうか。むしろ、生きているからこそ良き生涯でありたい、多くの人に出会い、多くの人を好きになり、多くの人から愛されて生きていきたいと願う方が普通のように思う。そう願いながらも、そうならないことの方が多いのだから。

 子どもたちがまだ小さかった時、どこかへ行く約束をしていたのに急に行けなくなって、子どもたちが泣いて怒ったことがある。私自身も小さい時、やはり楽しみにしていたことが実行されなくて、無性に腹が立ったことがある。約束されていた楽しいことが、大人の都合で取りやめになったなら、その悲しみや寂しさは計り知れない。それは大人になった今も、いやもうジジイになった今でもよく理解できる。

 今日はお酒の回りが早いのか、なかなか考えがまとまらない。人の幸せは人との出会いにある。出会いがなければ幸せもない。だからこそ出会いに感謝あるのみだと思う。
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母性は本能ではない

2008年10月26日 18時25分33秒 | Weblog
 友人に呼ばれて彼の家に行くと、たくさんの人がいた。みんなで赤ちゃんをあやしているのだ。まだ生まれて1ヶ月の男の子だが、目がパッチリとして凛々しい顔つきのイケメンだ。この子の母親は3月に高校を卒業したばかりの友人の孫だ。父親の方も同級生と言うから、本当に若い夫婦である。近頃では、この子たちのように若くして結婚するか、ウンと遅く結婚するか、さもなければ全然結婚しないケースが増えてきているそうだ。

 私も赤ちゃんを抱かせてもらったが、本当に可愛い。可愛いだけではなく、純真な宝物といった感じだ。赤ちゃんを抱くのは、孫娘の時以来だから随分昔のことになった。こんなにも可愛い赤ちゃんを捨てたり殺したりしてしまう人の気持ちがわからないと思ったが、私も初めて父親になった時、赤ん坊の夜鳴きに悩まされ、捨ててしまいたいと思ったことはあるのだから、他人のことを非難する気にはなれない。

 それでも、若い母親がお乳が出ないからと哺乳瓶で赤ちゃんにミルクを飲ませている姿を見て、余分なことを言ってしまった。それはお酒を飲んでいるせいであったのかもしれないが、むしろ私は真剣に伝えたいと思った。「あのね、母性は本能だという人がいるけれど、母性は学習で習得するんだよ。」勉強嫌いな若い母親は「エッ?勉強するんですか?」と言う。「そうだよ。お乳をやる時も、乳首を口に入れてやればいいんじゃなくて、『今日はいっぱい飲めるかな』などと話しかけながら飲ませてあげなくちゃね。」

 本能で子育てなんかできないんだよと私は言いたかったけれど、伝わったのかな?人間に備わっている本能といえば、食欲と睡眠欲くらいではないか。後は自分で学習し、鍛え上げ、作り上げていかなければならない。子どもは教えなくても言葉やルールを覚えるわけでは決してない。血とともに環境が人を育てるのはそのためでもある。どんなに優秀な血が流れていたとしても、環境が悪ければ育っていくことはできない。

 友人の古くからの付き合いの夫婦も来ていた。エレキギターを演奏する夫の方には以前、夏祭りで演奏してもらったこともある。未だにエレキギターを演奏し続けているのだから立派だ。年齢は52歳だから、私が高校の教員になって受け持った子どもたちと同じ世代だ。あの子たちもまだ、エレキギターにこだわっているのだろうか。あの子たちたちも父親母親からおじいさんおばあさんになっているのかな。
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井戸掘りの難しさ

2008年10月25日 19時12分19秒 | Weblog
 疲れた。腕も肩も腰も、からだ全体が痛い。今日は朝から井戸掘りだった。1メートルも掘らないのに、穴の底に水が湧き出してくるのが確認できた。余りにも順調な出だしに、これならうまくいくだろうとみんながそう思った。ところが、4メートルほど掘ったところで硬いものにぶち当たった。引き抜いて何度か挑戦するが、その手ごたえから「石」があると思った。ベテランが筒を引き抜き、打ち込むがその撥ね返りの音から、どう考えても「石」に当たったようだ。

 「もう一度場所を変えて掘り直す」とベテランの判断が下る。再度掘り直すなら、5メートル以上は離れていた方がいいような気がしたが、依頼主は最初の位置からわずか1メートルほどのところを指示したので、運良く行きますようにと祈る気持ちで再挑戦した。こちらも4メートルほどのところで硬いものにぶち当たった。最初と違うのは、「石」のような強い撥ね返りがないことだった。撥ね返りがないのに、ガンとして掘削が進まない。

 鉄製の槍のようなものを突き刺して、石を砕いてみようとしたけれど、突き刺さした鉄製の槍のようなものが抜けてこない。やっとの思いで引き抜いて、これを繰り返してみようとなったが、思いっきり突き刺せば、どんなことをしても抜けない。腕や肩や腰が張ったのはこのためだ。一体何にぶち当たったのかと、鉄製の槍のようなものを抜いてみると、ネズミ色をした粘土がくっついてきた。おそらく推測だが、この粘土層は長い間の堆積で岩のように硬く固まっているのではないだろうか。

 朝9時から初めて、途中昼食は取ったけれど、午後4時まで、「エイヤ、コラヤ」と力を振り絞ったけれど、結局井戸を掘り当てることはできなかった。目的が達成されない労働は、必要以上に疲れる。同じことをやっていても、これできれいな水がどんどん出てきたなら、疲れたなどという感覚を忘れてしまうだろう。誠に人間は想像力の生き物だ。楽しいことならば、つらいことなど苦にならないのに、うまくいかなかったばかりに疲れも何倍にもなってしまう。

 さてどうするか、ベテランは「このまましばらく様子を見よう」と言う。粘土質の岩ならば、こうして水を流し込んでおいたなら、溶けていく場合もあるというのだ。そのためには時間をおいた方が良いというわけである。火曜日に再度挑戦してみて、どうしても掘り進めないようならば、別の場所を考えみるべきだろう。しかし考えてみれば、粘土質の岩盤が続いているということは、その地層の下の水は汚れのない、良質な水であるはずだ。

 なんとしてもその下の水脈を掘り当てたいと思う。そうすれば今日の疲れも吹っ飛ぶであろう。
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お葬式

2008年10月24日 19時47分59秒 | Weblog
 葬儀は身近な人たちが集まって行なわれた。参列者は少ないが故人をよく知る人ばかりだから見送りは胸が痛んだ。私たちはご近所付き合いだったから、何かと理由を設けてはお酒を飲んでいたので、その豪傑振りが一番残っている。葬儀の会場に掲げられていたいくつかの写真の中に、若い頃の写真があった。かなりハンサムで凛々しい。ゴルフがうまいことは知っていたけれど、スキーはプロ級の腕前であったらしい。

 写真をとおして故人の歴史が浮んでくる。あの時の話にはこういう背景があったのかと察しがつく。分厚いドラマを作りながら人は一生を閉じるようだ。私たちが出会う前の故人の人生を垣間見て、人の一生の重さをつくづくと感じる。けれども、あの世とやらへ行ってしまってはもう再び会うことができない。あの世に話をする人はいるし、そう信じている人もいるが、もちろんそれはそれで結構だけれど、人が亡くなり灰しか残らないのだから、この世にはいないことは確かだ。

 どんなに立派な人も、威厳のある人も、誰からも愛された人も、みんな灰になってしまう。灰になった母や父を見た時、人間はこれだけだったのかと思った。悲しいというより、今日もそう言われていたけれど、「長い間ご苦労様でした」という気持ちが湧いてきた。肉体をつかさどるいろんな分子がどのようにかはわからないが、とにかく植物も動物も何らかの方程式に導かれ、個を形成する。人間はそして文化を創り、生活を送り、人を愛し、またいくつかの分子に戻っていく。

 自分が生きた証を残したいという人もいるが、私は私が死んだら全て無くしてもらいたい。私はカミさんや子どもたちに、「死んだから、葬儀は行なわず、葬儀屋に頼んで、火葬しても骨や灰は拾わず持ち帰らないこと。墓も設けないこと」と、お願いしている。それがもっとも私らしい最後だと信じるからだ。そして私に関する一切のものを焼却してほしい。前もってできるなら、棺に詰めて一緒に燃やして欲しいが、それができなければ、後からでもよいので、痕跡を無くして欲しい。

 葬儀の最後の挨拶の途中で、喪主である娘さんのご主人は泣いてしまったが、隣で聞いていた小学校4年生のお孫さんは泣きながらもしっかりと立ち尽くしていた。そればかりか、棺を霊柩車に運び込む時は、大人たちに混じってしっかりと担いでいた。これからは自分が支えていかなくてはならないという決意の程が見えた。こんな風にして、世代は受け継がれていくのかと思った。
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イエローハットの社長語録

2008年10月23日 22時08分49秒 | Weblog
 イエローハットの社長、鍵山秀三郎氏(今も社長かどうかは知らない)の著書『一日一話』を随分前に頂いた。こういう格言めいたものを読む気がなかったので、本棚の隅に隠れたままだった。今日のように、さて何かテーマがないものかと探している時は、ちょっと目を通してみるかと言う気持ちになる。

 「まえがき」とか「あとがき」を読むと、その本のおよそのことがわかる。『一日一話』の「まえがき」の書き出しは次のようだ。「私は昭和19年9月、11歳のとき、空襲の激しくなった東京から山梨県に学童疎開しました。それまでの私は、両親の庇護のもと、何不自由のない生活を送っていましたが、疎開で一変し、わずか半年で栄養失調になり、視力もほとんどなくなってしまいました。」(略)

 「しかし、そのおかげで、どんなに貧しさにも、どんな粗食にも、どんな労働にも耐えられる体と精神を培うことができました。それが私の唯一の財産といってもいいと思います。昭和28年、単身で東京に出てきたのは20歳のときでした。幸運にも、ある会社に拾われて、昭和36年まで勤めました。その会社では破格の待遇を受けましたが、社長の生き方・経営姿勢をどうしても理解できず、会社を辞めて独立しました。」

 ここまで読めば、成功した企業のノウハウを記したものかと想像がつく。「まえがき」の最後の辺りはこう結んでいる。「私は“簡単なこと”“単純なこと”をおろそかにせず、人が見捨てたものや見過ごしてきたことをできるだけ拾い上げ、価値を見出す努力をしてまいりました。別の言葉で申し上げれば、掃除を通して身につけた生活感覚が全ての土台になっています。ところが、いまの世の中はそういう生活感覚があまりに欠落しているのではないかと危惧しています。」

 つまり、鍵山氏が一代で企業を立ち上げられたのは“掃除”に鍵があるのです。本書の第1話は「ひとつ拾えば、ひとつだけきれいになる。私の思いを込めた言葉です。」から始まります。「荒んだ社員の心を穏やかにするためにはどうしたらいいのか。熟慮の末、始めたのが掃除でした。最初は私一人で始めました。そのころ、私がトイレ掃除をしている横で用を足していく社員や、階段を拭いている私の上を飛び越えていく社員ばかりでした。」

 鍵山氏の経営は「譲れることは、できるだけ譲るようにしております。譲ってばかりいたら人にやられてしまうと考える人がいますが、そういうことはありません。譲れることは譲ったほうが、逆に強くなれるものです。」「①よいことをすれば、人に好かれる。②良いことを進んでやれば、人にあてにされる。③よいことを続けてやれば、人から信頼される。この3つが守れれば、年齢に関係なく立派な人間になれると思います。」「自分を投げ出したとき、初めて人が動いてくれるようになります。」

 こんな具体的な言葉が365話綴られている。具体的なだけに説得力があるが、実際に鍵山氏の言葉どおりに実践できるならば、氏と同じように「立派な人」になれるだろう。しかし、凡人はただ感心するばかりである。
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合性

2008年10月22日 20時33分56秒 | Weblog
 合性というものがある。だれだれとは合性がよいが、だれだれとは合性が悪いなどとよく聞く。何十億人もの人間がいるのに、ひとりの人と結ばれていく。もちろん、人間が出会える人の数には限りがあるから、もっと少ない数の中からではあるが、それにしても結ばれるその確率はかなり小さな値であると思う。そんなすごい出会いであるはずなのに、その出会いは案外簡単なことが多い。

 友だちであったり、職場の仲間であったり、だれそれの紹介であったり、恋人のことを相談しているうちにその相手と結婚したり、いやいや挙げればきりがないほどいろんなケースがあるはずだ。出会いはたまたまであっても、結婚にいたる課程はまるで小説のような紆余曲折という人たちもいる。だからこそドラマになる。ところが結婚して、生活してみて、合性が悪いことに気がつく場合も多々ある。

 合性とは一体何なのだろう。今、プロ野球はクライマックス・シリーズで、巨人対中日の試合が行なわれている。ここでも、「この投手にはバッターは合性がいいですからね」と解説されたりする。合性がよいとは、打率が高いということだ。投手は同じように投げているように見えても、バッターからすると打ちやすい投手と打ちにくい投手がいるのだ。

 男女ではなく同性でも、見た目からもう合性がよさそうとか、あれとは合性が悪いとか決めてしまい人だっている。そういう時の基準は一体何なのだろう。そうかと思えば、付き合っていくうちにだんだんと相手の気心が知れ、合性がよくなるケースもあるし、当然逆のケースもある。誰とでも合性がよいように振舞えば八方美人だと言われ、なかなか付き合う人がいなければ意固地な奴と言われる。

 人間社会はとかく難しいけれど、合性のいい人ができるだけたくさんいる方が楽しいはずだ。何もかもとろけていくような合性の良い人に出会うならば、最高の出会いだと思っていいだろう。人を愛せない人は結局、合性のよい人に出会うことがないのかな。

 今のところ、野球の方は3対3の同点で、どちらがどちらに合性がよいとは言えないようだ。いや待てよ、こういう試合は合性がよいのだろうか。
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