リオデジャネイロ・オリンピックが8月5日から始まるが、ロシア選手団のドーピング問題が連日取り上げられている。ドーピングってそもそも何?ドーピングは悪いと言われているけれど、ドーピングが何なのかが分からない。競技に勝つために使用する薬物ということだけれど、それが何かなぜダメなのか、競技者の健康を損なうと言うが、それなら薬物を使うとこんなことになるという結果を見せた方がよく分かるだろう。
古代ギリシアでオリンピックのような競技が始まった時から、人は様々な方法で勝つために努力してきた。競技は楽しむためではなく、あくまでも勝つことが目的だから、競技者はどんな努力も惜しまない。今日も、競技者は身体を鍛え、技を鍛え、精神を鍛えている。そのために、必要と思われるものを食べたり飲んだりしているし、精神を集中する訓練も怠りない。その努力は、凡人の私から見ると異常なくらいだが、競技者たちは「もっと、もっと」と励んでいる。
オリンピックは国家対抗ではないと言われているが、現実は国旗を掲げた国単位で選手団は入場してくるし、優勝すればその選手の国の国旗がはためき国歌が流れる。日本だけなのかも知れないがテレビや新聞は、「メダルの数と色」が常に話題になっている。「前回と比べて数がいくつか」と推測する番組ばかりだ。それは、いくら「参加することに意味がある」と言っても、実質は「メダルの数と色」こそが大事ということだ。
本当にスポーツを通して世界の平和と友好を目指すなら、個人参加・クラブ参加にすべきだろう。サッカーやテニスのように世界大会があるのに、さらにオリンピックでも勝敗を求めるのは利権がらみとしか思えない。ドーピングを問題にする前に、国家対抗のようなメダル争いを無くすことだ。国家がスポーツに関わらなければ、競技者の鍛え方も変わるはずだ。スポーツが本当に個人のあるいはクラブの努力の結果を競うものであれば見る側も楽しく見られるはずだ。
明日と明後日は、夏祭りのためブログを休みます。