無事に帰国できたけれど、道中は大変だった。80歳になろうとする先輩女性は、いつもパスポート探しに明け暮れた。手提げカバンを2つ持っていて、革製のカバンにパスポートなどの重要なものを入れておくのだが、パスポートを見せなければならない時になると「どこに入れたんだろう?」と探し出す。「このカバンの中ですよ」と言うと、「よく、他人のカバンの中を知っとるね」と言う。「入れた時に、確認したじゃーないですか」と言えば、「そうなの」と知らん顔だ。
先輩女性はいろんなものに興味があるので歩くのが遅い。団体なのだから仕方ないがいつも最後尾になってしまう。ベトナムに着いてからの3日間、雨季なのに一度も雨に降られなかった。ホイアンの東の山間に、4~13世紀に栄えたチャンバ王国時代の遺跡を見学に行った。この日も快晴で青空が広がっていたから、まさかあんな目に遇うとは思わなかった。都会の中の見学が続いたので、樹木が茂るミーソン遺跡は心地よかった。この遺跡はカンボジアのアンコールと同じヒンドゥー教の拝殿という。
ベトナムは王宮も民家も全て赤レンガで出来ている。この遺跡も同じだ。かなり風化が進んでいるし、ベトナム戦争中にアメリカ軍のよる空爆で破壊されてもいた。爆弾で出来た穴もあった。遺跡の一角に大きな舞台小屋があり、ここで舞踊や音楽を学んだ人たちの踊りと演奏を見せてもらった。先輩女性は履いている靴で足が痛いから「草履を買う」と言うので、そばの売店でゴム草履を買った。40000ドン(200円)の草履なのに、1万円札を出そうとするので、カミさんにベトナムドルを借りで支払った。
3曲目くらいだろうか、突然風が吹いてきた。空も暗くなってきている。どうやらスコールがやってくるようだ。ガイドさんは「すぐにバス乗り場まで帰ります」と言う。みんなが席を立って歩き出だしてしばらくすると、雨がポツポツ降ってきた。すると「引き返して雨の上がるのを待ちましょう」と言う夫婦がいて、最後尾にいた私と先輩女性も小屋に引き返した。残った人数は10人くらいだったか、雨はますます激しくなり雷までなり出したが、しばらくすると小降りになってきた。
ガイドさんが「傘のない人は?」と言うので、手をあげると私と先輩女性に雨合羽を渡してくれた。売店でガイドさんが買ったものなので、「お金を」と言うと、「これはいいです」と言う。10人ほどをここに残してしまったのは自分の判断ミスということなのだろう。小降りになったので、みんなで歩き出したけれど、やっぱり私たちが最後尾だった。バス停でみんなと合流し、誰一人ケガもなく無事にホテルに着くことが出来た。夜の食事の時、私はガイドさんに「これはお礼です。日本では袋に入れるのですが」と言って、小さく折った千円札を渡した。