友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

堺市長選挙は何を意味するのか

2013年09月30日 18時48分35秒 | Weblog

 大阪・堺市の市長選挙で、「維新の会」候補が敗れた。橋下大阪市長が率いる「維新の会」は、急速に勢いを失っている。自民党政権が長く続き、その腐敗に飽き飽きした有権者は民主党に大きな期待を寄せた。はっきりものを言うのが好きな有権者は、橋下さんの主張に共感した。行政改革を断行し、税金の無駄使いをなくせと、「みんなの党」と共に新しい政治勢力の活躍を歓迎した。

 ところが橋下さんは、行政改革や税金の無駄使いよりも、「慰安婦問題」のようなに、韓国や中国をバッシングすることで人気を得ようとした。これが国際的にも非難されると、マスコミの語学力不足で真意を捉えていないとマスコミを批判した。共同代表の石原慎太郎さんが堺市長選の応援演説に来た時、韓国や中国への非難に終始した。市民から「堺の話をしろ」とヤジが飛ぶと、「大事な話をしているのだ。静かに聞け」とやり返したという。

 これでは「維新の会」候補の当選はないだろうと思ったが、その通りだった。日本人はどちらか言えば、極端な主張を嫌う。どこまでも穏やかで凡庸な人柄なのだ。それでいて、「みんなで渡れば恐くない」というように、周りをとても気にし、集団からはずされることを恐れる。そんな日本人だけれど、余りに長く自民党政治が続いたので新しい政治を求めたが、やはり極端さは好きになれなかったのだと思う。

 世界の各地で、いろんな現象が生まれている。イギリスのスコットランドで独立運動が起きている。イタリアは連立内閣が崩壊しそうだ。ドイツはメルケル首相率いる与党が大勝したけれど、アメリカとは違う道を進みそうだ。ヨーロッパは、小国に分裂しながら連合体を形成していくだろう。それは大きな経済成長を望まず、貧富の差が少ない社会を目指していくように思われる。アメリカはまだ成長を求めているが、シリアへの攻撃に否定的な市民も多く、大学を卒業しても就職できない状況が続いているから、貧民層の不満は大きくなっている。

 経済成長が著しい中国やインド、アジアやアフリカ、イスラム諸国もまた資本主義化が進めば当然、内部矛盾が大きくなる。どういう選択をしていくのか、大きな岐路を迎えている。極端な主張は一時的な支持を得ても、やがて消えていくことを堺市民は見せた。ただ、投票率が低すぎる。投票に行かなかった有権者は、また、ふわふわと「格好いい」主張に乗ってしまうかも知れない。そうならないことを祈る。

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悔しいことはやっぱり悔しい

2013年09月29日 18時04分53秒 | Weblog

 どっと疲れた。空は青く澄み渡り、風もなく爽やかな日になった。いつも通り、秋分の日には真っ赤な花を咲かせていたヒガンバナも近づいてみると多くが色褪せている。サルスベリも同じように花は鮮やかさがない。今朝は元気いっぱい、やる気満々であった私たちは、気の抜けたビールのようになってしまった。7月から始まった春日井市での井戸掘りは先日で完了し、今日は吸い管を入れて掘った穴を埋め戻して終わる予定だった。それが出来なかった。

 150ミリの塩ビ管を覗くと水面が見える。念のために水深がどのくらいになっているか、測ってみると10センチそこそこしかない。おかしい、50センチあったはずだ。エンジンポンプで水を汲み上げてみると期待した水量ではない。汲み上げた分だけの水は沸き出てくるけれど、これでは冬場が心配だ。塩ビ管の中にアメリカ製の井戸掘り器具を入れて、石や砂を出そうとするけれど、掘り出せる量はわずかでしかない。

 やはりもっと深く掘らなくてはいけなかった。判断が甘かった。せっせと2メートル、埋め戻してしまった分をまた掘り出さなくてはならない。ここはもう、手掘りでやるより他に手がない。周りの土砂が崩れてこないように、囲いを設けて中を掘り進める以外にやりようがない。「やり直し」、そう思うとこれまでの苦労は何だったのか、どっと疲れが出てきた。「ままならんのが人生さ」と言うし、その通りだと思ってはいるが、悔しいことはやっぱり悔しい。

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人柄ってどこからくるのだろう

2013年09月28日 14時55分19秒 | Weblog

 真面目にコツコツと仕事をする人がいる。仕事についてはとても研究熱心で、あれこれと工夫を凝らし前向きである。気になるのは、どこにでもポイとタバコを捨てるクセだ。「タバコはここに捨ててください」とお願いするのだが、なかなか守ってくれない。畑の中なので、どこで捨てたっていいと思っているのかも知れない。タバコの吸殻があちらこちらに落ちている作業現場を見ると、決して真面目にコツコツと仕事をしたとは思ってもらえないだろう。

 車に同乗していると、その人の人柄が分かる。道路が混んでいるとすぐにわき道に入る。「のろのろ運転している」車がいると、急な加速をして前の車を追い越し、ジグザグ運転になっているのに、「一定の速度を守れない奴がいる」と憤慨している。幹線道路や高速道路で、大型トラックが3車線の真ん中や右側を走っていると、「全く迷惑な連中だ。トラックは左側を走れ」とひとりブツブツ言っている。それなのに、少しでも車間距離が空いていると割り込んで行く。

 料理すると、流しに使ったボールや計量器や鍋などを山積みにしていく人がいる。私は料理屋を手伝っていた時、オジからまな板や包丁は料理の最中でも洗って片付けるようと教えられた。料理屋では食中毒が一番恐い。だから絶えずまな板や包丁など料理に使う器具はきれいにしていたし、足元や棚なども決して手を抜くことがなかった。まな板に食材以外のものを置いたら怒鳴りつけられた。美味しいものは作る者の心構えから生まれると教えられた。

 友だちを大事に出来ない人は、友だちがいなくなる。友だちの間でお金の貸し借りが出来ると、友だちではいられなくなる。いや、お金にこだわる人は友だちが出来ない。友だちとは、いつでも心を許せる間柄を言う。一緒にいて、一緒に食べて飲んで話して、楽しくなければ友だちではない。いつも馬鹿なことばかり言っている人でも、友だちには心配り出来ている。相手のことを思いやり、手助けし、先回りして応える。信頼できなければ友だちにはなれない。

 さて、今日は夏祭りのご苦労さん会。みんなで売ったのだから、みんなで楽しもうというもの。スーパー銭湯でお湯に浸かり、座敷で宴会である。

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鉄道事故と伝承されるもの

2013年09月27日 18時07分05秒 | Weblog

 JR北海道で相次いで事故が起きたと思ったら、今度はレールの異常がビックリするほど多く見つかった。異常が見つかっていても放置されてきたためだという。ズサンと言うには余りにもひどい。何を思って働いているのだろう。JRにしても、トヨタにしても、これまで大きな事故がなかったのは、生真面目に自己点検を行なってきたからと言われている。受け持った仕事をこなすだけでなく、さらに工夫と技術を重ねて、後輩へと伝えていく使命感があったという。

 先日も退職した70代の男性が、以前の会社を訪れた場面に遭遇した。若い後輩にあれこれと質問し、「まだ、やっとらんのか」と叱り飛ばしていた。会社への思い入れが今も強くあるのは分かるけれど、後輩の事情も聞いてあげればと、他人事ながら思ってしまった。70代の男性は苦労して仕事を取ってきた。そのおかげで会社は大きくなった。自分が売り込む製品について、先輩は説明書にあることも教えてくれなかった。そこで取引先や他業者まで訪ねて勉強を重ね、製品のプロになった。

 ところが大学を出た後輩は、製品の知識はあっても相手についての知識がない。製図は描けても分解して組み立てることが出来ない。分からないことは聞きに来いと言うのに聞きに来ない。あいつは使い物にならないと断言する。それで、人前も構わずに注意していたのかと分かった。でも、あなたも取引先や他業者から教えてもらったように、後輩も先輩には聞きにくいことも他の人から聞いているかも知れないし、あなたとは違うやり方で付き合いをしているかも知れない。後輩から相談されやすい先輩でないと伝承されていかない。

 話は変わるが、共済組合の積立金から2億円を使途不明だという事件があった。PTAとか町内会とかのお金を使い込んだ事件もあった。自分が苦労して得たお金は大切にするけれど、人のお金は扱いがいい加減になりやすい。使い込みではないけれど、税金の無駄使いはそのいい例だ。税金をチェックする立場の議員が政務調査費をごまかしている。市民も自分に関係なければ、何億円使われていても関心が薄い。公金の使い込みが多いのも、管理が甘いからだ。通帳も印鑑も同じ人物が保管しているという。

 会社も組織も、誰のものか、何のために働いているのか。伝承されるべきものは、ただ技術ばかりではない。ものの考え方や価値観や使命感など、大切なものは受け継ぐのではなく、切磋琢磨して伝えられていく。古い人と新しい人とがぶつかり合い緊張感を伴いながら伝承されていくのだ。

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『半沢直樹』と『あまちゃん』

2013年09月26日 18時31分23秒 | Weblog

 テレビドラマ『半沢直樹』が終わってしまった。ラストはどんな終り方かと注目していたが、やはり予想通りだった。水戸黄門のように悪人をやっつけて、「めでたし、めでたし」では、余りに現実離れになってしまう。半沢は現代に生きていて、会社の理不尽と戦っているから会社員の共感を得ている。私利私欲の連中に「倍返しだ」と挑むところが見ている者には気持ちいいのだ。しかし、結末は「どんなに正義をかざしても会社・組織はこういうものだ」で終わっている。

 私はこの手のドラマに興味がなかった。7月頃だったか、中学からの友だちのブログに『半沢直樹』に元気付けられたといったことが書かれていた。しばらくすると、新聞や週刊誌がドラマに関わる記事を取り上げるようになった。そんな折、大手の広告会社に勤めた友だちが「あんなものじゃーないわよ」とドラマのことを話してくれた。それで見る気になって、ハマってしまった。

 ドラマのことは井戸掘り仲間でもしばしば話題になった。最終回のことも、「結局、頭取が一番偉い」「いや、偉いというよりも一番得をした」「次の物語のために、ああした終わり方をした。出向先の証券会社でまた始まるんじゃーないか」「常務の処分は見事だ。あれで頭取は基盤を万全なものにした」「邪魔な奴は排除し、やり過ぎる奴も排除する。会社とはそういうところ」などなど。会社員で営業畑を歩いてきた仲間は昔を思い出しながら言う。

 NHK朝のドラマ『あまちゃん』も今週で終わってしまう。3組の結婚式が最後になるようだ。三陸海岸が舞台だが、津波の被害やそこからの復興を強調するようなテーマでないところがいい。復興については「おらたちが自分でやるんだ」と語らせ、いろんな芸能人らの復興支援を「名を売るため」と揶揄しながらも、素直に受け入れて見せている。「憧れ(アイドル)」を求めた祖母、母、娘の3代の物語であり、東京だけが、つまり華やかなものだけが、人生の舞台ではない。母役の小泉今日子のセリフではないが、「故郷を好きになれないものは東京も好きになれない」ということだろう。

 ドラマで音痴と言われ続けてきたので、薬師丸ひろ子は本当に音痴のように思えてきたが、実際に歌うと、小泉今日子よりもはるかにうまかった。小泉今日子を女優として面白いと思っていたけれど、歌よりも演技の方に存在感がありそうだ。薬師丸ひろ子は歌い続けてもいいのではないか、そんなどうでもいいことをも思わせるドラマだった。

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疲れだったのか

2013年09月25日 18時21分41秒 | Weblog

 疲れだったのか。昨日の井戸掘りは3人だった。現場に着くと、かなりの水が溜まっている。水位はやはり3メートル40センチ、なんとしてもあと1メートルは掘り下げたい。水面下の石や砂を少し取り出し、エンジンポンプを使って水を汲み上げることにした。すると、水位が下がると壁のあちこちから水が流れ出してくる。エンジンを止めればたちまち元の水位に戻ってしまう。

 「これだけ水が出ればいい」と仲間が言う。「でも、もう少し掘れないか」と仲間が言う。150ミリの塩ビ管を立てて、その中にアメリカ製の井戸掘り器を下ろして、回してみる。ダメだ。石があって動かない。「もう一度、掘れるところまで、手掘りでやってみよう」と仲間が穴の底へ降りていく。膝上まで水に浸かりながら、石や砂を掬い上げバケツで上げる。

 「これ以上は手が届かない」と言うので、再び底に塩ビ管を立てて、アメリカ製の井戸掘り器で挑戦するがやはり石に当たる。これはもう決断するしかない。掘り下げることを止め、塩ビ管の周りに掘り出した石の中から大き目のものを選んで敷き詰めていく。「あんなに苦労して取り出した石をまた戻すのは腑に落ちないね」と呟きが聞こえる。第1回目の7月23日に始まり、昨日まで8日間かかってしまった。再度借りたアメリカ製の井戸掘り器は今回1度も使えなかった。

 2メートルほど埋め戻し、家に帰ると6時を回っていた。すぐにシャワーを浴び、役所で行なわれる男女共同参画の会議に出た。会議の後、片づけをすることも忘れて帰ってきてしまい、しまったと反省する。そんなこともあってか、ちょっと飲みすぎて早く寝てしまった。今朝、起きた時は普段通りだった。朝食の後、布団に入って新聞を読んでいて40分ほど眠ってしまった。ところが10時半過ぎた頃から胸がムカムカする。頭が重い。横になると目が回り、余計に吐きそうになる。汗が出て、首や鎖骨の辺りが気持ち悪い。

 昼からはマンションの会議があったので、欠席の連絡を入れると、友だちが「疲れてるね」と言う。この体調不良は脳か心臓の病気かと思っていたので、じゃー寝てみるかと横になる。目は回らなかった。1時間ほど眠ってしまった。それでやっと元気になれた。食欲はないけれど、気分の悪いのはなくなった。70代の友だちよりも体力がないのかと、ちょっと情けないが、まずは帰還できたことに感謝しよう。

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神様の試練と受け止める

2013年09月23日 18時17分23秒 | Weblog

 昨夜の雨のせいなのか、朝方はまだ曇っていた。カンカン照りよりはこの方が作業はしやすい。今日こそ目途が立つように頑張るぞとみんなの意気は上がっていた。休日のためか道路は空いていて、井戸掘り現場に30分も早く着いてしまった。先日、掘った穴を見ると、土砂で30センチか40センチは埋まっている。150ミリの塩ビ管を立てて置いたので、借りたアメリカ製の井戸掘り器を塩ビ管に入れ、中の土を掘り上げようとするが、すぐに石に閊えて動かない。ダメだ。昔の人のようにしばらくは手掘りで進めるしかない。

 塩ビ管の周りの土を掘り、滑車を利用してバケツで外に出す作業を続ける。これにはかなり時間がかかった。午前中かけて先日、掘った位置くらいまで、根気よくバケツで砂や石をかき出した。水位は先日よりも少し高い3メートル40センチで、これは雨の影響なのか、それとも測り方が雑だったのか、そんなところが原因だろう。アメリカ製の井戸掘り器を使うためには、大きな石は取り除かなくてはいけない。そこで午後からは、穴の中で水とともに砂や石を汲み上げる作業に徹した。おかげで40センチから50センチは深くすることは出来た。

 けれども、穴の中に入る人は長靴も水浸しになるし、水の中で小石や大きな石を手探りでかき集め、バケツに入れて上にあげる作業を続けているうちに、軍手の指先が破れてくる始末だ。「水が多くて作業できないから、水を汲み上げてから掘ったらどうか」と穴の中の人は言う。汚水用の水中ポンプは持って来ていないし、ガソリンエンジンで汲み上げる手もあるが、それも今日は用意できない。今日はここまでにして、また明日、行なうことにした。

 仲間が話す今日の名言。「神様は耐えられる試練しか与えない」。これは私たちへの試練なのだ。私たちがどこまで我慢できるのか、神様は試してみえる。それは耐えられる範囲にあるのだから、諦めたり投げ出したりしないことだ。苦しいこともあれば、楽しいこともある。悪いことばかりが続くわけではない。そんな話をしながら、かき集めてはバケツで上げる。出しても出しても、写真のように石ばかりが出て来る。 神様は厳しい方だとつくづく思う。

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いつか来た道では説得力に欠ける

2013年09月22日 19時31分38秒 | Weblog

 明日はもう秋分の日、日の出は遅くなり、日の入りは早くなった。それでも今日はまだ暑さが残っている。「暑さ寒さも彼岸まで」と昔の人はよく言っていたが、いつもならそのとおりだと実感するところなのに、今年は暑さが続いている。9月26日は伊勢湾台風に襲われた日、翌日、学校へ行くと体育館の屋根が吹き飛んでいた。その日は全校生徒が台風の後片付けで一日過ごしたような気がする。今年も26日あたりに台風が上陸すると予報されている。

 最近、新聞やテレビで、集団自衛権のことや国家機密漏洩防止に関わる法案について、よく取り上げられている。有識者が「いつか来た道」と警告したりしているが、それでは説得力がないと思う。伊勢湾台風だって知っている人は少ない。今度来る台風が伊勢湾台風並みであったとしても、同じような規模であっても、全く同じではない。歴史に学ぶことは大切だが、「いつか来た道」と警告・批判しても、感覚的な受け止めになってしまう。

 今朝の読売新聞に、安倍首相の肝いりで集団的自衛権の論議の場となった懇談会の座長を務める国際大学の北岡伸一学長が、「戦前と現代、同一視は不毛」と題する論文を書き、昭和初期に日本を戦争へ向かわせた5点を検証している。1つは、地理的膨張が国家の安全と栄光を保障すると言う観念だが、今はそんな声を聞いたことがないし、軍事的膨張を国家の栄光と考える人もいない。2つ目は、相手は弱いという認識で、現在の日本で相手である中国を弱いと考える人はいない。3つ目は、国際社会は無力で制裁する力はないとする判断だが、高度に発達した国家の方が制裁のダメージは大きい。4つ目は、政治の軍に対する統制の弱さだが、現在の日本は自衛隊に対する統制は十二分に効いている。5つ目は、言論の自由の欠如で、日本では言論の自由がしっかり確保されている。ところがこの5点は現在の中国にピタリ当てはまるから、集団的自衛権は必要なのだという主張である。

 北岡さんのプロフィールを見ると、1948年生まれとある。団塊の世代で、全共闘運動が最も盛な時代を生きてきた。日本が戦争を仕掛ける要件はないが、中国からの脅威には対抗しなければならないと考える。どうして戦争放棄の憲法を活かし、永世中立国への道を彼は選ばなかったのかと思う。憲法9条を生かす国づくり提案こそが21世紀の思想ではないだろうか。

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神道のかたち

2013年09月21日 19時06分24秒 | Weblog

 今日の宮司の話を聞いて、なるほど神道とはこういうものかと思った。宮司は言う。「神様が天上で行なっていることを地上で具現することが神の道」と。神社というものが、よく分からなかった。新年を迎えると、神社に行ってお参りする。そのお参りの仕方も、各神社によってまちまちだったものを、明治になって2礼2拍手1礼に統一されたと知った。神社には大きな樹木をご神木と呼んだり、岩や滝などを神が宿るところと定めたりしているところもある。

 私は子どもの頃、祖母や母から「神様はどこにでもいて、見守ってくれている」と教えられた。森羅万象あらゆるものは神の化身と日本人は考えてきた。それは農業が自然の恵みと恐れによって育まれたからだろう。日本人は四季の変化を敏感に感じ取り、豊かな色彩を数多くの名称をつけて表現した。雨や雲、空、時刻の変化にも名前を付けた。自然に対して実に細やかな観察眼を持っている。

 宮司は「まつりとは非日常のこと」と言うが、この時ばかりは大いに飲み食い語ったことだろう。「神人共食」。神様と人が一緒に食事をする、だから「いただきます」なのだと。食物を得たことへの感謝、それは太陽であり水であり自然である。また、料理してくれた人への感謝でもある。「みなさんの子どもたちは感謝の気持ちが少なくなってしまっているが、ジジババが孫にキチンと教えていかなくちゃーね。文化は隔世で伝承されていくものです」。

 神道は教義があるものではなく、日本人が長い暮らしの中で培ってきた慣習を儀式化したもののようだ。自然を恐れ、あらゆるものを神として敬い、亡くなった人までも神にしてしまった日本人の死生観による相乗作用が、神道となった。明治政府が儀式性の強い神道を、国民の心をひとつにするものとして利用したし、宮司が言うように「神社が戦争を煽ったわけではなく、国民がそうしたのですよ」と思う。国民全員が「神国日本」を信じていたわけではないが、そう受け止める素地が日本人にはある。

 神社も寺院も厳正な信仰の場という意識が日本人には欠けるけれど、逆に言えば、全てを受け入れる信仰こそが日本人の遺伝子にはあるのかも知れない。そんな気がした。

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どうなるのか、ドイツの総選挙

2013年09月20日 18時31分02秒 | Weblog

 今度の日曜日、ドイツでは総選挙が行なわれる。現首相のメルケルさん率いる中道右派政権の続投が予想されている。人気の秘密は、メルケルさん自身にあるようだ。東ドイツ生まれであるが、保守党のキリスト教民主同盟の党首となり、「ドイツの母」と呼ばれている。政策は手堅く、経済は好調で、EUの大黒柱となり、債務危機国には援助する代わりに財政再建を厳しく迫っている。こうしたことで国民の受けがいいようだ。

 「ドイツは統一で強くなった。平和であり、今が最も良い状態だ」と60代のドイツ人は言う。戦火が絶えなかったヨーロッパで、ドイツは2度も大戦を起こし、戦後は国家が東西に分断された。そんな時が来るとは思われなかった東西ドイツの統一、そして欧州統合へと進み、平和と豊かさが2世代続いた。「国全体も自分たちの経済状況もうまくいっている。変化の必要はない」と多くの国民が感じているようだ。

 それでも問題がないわけではない。今朝の朝日新聞に「ドイツの人口は8千万人を超え欧州連合で最多だが、出生率は日本並みに低く、人口は減り続けている」とあった。ドイツは労働力不足を移民で補ってきた。最も多いのはトルコ系住民で約3百万人、その半分以下の135万人がドイツ国籍を得ている。これをけしからんと移民排斥を主張する極右政党や団体も根強いものがあるが、今のところ大きくは伸びていない。

 ドイツを反原発へ向かわせた原動力となったのは、1970年代の学生運動に加わり、地方へ戻って地道に環境問題と取り組んできた「緑の党」だが、急激な伸びは見られない。ドイツの総選挙は比例代表方式だから、少数政党の乱立になる可能性もある。国民の支持が様々な政党に分かれることは大いにあると思う。その時、ドイツがどのような道を歩むのか、興味深い。少子化対策で保育園を増やすことも話題になっているけれど、むしろ、少子化がなぜ悪いのかと主張する政党の出現を望みたい。

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