友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

野球観戦で緊張するなんて

2012年04月30日 18時17分41秒 | Weblog

 久し振りに巨人・阪神をテレビ観戦した。ところが何ということか、3時間20分が過ぎてもまだ決着が付かない。9回の裏、巨人の攻撃の時、ノーアウト満塁だった。これはもう絶対に巨人の勝ちだと思ったが、点が入らなかった。その前にもこんな同じような場面があり、なぜか見ている私の胃が緊張してくる。たかが野球だ、しかもプロ野球だ、好ゲームが展開されているのだから、楽しんで見ていればいいのに、どうしてこうも変な反応をしてしまうか。

 今朝も葬儀があり、明日もまた葬儀があるが、明日は大和塾の講演会の会場取りのために出られないから、通夜には参加しようと思っている。不幸な事故だったのだから、葬儀に参加すべきなのか迷う。友人が運転していた車が電柱に衝突して、後部座席にいた友人の長男の嫁が亡くなった。友人も重傷を負い入院しているが、こんな不幸なことはない。友人の家族のことを思うと、いたたまれない気持ちになる。

 人はどんな気持ちで葬儀に参列するのだろう。お世話になった、あるいは親しくお付き合いが続いた、ありがとう、そんな気持ちから最後に、やはり見送りたいというのが正直な気持ちだろう。見送ってあげたところで、何かが変わるわけではないし、あくまでも自分の気持ちがそうしたいということに過ぎない。長い読経を聞きながら、故人と過ごした一時を思い出し、ありがとうございましたと焼香する。正面には遺影が掲げられているから、より懐かしい気がする。

 残された家族にしてみれば、参列者が多いということはそれだけ故人につながる人が多いことの表われであり、「徳」の多い人ということになる。たくさんの人々に見送られ、葬儀が終わり、年月が流れてしまえば、本当につながっていた人以外からは忘れられてしまう。血のつながっている親族であっても、孫の代では記憶も薄くなる。人はいつまでも亡くなった人のことまで考えていられないのだ。

 私は、葬儀は儀式であるから、私の葬式はもっと違ったものにしたいと思っている。仏教もキリスト教も信仰できなかった私らしい形にしたい。年賀状を交換している友人・知人には、必ずハガキか手紙で知らせる。その文面も作っておこうと思うが、まだ準備が出来ていない。「そんな嫌なことを考えて」と、カミさんは言うだろうけれど、そんなことを考えてもよい歳になってしまった。82歳でひとり暮らしをしている姉をまず見送ってあげたい。姉もそれを心配している。

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権力のある方が強い

2012年04月29日 16時46分36秒 | Weblog

 身体のどこかに痛みがあるのはつらい。右肩の痛みはもう10日も続いている。筋肉を緩める薬や痛みを和らげる薬を服用したけれど治らない。痛み止めの注射と赤外線を当てたがやはりダメだ。50肩のように腕が上がらないわけではなく、自由に動くのに、肩は絶えず痛い。だから気分も晴れず、ボーとしている。

 今朝はマンションの自治会の総会だった。決算書の書き方が変わったので、質問が出ることは分かっていた。それに、自治会長だった人が市の組織にマンションの長として出ることには異論が多いことも分かっていた。異論を唱える人たちの考え方が正しいと私は思った。どう、攻めるのか注目していた。

 児童会、生徒会、学生自治会、職場の集会、町内会、国会のような議会、そしてたとえば家庭でも、子どもたちより父親が優勢のように、組織のトップにいる者は絶対的に強いことをハッキリと見た。どんなに正しい意見であっても、そこにいる普通の人々から賛同を得ることは難しい。賛同を得るためにはそれなりの戦略と戦術がなければまず無理だと思い知らされた。

 私はいつも少数派だったから、こんなことばかりを経験してきた。トップにならなければ何も実現できない。逆にトップになればなんでもできてしまう、それが民主主義のルールというものだ。決算書の書き方について時間を取ったから、人々は少々嫌気が指していた。そこに今度は人事のことで、感情的な対立のように見えてしまった。ひとりの男の野心から生まれた人事だけれど、たとえそうであっても、それはそれでいいではないか、そう思うようになってしまっていた。

 「あの人が不適任なら、もっと前、議案に載せる前に阻止しておかなくちゃー」と言う人がいたけれど、確かに事前に根回しして大会では圧倒的な承認という形で決めるのが常だ。今回も市のポジションを狙っていたから、自治会の役員でもないのに代表という形をとらせた。したたかに根回しされた案件だったし、そのために援護射撃をする人の手配も怠らなかった。

 見ていると、普通の人たちは言い合いが嫌いだ。こちらの人の言っていることが正しいような気がするけれど、役員の人たちも一生懸命にやっているのだから、そんなに責めなくてもいいのではないかと思っているようだ。だから時間が長引けば、どうでもいいから終わって欲しいとなる。つまり原案どうりで賛成という図である。

 民主主義が本当に意義のある制度にするためにはどうしたらよいのだろう。繰り返しながら少しずつ変わっていくのだろうか。私の肩の痛みは治らないのだろうか。嫌なことばかりだ。

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葬儀が続く

2012年04月28日 21時04分31秒 | Weblog

 右肩の痛みが治らなくて困っている。朝ご飯を食べて、また布団にもぐりこみ、昼ごはんを食べて、また布団にもぐりこみ、寝てばかりいる。怠けた生活だけれど、午前中はルーフバルコニーに出て、ブーゲンビリアの植え替えをしたり、草木に水撒きをした。午後は花フェスタに出かける予定だったけれど、余りに気温が高いので、家で貯めてあったビデオを観た。何か心配事があるのか、胃痛の予感もある。つまらない日々だと思うことが余計に拍車をかけているのかも知れない。

 サラリーマン川柳にこんなものがあった。

      宝くじ 「当たれば辞める」 が合言葉

 私の友だちに「ロト6」ファンがいるが、その人は「もうすぐ当たりますよ。6つの数字のうち5つは当たっていますからね」と毎回教えてくれる。「それで当たったらどうするの?」と聞いてみると、「黙っていなくなったら、当たったと思ってください。カリブ海で遊んで暮らしていますから」と言う。どうやら誰もが宝くじに当たったら、黙っているらしい。そういえば私も、「買わなければ夢は当たりませんよ」と言われて、宝くじを買ったことを思い出した。調べてみたら、既に支払期限が切れたものが2つもあった。当たっていたらと思うと悔しいが、当たる筈はないと思えば気持ちも楽だ。

 同じサラリーマン川柳にこんなものもあった。

      がんばろう 日本とあんた 妻が言う

      いつかやる きっとやるぞと もう定年

      物忘れ 増えて良くなる 夫婦仲

 頑張れ、頑張れと励まされ、日本の男たちは働いてきた。働いている時は、こんなものじゃーない、オレはもっと出来ると思っていた。そういう団塊世代も定年を迎え、目減りした年金を埋めるために、何でもいいから働ける仕事を探してまだ働こうと頑張っている。若い時なら、「お前がしっかりしていないからだ」とか「あなたがもう少し家のことを考えてくれればよかったのよ」とか、ぶつかってばかりいた夫婦も「あれどうした?」「今何しようとしたんだっけ?」と、物忘れが増えて、相手を責めるよりも「ごめん。助かったよ」「いつも悪いわね」と謝った方がうまくいくことを知るようだ。

 そんな夫婦にも別れの時が来る。今夜も通夜があった。明日はマンションの総会があるのでせめてと思い、通夜に参列した。するとその葬儀場にお世話になった人の告別式が30日の午前10時より行われると掲示してある。こんなにも葬儀が続くとふと自分は大丈夫なのだろうかと思う。死を恐くないとまでは言わないが、それは神様が決めることだからと思っているけれど、もし1年後とか2年後とか、事前に分かるなら準備をしておきたい。いらないものは捨てておきたい。そのためには少し時間が欲しい。

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明日から9連休だって

2012年04月27日 19時29分21秒 | Weblog

 明日から休みになる人は、5月1日と2日を休めば9連休になる。現役の時なら、子どもたちを連れてどこへ行こうか、どこも混んでいるから近場にしようか、いやむしろ富士山麓か信州方面へ出かけて長期滞在するか、と思案したものだ。カミさんの両親を誘って草津温泉まで足を伸ばしたこともあったけれど、あれは夏休みだっただろうか。ニューファミリーと言っても分からない時代になってしまったが、戦後の核家族の典型的な形を私は追っていた。

 5月5日と10月10日は、家族ハイキングの日と称して山歩きに連れ出した。家族の絆などと言うものではなく、それは家族という形の中でしか経験できない、たくさんのことを体験させてあげたかった。おそらく姉が、私の子どもの頃に父と母と妹と4人で、犬山や伊勢に行ったアルバムの写真を見て、「私の頃には一度もなかった」と言ったことが潜在していたのだろう。両親は姉や兄には厳しく勉強させたと言うが、私や妹に「勉強しなさい」とは一度も言わなかったと思う。

 父や母が、戦後をどのように意識していたのか分からないけれど、何かを強要されることは一度もなかった。私は、子どもが[したい]と望むものを、それが子どもにとって益になると思うなら、親は与えてやることだと思う。子どもも大きくなれば、何が大事で何が不要か分かるようになると私は思ってきた。子どもが欲しがらなくても、本は買っておいたし、次第にいやいやになってしまったがヴァイオリンも習わせた。子どもが学習塾に行きたいとは言わなかったので、行かせなかったけれど、水泳教室や英語教室に通ったことはある。

 何でも自由にさせていたかというと実は違う。子どもたちの友だちが我が家に来て食事をすることはあった。けれど、お泊りは禁止だった。「みんなやっているのに」と不満を言うが、「他所の家は他所の家。これは我が家の決まり」と受け付けなかった。何をやってもいい。出来れば他のことを忘れるくらい集中するものがあるといいと思ったが、普通の女の子に育ってくれた。普通であることは実に素晴しいことだ。私は子どもに甘い父親だが、頑固で融通が利かない面も必要だと思ってきた。自分の価値観を滅茶苦茶押し付ける偏屈な父親でもある。

 今、子どもたちもそれぞれに結婚し、長女は父親の違う娘ふたりを得たけれど、私たちジジババにはふたりとも可愛くてならない。姉はおっとりしていて優しいが、3歳になる妹はまだ未知数だが気の強い子になりそうだ。早くも天才振りを発揮し、みんなの関心を集めている。子どもは誰もこんな風にして大きくなっていく。次女夫婦には子どもはいない。創らないようにしているのかと思っていたら、欲しいらしい。子どもがいなくても、それはそれで幸せな家庭はいっぱいあるから、高齢での出産よりもその方がよい気がするが、それは私の勝手な思いでしかない。

 連休の後半に、次女夫婦とダンナの実家がある関西へ行く予定だ。次女のダンナが車で連れて行ってくれると言う。乗せてもらう旅は久し振りだ。よい天気になって欲しい。

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小沢一郎さんに無罪判決

2012年04月26日 19時41分22秒 | Weblog

 小沢一郎さんに無罪判決が出た。思ったとおりだった。秘書による政治資金収支報告書に虚偽記載はあったけれど、共謀した証拠はないというものだった。検察が無理やりでっち上げたと小沢さん側は主張してきたが、確固たる証拠がないのだから当然の帰結だろう。誰の目にも問題の4億円は表に出せないお金であり、小沢さんはそうしたお金を集めて子分を作ってきた政治家であることは明らかでも、裁判でそれを裁くことは出来ないのだ。

 小沢さんが田中角栄さんの弟子であり、その政治手法を踏襲した政治家であることも周知であるけれど、そういう政治家を「力がある」と賞賛し、甘い汁にありつこうと持ち上げている連中がいる。地域エゴとそれによって利益を得ている人たちである。地域の将来、日本の明日、そんなことよりも当面する利益を優先させてきた政治が今日を生み出してきた。社会保障も年金も原発も産業もあらゆることが、「これから先の理想へ」向かうことは非現実的と切り捨て、目先の利益に集中してきたのだ。

 小沢さんは消費税の増税には反対だと言う。けれども細川内閣を作った時は、福祉目的税を設けようとしていたし、そもそも日本をどのような国にしたいのか、そのビジョンが私には分からない。国家はこうあるべきだという信念というか、思想があって、その実現に向けて提案をしているというよりも、自らが政局の中心となって動かしていることに溺れている気がする。

 民主党内の小沢さんグループは元気を取り戻すだろう。しかし、小沢さんを支持している議員で次の選挙に当選できる人は半分もいないだろう。だからこそ、消費税増税には反対して支持を得たいのだろうが、小沢グループは「原発反対」と言えるだろうか。民主党議員は増税と原発で確実に票を減らすだろうが、小沢グループは信念や理想論で「反対」と言えるだろうか。選挙目当てだけの言葉なら、もう支持者はだまされない。

 今の国会議員の言動を見ていると、同じ政党に属しているのに言っていることが全く違う人がいる。政党なら主義主張、政策の一致がなければならないはずだ。若い議員も多くなったのだから、今度こそ政策で一致する議員同士で政党を作るか、いっそのこと政党などなくして、仲良しグループでいくかだと思う。そんな岐路に来ている。地方議員はその傾向にあるけれど、まだ古い体質が色濃く残っている面もある。どうなるのか楽しみだが、どうするかは私たちの1票にかかっている。

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暑いほどになりました

2012年04月25日 18時50分49秒 | Weblog

 昨日から暑さを感じるほどの日になった。公園では子どもたちが大声を上げて遊んでいる。街路樹のケヤキも葉を伸ばしている。先日まで咲いていたサクラも今ではすっかり葉サクラに変わった。新緑が青空に美しく輝いている。公園の子どもたちが元気なのはこの陽気のせいだろう。思いっきり声を上げ、思いっきり走り回り、じっとしていることがない。

 夜、久し振りに外に出ると、やはり昼間の陽気さがまだ残っていた。コンビニや駅や公園には半分大人になりかけた子どもたちがたむろしている。奇声をあげたり、戯れたりする姿は変わらないけれど、半分大人だけになんとなく気味悪い雰囲気がある。京都府亀岡市で登校中の子どもたちの列に車ごとぶつかって行った事件があった。

 この少年らは18歳で、夜通し運転していて、「居眠り運転だった」という。死んだ子どもの祖父が「被害者の名前は出るのに、加害者の名前は出ない。やりきれない気持ちだ。復讐してやりたい」と言っていたけれど、そういう気持ちになっても当然な気がする。運転していた子どもは無免許で、その父親は「謝るしかない」と述べていた。

 その前には京都市の繁華街で、交差点にいた何人もの人を跳ねるひき逃げ事件があった。運転者はてんかんの持病がある若者だった。東京都八王子市のバス運転手を刃物で刺したのは中学3年生の男子生徒だった。事件を起こす直前、所属していた運動部の顧問に犯行をほのめかす電話をかけていた。生徒は「バスジャックしたら電話するから」と言って切ったという。

 この3つの事件に共通性はないと思うし、共通性を見つけて論評するだけの力もない。私が言えるのは、何だか本当に恐いことが多いということ。自分では気をつけて歩いていても、あるいは安全運転に心がけていても、いつどこから暴走運転の車が飛び込んでくるか分からない。正しいことをしている人は助かるというわけでもなく、災難はいつどこから降りかかってくるのか分からない。

 そんな暗い気持ちで新聞を読んでいたら、敦賀原発直下に活断層があるという。敦賀で原発事故が起きれば、風に乗って滋賀県、岐阜県の南部、愛知県の西部は放射能の影響を確実に受ける。野田内閣は原発稼動に必死になっているが、最終処理の出来ない原発を速やかに止め、処理の方法を全力で確立しなければ、SF映画ではないけれど、私たち人類は滅びることになるだろう。

 人が幸せを求めて急速に科学を発展させてきたけれど、登校途中の子どもたちの命さえ救うことが出来ない現実にある。ぶつからない車が開発されているそうだけれど、急がなくてもいい社会や怒りに燃えなくてもすむ社会を開発することは無理なのだろうか。私は人間なら出来ると思っているのだが‥。

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重い荷物を背負って

2012年04月24日 19時23分19秒 | Weblog

 肩に重い荷物を背負っているような日が続いている。こんなことはこれまでになったことなので、ペースメーカーを植え込みしたからではと思ってみたが、どうやら高血圧が原因しているようだ。肩こりもひどいけれど、顔も手も赤く日焼けしたように見える。高血圧を抑える薬は毎朝、キチンと服用しているから、まあそのうちには落ち着くだろう。

 何があってもそう大きく変わることはなかったけれど、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の時は腹を掻っ捌いて切り取って欲しいと思った。今回の肩の痛みも我慢できないほどではないけれど、何もしたくないと思ってしまう。井戸掘りの先輩のところに軽トラを借りに行ったところ、先輩が家から出てきたが、まるで首が座っているようだ。首を動かすことが出来ないので、左右を見るときは身体ごとひねらなくてはならない。明日の私の姿かも知れない。

 神社での作業は終了した。次の本格工事は連休明けの5月7日からである。しばらく身体を休めることが出来る。4月29日は、私が住むマンションの総会がある。これまではあまり揉めることもなく淡々と終わったけれど、昨年辺りから幾つかの意見が出るようになった。「意見など言わせないようにやればいい」と乱暴なことを言う人もいるけれど、私はトコトン言ってもらい、執行部はキチンと答えることが大事だと思っている。

 住民が集まる総会だから、揉めるのは嫌だという気持ちは分かるけれど、執行部側がたとえどんな稚拙な意見であっても、キチンと聞いてキチンと答える姿勢がなければ本当の住民自治とは言えないだろう。マンションは659所帯あり、年齢も職業も関心度も違うから、ひとつにまとまることは難しいが、最低限、それぞれが納得できるようにしなければならない。そして、最後の切り札は信頼だろうと思う。信頼できるか出来ないか、やはり誠意を尽くすか否かにかかっている。

 個人的な野心から人事が提案されるなら、やはり反対意見が出てくるのは仕方ないだろう。それをどう裁くかでトップとなる人の人柄が表われる。こんな小さな集団であっても様々な人がいろんな思いを持って住んでいる。私が議員に立候補した時、「オレも出たかったのに」と私に言われた人がいた。「私はマンションの推薦を求めていませんし、立候補するのは自由ですから、ぜひ立候補してください」と話したけれど、酒の席での絡みでしかなかった。

 659所帯もあれば2千人近い有権者がいるので、マンション自治会の推薦をもらえば当選できる気になるのだろう。けれど、マンション住民の投票率は地方議員の選挙では、国会議員の選挙の半分にもならないと言われている。マンションだけの票では勝てないのだ。それにマンションの住民はつながりが薄い。いろんな宗教・政党・団体の人がいて、古くからの地域とはやはり違うところがある。

 この4月29日が過ぎると、「ちょっと羽を伸ばしてみようか」と友だちは言うが、さてどこへ出かけようか。出かけなくても気持ちのよい休日に出来ればいいのだが‥。

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肩こりの原因は何?

2012年04月23日 19時00分09秒 | Weblog

 朝、小雨だったので、姿のよいチューリップをバケツ2杯分切り取った。開き切らないものを選んだつもりだったのに、介護施設に到着した時には何本かが開き切っていた。今年は不揃いで花の色も鮮やかさにかけるように思ったけれど、バケツいっぱいのチューリップを見た利用者さんは「大きなチューリップだね。茎も太くて立派だ」と褒めてくれた。マスコット犬のジローは尻尾を振って私のところに飛び込んできたのに、チューリップは見向きもしなかった。不揃いのチューリップだけれど、しばらくは施設をにぎわせることはできるだろう。

 昨夜はマンションの自治会役員の歓送迎会だった。台湾料理の店で20人からの宴会は大変だろうと思ったが、どういう手はずなのか、注文した品が次から次へと出てくる。私は、唐辛子や胡椒の辛さが苦手で、中華料理や韓国料理はちょっと後ろ向きだ。それでも、宴会となると皆さんが勧めてくれるので、結構食べたし、結構飲んだ。紹興酒を飲む人や焼酎を飲む人もいたけれど、私は生ビールだけにした。それでも中ジョッキで3杯飲んだし、最後に焼酎のレモンサワー割りを1杯いただいた。

 退院して、3日目からお酒は飲んでいるけれど、量は少ない。それが14日の「桜の宴」から少しずつ飲む量が増え、手術前と変わらないほどに戻った。金・土・日曜日と連続で、かなりお酒を飲んだ。そのためではないと思うけれど、昨日辺りから肩を強く押さえられているような痛みが続いている。肩こりは思い込みだとテレビでやっていた。ペースメーカーを動かさないように、押さえつけないように、そんなことを考えながら眠っているのか、なかなか熟睡できていない。花粉症で目がかゆくて眠れない夜が続いていることも重なっている。

 かかりつけの医者に、「肩こりはペースメーカーのせいですか?」と言ってみたけれど、「痛みを和らげる薬を出しましょうか」とかわされてしまった。痛みや嫌なことを我慢することはないというのが医者の考えのようで、ざっくばらんに話が出来ることも馬が合う。ただ、聞きそびれてしまったけれど、もう夜なのに、まるで日焼けしたように赤い顔をしているのも気になるところだ。血圧が高いことが、肩こりと赤い顔の原因なのだろうか。明日は神社に残してきたパイプや水槽の撤去に行かなくてはならない。肩が痛いとか腰が重いとかは言って居れない。

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我が家の子育て

2012年04月22日 16時30分02秒 | Weblog

 雨にはなったけれど、激しい暴風雨にはならなかった。ルーフバルコニーの草木もどうやら無事に越せそうだ。私たちは同じマンションの別の場所からここに引っ越してきた。29年前のことだ。西側にルーフバルコニーがあり、そのため明るくて開放的だった。バルコニーには花壇があり、つげの木が植え込んであった。それが防水工事のために撤去され、大型の植木鉢に代わった。次の防水工事の時には、その大型の植木鉢も無くなった。

 地域新聞を作っていた時、一緒に働いていた女性が「実家の父は毎年、チューリップを育てている」と案内してくれた。家の前は一面のチューリップ畑になっていた。それが毎年チューリップを植えようと思った原点だろう。夏には朝顔を初め、いろんな草花を生い茂らせた。そして新聞作りに携わっていた人たちや自治会の役員で知り合った人たちを招いて、ビアパーティーを開いてきた。

 私が育ったのは戦後で、映画はモノクロからカラーへ、そしてワイドへと変わっていった。そんなアメリカやヨーロッパの映画に、バルコニーが出てくるものがあった。人々は花や木を育て、太陽の下で食事をしたり、お茶を飲んだり、パーティーをしていた。それが無意識のうちに私の中にあったから、せっせと植木鉢を買い、土を買い、カミさんの知らない間に小さな花園を作ってきた。小さい頃からの憧れは、こんな風に形になった。

 我が家のビアパーティーにも来てくれた親しい大学教授の夫婦は、年齢も世帯の形もよく似ている。私は、子育ての仕方もよく似ていると思っているが、厳密にはかなり違っていたのかも知れない。私は3世代が同居するような商家で育ったのに、父母は教員で祖父母とは全く交流しなかった。材木屋の奥に間借りしている独立した家庭であったが、いつも祖父に気兼ねをして暮らしていた。父も母も私には、何かを押し付けたり強制することはなく、自由にさせてくれた。夏休みの宿題を全くやらなかった時も何も怒らなかった。

 「子どもはいつか分かる」と父母が言ったわけではないが、私はそう思って子どもを育ててきた。絶対に手を上げない。子どもに怒鳴らない。そう決めてきたけれど、カミさんは「両親の方針が違っては子どもは言うことを聞かなくなる」と怒ったが、「違ってもいい」と私が言うからますますカミさんを怒らせてしまった。長女は活発な子で、一人遊びも個性的だった。私は天真爛漫のままでいいと思ったけれど、カミさんは学校から呼び出しがある度に困っていた。

 今、長女の3歳になる娘は誠にやんちゃである。「このままの子で育って欲しいです」とダンナは言う。「あなたがこの子の防波堤になって、これがこの子の個性です。いいところなんですと、守ってあげればいいんじゃないの」と私は答える。私たちも、大学教授の家庭も、初めて生まれた子どもだったからのびのびと育ててきたし、育つように守ってきた。大学教授の娘は今、教育ママになって子育てをしているそうだけれど、それはそれで彼女が見つけた価値なのだ。長女夫婦が3歳の娘をどんな風に育てるのかは、ふたりが決めること。そしてその前に、高校3年の娘を社会へ旅立たせなければならない。ジジババは応援している。

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人は誰でも表現者である

2012年04月21日 19時00分11秒 | Weblog

 運よく、今日は曇り空で雨の心配はないというので、午前中は我が家で「チューリップを楽しむ会」を行った。写真には映っていないけれど、中央にテーブルを置いて、コーヒーを飲みながらチューリップを楽しんでいただいた。長い時間かけて育ててきたチューリップも、咲き始めて終わるまでは10日間くらいしかない。「花の命は短くて」というとおりである。夕方から風が吹き出したけれど、明日は風雨が強いようだから、チューリップがどこくらい耐えてくれるか心配である。

 今年は寒さのためか、球根のせいなのか、成長が揃わなかった。まだつぼみが大きくならないものもあれば、すっかり花びらが落ちてしまったものもある。それでも来週、お世話になった介護施設にチューリップを届けたいから、出来る限り風雨に耐えてキレイなままでいて欲しい。施設の利用者さんは元気でいるだろうか、スタッフの皆さんは変わりないだろうか、皆さんに会えるのを楽しみに出かけたいと思っている。

 今日の午後は、大和塾の第25回市民講座で、講師を引き受けてくださったのは、俳優で演出家の舟木淳さんである。当市で朗読と演劇の指導もしている。舟木さんが話してくれたテーマは「表現すること、生きること」で、自らのこれまでの演劇人生を振り返るように語ってくれた。「俳優とは、人に非ざる優れたもので、なんとも恐れ多い。役者は役に生きるもので、この方がピッタリくる」と話す。自分を相手に伝えたいから、「人は誰でも表現者である。表現なくしては生きていけない」。

 そうした人間の表現願望には、たとえば他のものになりたいという気持ちがある。ウルトラマンや仮面ライダーに変身することが変身願望ではない。もっとキレイな、もっと立派な、そういう人物になりたいというものも変身願望である。そうした自分とは違うものになれるのが芝居だが、観察が出来ていないと「お里が知れる」ことになる。森繁久弥さんは「役者は、脚本が変わる毎に1年生だ」と言ったそうだ。誰もが始めからやるからだが、「いい役者はいるが、悪い役者はいない」とも言った。それは「よくないだけで、悪いわけではない」からだ。うまいと思うのは、受け取る側の好き嫌いのことで、「役者は役を真剣に生きることが大事で、演じることではない」と話す。

 どんな人が役者として大成するのか。1)臆病である。2)気が小さい。3)不器用である。舟木さんはこの3点を挙げた。自信のありすぎる人は稽古をしないし、気の大きい人は心遣いに欠けるし、器用な人は何でも出来てしまって個性がない。あがらない役者はいない。あがって困るから集中できる。なるほど、凡人でいいのだ。人は臆病であるし、気が小さいし、不器用な生き方しか出来ないが、そういう人ほど真剣に生きている。「表現には必ず自分が出る。見せようとするウソの表現はだめだ。本物を生きていきたい」と舟木さんは結ぶ。

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