友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

イヤなものはイヤでいい

2014年07月31日 18時13分00秒 | Weblog

 今日で7月が終る。太陽がジリジリと照りつけ、地表が燃えるようだ。風が吹いて来たけれど、涼しいとは思えない。何もしないうちに季節が変わっていくのではなく、何かをする希望を持たないから時の流れを速く感じるのだ。暑い暑いと言っても何も変わらないのに、大きく溜息を吐いてしまう。人の世は、希望と現実に確かな乖離がある。

 福島の原発事故で発生した廃棄物の最終処分場を巡って、建設候補地に選定された栃木県塩谷町の町民が、説明のために訪れた環境副大臣と、同席するために来た栃木県知事に、「絶対反対」のプラカードを掲げて訴えた。米軍の基地問題でも同じだろうが、「国民はそれぞれ分担して引き受けて欲しい」というのが政府の立場だ。

 最終処分場も米軍基地も、誰もが自分のところには来て欲しくないと思っている。それは明らかに危険だからだ。「それぞれが分担を」というのは、実は身勝手な論理だ。米軍基地は出て行ってもらえばいいし、最終処分場は福島原発に建設すればいい。福島原発に最終処分場まで造っては永久に人が住めなくなると言うなら、住まなくていい。原発を進めてきた国の責任で、それでは困る人々の救済を考えるべきだろう。

 原発も米軍基地も、高速道路や新幹線とは違う。私自身は高速道路も新幹線もこれ以上必要ないと思っているが、同じような迷惑施設であっても、原発や米軍基地は何かが起きれば死につながる。そんなものは速やかに無くすべきだろう。便利さを求めて、本当に必要なものを忘れている。

 佐世保市での高1女子の殺害事件。友だちの女性が「いろんな事件がある度に、自分の子はどうだろう?と思いました」とブログに書いていた。母親だから我が子のことが心配になるか、そう思った時、私は子どものことではなく、自分自身のことを思っていた。この歳になるまで事件を起こさずによく生きてこられた。何が自分を犯罪者にしなかったのだろうと。

 友だちは続けて、「おそらく誰でも病んでいる部分はあると思います。それが重症なのか風邪ていどなのか。でも、そこで、保護者はどうするのか。やっぱり真正面から本気でぶつかることだと思います」と書いていた。それ以外に道はないのだろう。

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戦争体験を語る先輩に学ぶ

2014年07月30日 18時25分22秒 | Weblog

 83歳になる大和塾の先輩が、不定期に刊行してきた通信が100号を超えた。昨日は先輩を囲んで昼食を共にした。終戦を14歳で迎えた先輩は、この頃のことを鮮明に記憶している。本土決戦に備えて兵士が塹壕を掘り、それを少年だった先輩たちがモッコで運び出す。兵士たちの食事は雑炊ばかりの粗末なものだった。炊事係りの兵士が先輩に、「飯を持ってるか?」と聞く。握り飯を差し出すと兵士はそれを自分の物にしてしまった。

 本土決戦と言いながら、軍隊には決戦できる士気はなかったという。武器もなく、ただ上から言われることをやっているに過ぎなかった。百田尚樹さんの『永遠のゼロ』は、戦闘機乗りの物語だが、戦線が拡大するにつれ武器も物資も不足していく様子がよくわかる。アメリカはゼロ戦に負けない戦闘機を次々と送り込んでくるのに、日本の軍部は机上作戦ばかりで現実を知ろうとしないこともよくわかる。

 ゼロ戦の飛行士は、初めはよく訓練されていたから、空中戦は滅法強かった。しかし戦局が悪化すると飛行機による体当たり攻撃が指示され、飛行士も未熟だが覚えの良い学徒から選ばれるようになった。さて、『永遠のゼロ』のテーマではないが、兵士たちは自ら志願し喜んで死んでいっただろうかと昨日も話題になった。自分が命を懸けることで、家族が守られるなら、いや、今の状況ではそれも無理かも知れないが、それでも何かの役に立つならと兵士たちは思っていただろう。そう思わなければただの無駄死にとなってしまう。

 世界各地でいまだに戦闘が絶えないのも、戦うことが何かの役に立っていると教え込まれ、そう信じているからだろう。「ポツダム宣言を読んだことがあるか?」と先輩が聞く。「誰も読んでいないだろう。安倍総理も閣僚たちも官僚も、誰も読んでいないはずだ。読んでいたら、安倍さんもあんな発言はできない」。「日本は戦争をして負けた。二度と戦争はしない。これはその時の国民の気持ちだった。それを伝えることは戦争を体験した者の務めだ」。先輩から学ぶことは実に多い。

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人殺しがダメなら、戦争はダメでしょう

2014年07月29日 18時11分18秒 | Weblog

 マレーシア航空の旅客機が7月17日、ウクライナ東部の親ロシア派の支配区域で消息を絶った。ウクライナ政府は親ロシア派の武装勢力がミサイルで撃墜したと主張し、親ロシア派はウクライナ軍によるものだと、対立している。遺体の収容、撃墜された機体の捜査までも難航している。西欧諸国とアメリカは親ロシア派に武器援助しているロシアへの経済制裁を進め、ロシアのプーチン大統領に圧力をかけている。

 中東のイスラエルのガザ地区では、イスラエル軍が飛行機による空爆では、敵対するイスラム過激派ハマスを一掃出来ないからと、地上部隊による大規模な攻撃を行なっている。ガザの死者は1000人を超えたという。避難所としてイスラエルに伝えてあった国連が運営する学校にも爆撃があり、大勢の子どもたちも巻き添えとなった。イスラエル軍の高性能な戦車や迫撃砲に対し、ハマスの武器はロケット砲と小銃だから戦いにはならない。

 国連でもこの2つの事件は論議されているが、いったいどんな論語が行なわれているのだろう。マレーシア航空機の撃墜事件では、ミサイルを発射したのは誰かという犯人探しにやっきになっている。ガザの事件では、ハマスは停戦を守らないとか、イスラエルは無差別に爆撃しているとか、非難の応酬を繰り返すばかりだ。戦争をしているのに、どうして誰も戦争をやめさせようとしないのだろう。

 作家の百田尚樹さんとニュースキャスターの辛抱治郎さんの会談が週刊誌「FLASH」に載っていた。「歴史問題がこんなにこじれたかといえば、日本が『相手が間違っている』とはっきりいえなかったからです。日本人がすぐ謝るからつけ上がる」と百田さんは言い、辛抱さんは「学生時代にゲバ棒ふるって暴れていた団塊左翼と呼ばれる人たち、ある日突然、スーツ着て就活して、マスコミで管理職になって、世論をミスリードした」と言う。ふたりの主張には、戦争のない世界を創るためにはどうするべきかという視点はなかった。

 やられる前にやるのが世界の常識で、軍備の放棄などは非常識だと思っているのだ。飛行機の撃墜を非難するなら、大勢の人々の死を問題にするなら、戦争そのものを非難し、無くすべきではないのか。なぜ世論は「戦争ゼロ」を主張しないのか。

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『ロリータ』夢想

2014年07月28日 18時36分12秒 | Weblog

 朝、ルーフバルコニーで植木鉢に水遣りをしていた時は寒いほどだった。もう秋がやって来たのかと思った。けれども気温はどんどん上がり、やはり死にそうな暑さになった。エアコンを使えばいいのだが、ある程度風があれば充分耐えられる。しかも何かをする予定もないので、つい寝転んで本を読んでしまう。読んでいるのはナボコフの『ロリータ』。中日新聞に芥川作家の諏訪哲史さんが、本の紹介を連載していたが、その最後で、「これほど凄い小説はない」と書いていた。

 アメリカ映画だったと思うけれど、高校生くらいの時に『ロリータ』を観た。確かモノクロだったと思う。ロリータは少女なのだがとても大人びた子だった。だから中年の男が夢中になるのも無理はないが、同じ頃にフランス映画で『素直な悪魔』『軽蔑』のブリジッド・バルドーを観た私は大人の女性に関心があった。映画は観たけれど小説は読んでいなかったので、読み始めてみたけれど、なんともまあ回りくどい。小説家の諏訪さんはこの回りくどい表現が気に入ったのかも知れない。

 夏の暑い午後、読書はすぐに催眠剤になる。ウトウトしていると電話のベルが鳴った。証券会社の新入社員と名乗る若い女性の声だった。愛知県債を買わないかというお誘いである。デートの誘いなら聞く耳もあるけれど、債券には興味がない。新入社員に申し訳ないので、説明は聞いて、最後にお断りさせていただいた。「私のように関心のない人ばかりではないから、めげずに頑張ってください」と励ましたけれど、多分皮肉と取られただろう。

 『ロリータ』の読書中だったせいか、パソコンやケイタイに、どうやってアドレスを調べてくるのか知らないが、怪しいメールが届くことがあることを思い出して、なぜ直接電話で誘うサイト?はないのだろうと思ってしまった。男はいくつになってもどうしようもなく子どもっぽいところがあるが、佐世保市で15歳の女の子が同級生を殺した事件を知ると、女性はキャーキャー言う割には淡々と人を殺すようだ。しかし、事件になるようなものはどれも特殊なのかも知れない。まだまだ暑さは続く。困ったものだ。

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セミを見て逃げ出す子どもたち

2014年07月27日 18時08分00秒 | Weblog

 昨日の夏祭りは暑さでお手上げだった。朝7時に仕入れた荷物を受け取り、軽トラを借りて来て会場へ道具や商品を運ぶ。鮎の塩焼き係りはすぐに炭を熾し、鮎の串刺しを作り始める。1本ずつ丁寧に塩を振る姿はプロを超えている。こうして鮎は3時間以上、炭火でじっくりと焼かれるから骨以外は全て食べられる。ところが昨日は、夏祭りが始った午後5時になっても人の集まりが少ない。午後6時になっても鮎の塩焼きを買った人は5人ほどしかいない。

 鮎の塩焼きと焼きそば、焼き鳥が私たちの主力商品だが、焼きそばも焼き鳥も買っていく人がいない。まだ、太陽は光輝き、こんなに暑くては屋外に出て行く気になれないのだろう。「おやじの会」が販売しているかき氷には行列が出来ている。昨年から、自治会の要請を受けて参加しているけれど、世帯数が少ない地域だけに、参加してくる市民はまだそんなに多くない。日が暮れるとやっと大人たちが子連れでやって来た。

 盆踊りではなく、今流行の曲に合わせて激しく踊るダンスが多かった。踊る我が子を撮影する若い夫婦が目立つ。小学校の高学年くらいになると両親の手を離れて、子どもたちだけでやってくる。浴衣姿の女の子に声をかけたいけれど、かけられずに男の子たちは遠くから女の子を見ている。意外に私たちの子どもの頃と変わらない光景である。会場の公園には桜の樹が何本かあって、こんなに喧しいのに、セミの幼虫は地中から這い出してきて桜の樹に登っていく。

 「見ててごらん、セミが羽化するよ」と子どもたちに声をかけるが余り関心がないようだ。そうしているうちに1匹のアブラゼミが飛んできて、友だちの帽子に止まった。まだ羽化したばかりなのか動きが悪く、簡単に手で捕えることが出来た。子どもたちにセミをプレゼントしようとして、「ホラ!」とセミを見せるけれど、「キャー」と言って逃げてしまう。じゃーお母さんなら興味を示すのかと思って見せるけれど、やはり「キャー」と逃げ出してしまう。

 虫は何を見ても気持ちの悪いものと思っているのだろうか。手のひらのセミが飛び立っていくと、子どもたちも母親たちも一斉に身をかがめて手で追い払おうとする。虫を追って採集しようとした私たちの子どもの頃とはやはり大きく違っていた。

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百田尚樹さんに欠けているもの

2014年07月25日 18時45分03秒 | Weblog

 暑い。死にそうなくらい暑い。全室の窓を全開にして、風を入れている。風は通り抜けているのに、夕方6時に温度計を見たら34度もある。屋外はもっと高いだろう。昨日、姉を見舞いに介護施設へ行ったけれど、今日ほどの暑さではなかった。ひとり暮らしの時は、もったいないからと言ってエアコンをつけずにいることがあった、姪っ子が「お母さんはケチだから」と心配していたが、施設では快適な日々のようで、以前よりも穏やかで元気な顔をしていた。

 姉は昭和5年生まれの84歳。結婚した義兄は「予科練に行っていた」と言うが本当か怪しい。中学校の国語の先生は「オレは予科練の出だ」と言い、「オレが殴った生徒は東大にいった」と自慢していた。そういえば、カミさんの叔父も予科練崩れだったようで、飛行機に異常なほど関心があった。終戦直後に生き残った青年たちは「予科練」であることが誇りだったのかも知れない。姉とは14年も違う私も、どういう訳か「予科練の歌」を歌うことが出来る。

 百田尚樹さんの『永遠のゼロ』を読んだ。井上真央ファンの孫娘と映画『永遠のゼロ』を観たけれど、本を読みたいとは思わなかった。男の生き方としては納得するけれど、反戦という意識はないように感じた。たまたまカミさんが友だちから勧められて読み、「あなたも読んで感想を聞かせて」というので読んでみた。カミさんは「戦争のこと、知らなかった」とか、「ゼロ戦って、凄い飛行機だったのね」とか言うが、私は子どもの頃に戦記物を読んで知っていた。空中戦は映画で見るよりも事実がよく分かった。

 百田さんは軍司令部の無能さを小説の中で暴いている。多くの無駄死が出た戦略・戦術を批判している。私も無能な将軍たちを暴いた本を読んだことがあるが、そういう人はいつの時代にもいると思う。むしろ、軽々と兵士を死に追いやってしまう戦争そのものを憎むべきだろう。戦争という悲劇の中でも美しい物語があるのではなく、戦争という悲劇を根絶することが今、生きている私たちの使命だと思う。百田さんはその視点が欠けている。

 明日は夏祭りの第1弾のため、ブログは休みます。

 

 

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にわか探偵の推理

2014年07月24日 17時59分22秒 | Weblog

 韓国のソウル号沈没事故で、全国に指名手配されていた親会社の会長が自殺していたという。しかも死亡したのは1ヶ月も前のことで、死体は腐乱し白骨化していたと報道された。「絶対に替え玉だ。あんなに逃げ回っていた人が自殺をするとは考えられない」とにわか探偵になった友だちは力説する。「死体の傍には酒のビンや遺書まであったというのも出来すぎだ。DNA鑑定や指紋も金を使ってでっちあげたに違いない」。私も彼の推理が当たっているような気がする。

 私の知り合いで自殺したとされている首長は、本当に自殺なら、覚悟の上で行なったと思う。そのくらい追い詰められていたはずだ。「家族のために自殺してくれ」と説得されて、やっと決心がついたのだろう。頭の良い人だったが、とても気の小さい人だった。犯罪者になれば首長の地位を追われるだけでなく、退職金も出ないし、何よりも溺愛していた娘が世間のさらし者になってしまう。自殺すれば裁かれることもなく、保険金も退職金も家族に渡すことが出来る。

 会長は新興宗教の教祖であり、生への執着も強い人のように見えた。替え玉を用意してどこかへ逃亡したのではないか、映画好きの彼はそう推理する。「それでは、中国の上海で期限切れの鶏肉を生産していた工場を中国のテレビが報道したのはなぜなの?」と、こちらの推理を聞いてみた。「まず、アメリカ資本に対する批判だろう。アメリカは低価格で商品をつくられるばかりで、商品の品質管理を怠っていると世界に知らせた。それは同時に、国内の工場に対して食品なら衛生管理、工業製品なら品質管理を徹底させる意図だろう」。

 なるほど、日本もそんな風にして商品の高品質化を図ってきた。儲けを出すためには低賃金の労働者が必要だ。そのため生産拠点は低賃金が確保できるところへと移っていった。そしてそのうち、世界中でそんなに賃金の差がなくなれば、売れるところで生産した方が手間がかからない分安くできる。人は同じものなら安い品を買うから、どこでも大差なくなる。好きな土地で、好きなように働いて、好きなように暮らす。そんな時代になるのだろう。そんな時代なら、ソウル号の親会社の会長も違った生き方が出来ただろう。

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100号を越えた私的刊行紙

2014年07月23日 17時03分55秒 | Weblog

 「満州事変の時に生まれた」と言われたから、昭和6年の生まれということだろう。今年で83歳になる大和塾の先輩は、毎月のように私的な通信を送ってくれる。A4判で4ページのこの通信は、元々は同級生へ「オレは生きてるぞ」という手紙のようなものだったと思う。子どもの頃の思い出や友人らのこと、それに読んだ本の感想や話題になっている政治や社会問題に対する意見が加わり、立派な時事通信になっている。

 私たち戦後世代が知らない、戦争体験を書き綴るだけでなく、自らが体験した戦争そのものを証左している点には頭が下がる。何事に対しても「原因と結果」を明らかにしないと気がすまない理工系でありながら、俳句や和歌にも造詣が深い。私たち戦後の教育を受けた者とは土台が違うと感じるのは、古典をよく知っているばかりか、漢文・漢詩の知識が広い。それを尋ねると、「何となく出てくる」と言う。

 10代半までに教えられた知識は身体の隅々に溶け込んでいるのだろう。大学は工学部に進み、科学の先端で学んだが、戦前に受けた教育は血となり肉となっている。60年安保が全国的な運動になった時、年齢から察すると先輩は既に会社員になっていたはずだ。高校時代は社研に所属していたらしいから、組合で旗でも振っていたのだろうか。社会人となってからのことには余り触れていないのも、左翼的知識人タイプの典型なのかも知れない。

 私がブログを続けているのは、中学からの友だちとの約束だからだが、先輩が「1日に10人の人と話し、1000字書く」と言われたからでもある。毎日、同じことを繰り返すことは容易いようで忍耐が要る。ましてやブログとなると同じ文章では笑われる。ああでもない、こうでもない、人様が読めばバカらしいことを、これでも一生懸命に考えて綴っている。時々、「やめようか」と先輩も思ったようだが、私はしつこいのが取り得なので意地になって続けている。

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「自分好みに育てたかった」

2014年07月22日 17時36分28秒 | Weblog

 梅雨が明けて、暑い日が続いている。南側のベランダにゴーヤで緑のカーテンを作り、西側のルーフバルコニーには天幕を張った。窓は全開にしているから風さえあれば涼しい。岡山県で49歳の男が小学5年の女の子を誘拐し、監禁していた部屋は窓がなく防音が施されていた。エアコンでもなければ蒸し風呂状態だ。警察官がこの部屋に踏み込んだ時、男は女の子を「妻です」と言ったという。男は女の子を「自分好みに育てたかった」らしい。

 公開捜査となって女の子の顔がテレビでも流された。とても可愛い顔で11歳にしてはちょっと大人びた雰囲気があった。「理想の女に育てたい」というと、浮かぶのは源氏物語の紫の上である。源氏は母によく似た藤壺とは今で言う不倫だった。幼い紫の上は藤壺の姪なのでどこか似たところがあったのだろう。源氏はこの女の子をさらってきて、理想の女性に育て上げる。けれど、紫の上の最期は決して幸せとは言えない。

 女の子は肌も艶々していて、柔らかで、それだけでとても美しい。男たちが幼い女の子に興味を持つのも理解できるが、私は大人の女性に憧れる。川端康成の『眠れる美女』は若い女の子の裸を眺めて満足する話だったし、ロシアの作家ナボコフの『ロリータ』の主人公は病的なくらい少女を愛撫する。彼らの女の子の描写は活き活きとして美しい。男が女に求めるものと女が欲しいものとは大きな違いがあるようだ。

 小学5年の女の子を誘拐した49歳の男は結婚したことがあり、理由は分からないが離婚している。小さな女の子を理想の女に育てたいというのは、余程惨めな結婚だったのだろう。この男のように、源氏が紫の上を育てたような欲望を、男たちは一度くらいは抱くけれど、すぐに現実は理想通りにいかないと気付く。女たちも3高だとか5高だとか理想の男を捜すけれど、たとえ条件に叶っても生活は別だと知る。

 地球上に何億人といるのだから、男と女が理想の相手と出会うことはまず無理だろう。だから、出会った人が、心がときめいた人が、理想の相手なのだと思う。理想の相手に結婚した後で出会うこともあるだろう。それもこれも、生きているが故に起きる幻覚である。だからそこ、より美しくより満たされる幻覚へと向かうのだろう。

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韓国も日本も同じ文化圏である

2014年07月21日 17時51分18秒 | Weblog

 土曜の夜、今年の夏祭りの打ち合わせ会を行なった。話し合いが一通り終ったので、「それでは祭りを乗り切るために乾杯しよう」と、みんなで飲んだ。飲みすぎたつもりはなかったけれど、日曜日は朝からグダグダしていてやる気が涌かなかった。夕方、長女のところへ出かけ、「みんなでお茶しよう」というので、長女のダンナが案内してくれた喫茶店に行き、そこでタマゴサンドを食べた。これなら、晩ご飯はお酒とおつまみさえあればよいので、自分で用意して飲みながら『黒田官兵衛』を見た。

 そこで立ち上がって、ブログを始めるはずだったけれど、その気になれなかった。そもそもブログは、酒を飲む前に書き上げるようにしてきたのに、酒を飲んでしまった今日はやめるべきだろう。ヘンな自己合理化する気持ちが涌いてきて、酒を飲んでブログを書いたのではいい加減な文章になってしまう、これはブログに失礼だから今日は止めようとなった。ブログを休むだけのことに、ヘンな理屈をつけ、書かないことを正当化して怠けた。

 今日は韓国名古屋総領事館による講演会があり、韓国文化をテーマにブログに書くつもりでいた。愛知大学の比較文化学科の片教授が『韓国人の暮らしと食文化』について語ったが、私たちの世代ならおおよそ知っていることが多かった。祭りはお酒と料理でもてなすのは世界共通だろう。ただ、韓国と日本に共通するのは、神酒米の奉納、その米で作る餅、食べ方である。正月や秋の祖先祭祀(日本でいうお盆行事)も同じだ。しかも、だんだん伝統的な行事が廃れてきている点も共通している。

 正月や祭りの時は、子どもたちもお酒を飲まされたと言うが、これも日本も同じで私たちの子どもの頃は当たり前のように行なわれた。それは子どもたちの健康と成長を願う行事だからだろう。かまどの神様、水の神様、トイレの神様などたくさんの神様が韓国にもいる。仏教やキリスト教が伝来しても、土俗宗教は年間行事に形を変えて継承されている。人間の社会はどこも同じなのだ。

 韓国の若者たちはキムチ離れ、焼肉離れになっていると言う。そういえば、インターネットで見る韓国や中国の若者たちのフッションは日本の若者と変わらない。これを近代化というなら、近代化は伝統を廃れさせ世界をひとつにする道である。そういう時代になっていく。

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