「美人は顔じゃーないよ」と物知りの先輩が言う。ホームセンターで買い物をした時、75歳だが元気いっぱいの先輩が「サイフがない」と言い出した。「とうとうボケがきたんじゃーないの」と冷やかされ、慌ててレジへ飛んで行った。しばらくして戻ってきた先輩に、「ありましたか?」と尋ねると、「レジの女の子がいい子でねえー、親身になって探してくれた」と言う。「若い方は美人だったけれど、つっけんどんで事務的だったんで、ムッとして怒鳴りつけるところだったけれど、隣の中年の女性が親切に聞いてくれた」そうだ。
買い物が終わり、その女性を見定めようとレジに行った。若い女性はいなかったけれど、中年の愛想のいい女性がいた。「レジの女性が美人だったから、わざとサイフを落としたなんて言ったんじゃーないの」と先輩を冷やかすと、先輩も恐縮したけどレジの女性もはにかんで、そんなんじゃーありませんとばかりの仕草をする。明るくて愛想がよく、私たちのような高齢の男性には絶対に受けがいい女性だと思った。すると、物知りの先輩が「女の美しさは愛嬌にある」と自説を展開する。
「愛嬌のある女は、立ち振る舞いや言葉使いにも女のよさが自然と身についていく。顔立てではなく内面の雰囲気が“いい女”と感じさせるのだ」。いつもながらどうしてこの人は女性に詳しいのだろうと感心する。日頃は難しいことばかり言うので、ちょっと敬遠されがちだけれど、酔うと女性の手を取り、手相を見て薀蓄を並べる。まあ、女性の手を握りたいだけの助平さがそうさせると思っていたけれど、なかなかもっともらしいことを言うようで女性たちには人気がある。
物知りの自説のひとつに「見た目の若い人は気持ちだけでなく身体も若い」がある。私は人から「若いね」とか、「お元気そうだね」と言われてきたし、自分でもまだ気分は18歳の時と変わらないと思っていた。ところが先日、手鏡で自分の頭の天辺を見て愕然とした。毎朝、顔を洗って鏡は見るけれど、正面から見ているので、確かに髪は白くなり薄くもなったけれど、禿げているとは思わなかった。男は女のように愛嬌ではすまない。歳には勝てないと思い知らされた。