友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

話は尽きなかった

2016年01月27日 17時16分12秒 | Weblog

 大府市に住む中学校からの友だちに会いに出かけた。彼のブログで、彼のカミさんがネクタイを再利用して小物を作っていることを知り、ネクタイを持って行った。何本あったのかキチンと数えなかったが60本か70本はあったと思う。気に入ったネクタイは使うのに、せっかく買っても一度もしなかったものもある。教員の時はネクタイをしなかったが、背広が仕事着になってからはネクタイが増えた。

 背広を脱いでもう何年にもなるのに、背広もネクタイもカッターシャツも捨てることが出来ずにいた。役に立つならありがたいと思ったし、どうしているかとも思い、市役所で落ち合った。「飯を食おうか」と言うので、市役所の最上階にある食堂でランチを奢ってもらった。同じものを食べたのに、彼が全部食べ切っても私は半分くらいしか食べられない。最近、食べるのが遅い。カミさんが食べ終わったのに私はまだもぐもぐやっている。彼もカミさんもすこぶる健康だから、食べっぷりがいいのだろう。

 彼は地域の役員を今期で辞める。高校の同級生の区長から頼まれて引き受けたが、決断が出来ないことに嫌気が差したと言う。日本人に特有の気質で、はっきりさせないのは保身のためだろう。「会社組織なら我慢もするが、地域共同体はみな平等だろう」。ところが現実は上下関係が維持されている。けれども責任となるとウヤムヤなのがこの社会の特性である。「それでもさ、もう、俺たちの時代じゃ―ないよな」。「おお、それでこの先10年をどう過ごすか、考えている」。「えっ、そんな先までも?」。話は尽きなかった。

 彼の家の近くに私の父の妹が住んでいる。叔母の家に行ったことはあるがもう60年以上昔だ。それでも桜並木を登ったところという記憶はある。近所で聞きたくても人がいない。幸い美容室があったのでそこで尋ねると、すぐ前の家だった。「隣が娘さんの家」と言うので、ベルを押すと叔母にそっくりなイトコが出てきた。向こうも私が誰だか分からなかったようだ。叔母が施設に入っている話を聞いて帰ってきた。街の様子が全く変わってしまったように、人もまた変わっていく。


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