テヅルカの神話にはカシワナ族のことはかけらも出てこなかった。彼らは何者なのかを教えてくれる話はなにもなかった。
彼は何者なのだろう。あの男は。あんなに美しいのに、なんで刺青をしないのだろう。
刺青をしない男など、ヤルスベの村では考えられないのだ。大人になる痛みに耐えられないということだからだ。だのにあの男と来たら、自分の知っているどんな男より、大人に見えるのだ。
あんな男がいていいのだろうか。
シロマゴの話を聞き終えると、アロンダは広場で会った知り合いに軽い挨拶をして、家に帰ろうとした。だが、家に帰ってひとりになればなったで、いやなことを考えるような気がした。だからシロマゴが弓を持って帰ってしまっても、まだ広場でまごまごとしていた。子供が広場の隅に集まって、何か話をしている。
「ねえ、知ってる? アルトゴがカシワナ族の漁師に聞いたんだってさ」
「うん、知ってるよ。カシワナ族の族長が、鹿にやられたんだろう」
その子供の話を聞いて、アロンダはびっくりした。思わず振り向き、子供たちの顔を見た。三、四人の子供が顔を寄せ合い、面白そうな顔をして笑っている。
「仲間をかばって、おっきな鹿と闘ったって、カシワナの漁師が自慢げに話してたんだってさ」
「大けがしたって。やっぱりカシワナ族って馬鹿なんだ。テヅルカを尊敬してないからだ」
アロンダはいつの間にか、小走りに川に向かって走っていた。