次の日、アロンダは村の広場に向かった。その日は巫医のシロマゴによる語りがあったのだ。ヤルスベ族の村では、定期的に巫医による語りの集まりがあった。ヤルスベ族の神話の物語を、シロマゴが話してくれるのだ。子供に神のことを教えるのが目的だったが、シロマゴの声がいいので、大人もよく集まって来て聞いた。
アロンダも毎回聞きに行った。一人暮らしであることもあり、ほかの村人とより会える場所には必ず出て行った。そうでないと何かを失うような気がしていたからだ。
まだ刺青をしていないヤルスベ族の子供たちを前に、シロマゴは小さな弓の弦を弾きながら、リズムに乗ってヤルスベ族の神話を語った。
「昔ジンスマルの山に、テヅルカという大きな神が降りてきた。その神はそこで、テミナガという美しい女神と出会った。テヅルカとテミナガは一目で意気投合し、ふたりでヤルスベの世界を造ることにした。
まずテヅルカはジンスマルの山から石を七つとり、それを食った。そしてテミナガがテヅルカの腰をたたくと、テヅルカの口からヤルスベ族の男が生まれた。次にテミナガがテヅルカの腹をたたくと、テヅルカの口からヤルスベ族の女が生まれた。男と女は一目見るなり意気投合し、お互いに協力してヤルスベ族の村をつくることにした」
シロマゴの声は美しく響き、子供たちの胸に溶けていく。アロンダも小さい頃はああして、大人が歌ってくれた神話の歌を聞き、ヤルスベ族の始まりの物語を覚えたのだ。
ヤルスベ族は、テヅルカの中から生まれた。ヤルスベ族はみんなテヅルカの子供なのだ。では、カシワナ族は?
アロンダはカシワナ族にもカシワナ族を作った神がいることを知っていた。その神の名を聞くことは、恐ろしいような気がしたので、知らないが、彼らがテヅルカが作った人間ではないということは知っていた。