千尋の闇(上・下)
(原題:PAST CARING 作者:Robert Goddard 創元推理文庫1996年)
近隣センターの図書館でふと手にしたRobert Goddardの作品。正直言うと題名がちょっと変わっていてちょっと興味を持ったものの、後ろの惹句を読むと舞台が英国であり時代設定が1900年代初めということで少々腰が引けたが、二重底、三重底の構成との紹介にのって読み進んだ。若島正氏の「解説」にあるように読み始めたら引きずり込まれ、文庫版上・下822ページの長編を一気に読んだ。(千尋は「ちいろ」と読む)
ゴダードの最大の特徴は、迷宮を思わせるような錯綜を極めた複雑なプロットである(若島氏)。これほどの長編にかかわらず、細部にわたって緻密に・有機的に関連付けられていて無駄がない。チャーチルやロイドジョージが登場する政界の動きもプロットの重要な背景である。サスペンスがあるが、男女の愛の強さと弱さと儚さが綾織のように物語の流れを貫いているし、英国の田園風景も情景が浮かぶ。ゴダードは「ダフネ・デュ・モーリア(「レベッカ」の作者)のロマンスとジョン・ル・カレ(スパイ小説中心)のスリラーを併せ持つサスペンス」と評されるという(最も若島氏にとってはどちらにも似ていない、似ているとすればその小説の長さだという。)。こうした精巧に構築された小説を読むと、日本の通俗小説は何とも歯応えがなくて、つい翻訳ものに手が伸びてしまう。9編の作品が上梓されているが本篇はその第一作目。