◇『氷の秒針』 著者:大門剛明 2012.6 双葉社 刊
信州のほぼ中央、松本市と諏訪市で二つの凶悪な殺人事件が起こった。一家3人の強盗殺人事件と強
姦殺人事件である。
遺族として前者には難を逃れた長女小岩井薫が、後者には妻美穂子を凌辱・殺害された被害者の夫
原村俊介がいる。
二つの事件とも捜査に当たっている刑事にも、既に退官しながらも犯人を追う元刑事にも犯人の目星は
付いている。ただ物証がなく、目撃証人の証言も薄弱のため本人の自白、自首を待つしかない状態にある。
犯罪被害者遺族の会の代表を勤める小岩井薫らの働きもあって刑事訴訟法が改正され、平成22年4月
27日公布・施行で法定刑の最高が死刑をである罪の公訴時効は廃止された。
ところで時効制度の廃止でこの二つの事件の発生時期が被害者家族の明暗を分けた。
松本で起こった一家惨殺事件は時効廃止の2か月前に時効が成立した。一方諏訪で起こった強姦殺人
は公訴時効はなくなり犯人は死ぬまで追われることになった。
小説としてなかなか出来栄えがよい。最後に泣かせる場面がやや出来過ぎではあるが。
中信地域と呼ばれる信州の中央部の二つの街は塩嶺峠という分水嶺で結ばれているというものの、狭い
地域であり登場人物が交錯する。 パン工場で働く小岩井薫、時計修理技能士の原村俊介、俊介の義父
(被害者美穂子の父)原山芳郎、二人の犯人を追い続けること刑事寺山力、 松本署の刑事平田弘務と
上条秀樹、一家惨殺犯鮎沢誠二、強姦殺人犯の百瀬拓一、その息子悠希・・・。
これらの登場人物が意外なつながりをもって意外な展開をする。詳細は読書の興趣を殺ぐので多くは書
かない。
元暴走族ですぐ切れる偏屈男、人との付き合い方が不器用な原山裕介と小岩井薫との危なっかしい心
の交流がどう落ち着くのかも興味深かった。
(以上この項終わり)