読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

法月綸太郎の『赤い部屋異聞』

2020年01月28日 | 読書

◇ 『赤い部屋異聞

    著者:法月綸太郎        2019.12 ㈱KADOKA 刊

     

  著者は本格推理小説家を標榜するグループの一員。心酔するエラリー・クインを初め
 江戸川乱歩、ウールリッチなどの作家へのオマージュ作品を取り上げた「オマージュ連
 作集」である。表題作『赤い部屋異聞』は江戸川乱歩の『赤い部屋』に因む。

  全9篇の作品末尾には「細断されたあとがき」と称して作品の出自やモデル、ヒント
 の出どころなどを明かす。この「細断されたあとがき」は恐怖小説ばかり集めた『十七
 年目の死神』にある都築道夫氏の「寸断されたあとがき」に倣ったとある。作品自体は
 もちろん、このあとがきを併せて読むことによって各作品の味わいが一段と深まる。
  9作品のうち表題作「赤い部屋異聞」がやはり抜群に面白い。 

 ◇赤い部屋異聞
   江戸川乱歩『赤い部屋』へのオマージュ。異聞好き仲間の会合に新人が呼ばれ、「九十
 九人の命を退屈しのぎのために奪ってきた」と豪語した。しばらく身内の不幸で参加し
 ていなかった私がそのあと引き起こした事件は、結末まで二転三転する。
  「日頃から事故の多い中央線」などとリアル感のあるくだりが重要なヒントになって
 いる。

 ◇砂時計の伝言
  体外離脱がテーマ。ウールリッチの『一滴の血』を下敷きにしたという。殺された男が
 今わの際に砂時計に犯人を示唆する証拠を残す。砂時計のダイイングメッセージの呼び水
 になったのは榊林銘氏の『十五秒』とのこと。

 ◇続・夢判断
  ジョン・コリアの『夢判断』をモチーフにした作品。毎日連続物の夢を見るという設定で、
 窓の外に眼を向けるたびに落ちてくる人物が変わるという奇想天外な物語。

 ◇対位法
  仲が冷え切ったた夫婦が、別々の部屋で二人とも内容がよく似た本を読んでいる。物語が
 クライマックスを迎えるとき、ことはリアルの世界と交差し、まさに殺人が行われようとす
 るのであるが…。作中の作品がリアルの世界に被さってくる面白さがいい。
  アルゼンチンの作家フリオ・コリタサルの『続いている公園』を下敷きにしている。

 ◇まよいネコ
  迷子のペット探しが仕事の探偵社。今週初めての依頼人が来た。依頼主は飼い主の人間と
 種が入れ替わったネコ。セリフ回しも軽快でわかりやすい。落語の「元犬」が着想の許。
 
 ◇葬式がえり
  出だしは「小泉八雲の『小豆とぎ橋』という怪談を知っているか」で始まる。松江の「小
 豆とぎ橋」で謡曲「杜若」を謡うと女の幽霊の祟りがあるという言い伝え。その時は何事も
 ないが、後刻とんでもない凶事が起こる。そんな話を、知人の葬式帰りの精進落としで酩酊
 した二人の男が交わす。
  タクシーでの帰路、友人を送り届けた男は運転手が漏らした言葉に怖気だつ。「さっきの
 お客さんは幽霊か物の怪にとりつかれているのじゃないですか」。実は、男は葬式に出る前、
 闘病中の妻が発作で倒れたのをそのまま放置して家を出た。未必の故意。実は幽霊は私に取
 り憑いていたのではないか。
 『奇想天外21世紀版アンソロジー』に寄稿したもの。
  
 ◇最後の一撃
  不倫関係にある女ざかりの夫人と若い精神科医が催眠療法による記憶操作(あるキーワー
 ドでそれまで読んでいた本の内容を全部忘れてしまう)で夫を自殺に誘導する。探偵小説マ
 ニアの夫を(出口のない迷宮、精神的な拷問という悪魔的罠)(ママ)に陥れたキーワードは
 ≪読者への挑 戦≫だった。
    作者は「この短篇は会心のアイディア」とする。最後の一行はアントニー・バウチャーの
 『決め手』へのオマージュ。

 ◇だまし舟
      作家仲間の汐見から相談があると電話で呼び出された。自費出版と思しき私家本を見せら
 れる。素晴らしい出来栄えだが、汐見はある個所から先に読み進めないので、君が読んで
 後半がどんなふうか聞かせてくれという。ところが自宅に帰り読んでいると、汐見が来て
 さっきの本を返してくれという。双方強引に取り合っているうちに本は半分に破けてしま
 う。その夜汐見は電車に轢かれ死んだ。葬式で彼の兄に会うと、あれは汐見の初期の習作
 だという。手持ちの本の半分と、自殺遺体のそばにあった半分にちぎれた本を合わせてみ
 ると見事に一体化した。まるで七福神を乗せた宝船の「だまし舟」の如く。
  都築道夫氏の『阿蘭陀すてれん』へのオマージュであるというが、残念ながら小生には
 この短篇のストーリーの怖さがよくわからない。なぜ本の途中から読むのが怖くなるのか。
 なぜ汐見は自殺したのか。天地逆さまにして合わせた本の背表紙が見事に一致した意味が
 不明。
 
 ◇迷探偵誕生
  <ディープ・ブルー探偵社>の多岐川深青という探偵の話。
  絶対誤りのない名探偵であるはずの自分が、手がけた事件の解決に失敗する夢をかつて
 しばしば見た。誤った推論に導かれた可能性の分岐が夢に現れるのである。
  保険調査員をしていたころカスパロフというロシア人と出遇った。絶対誤りのない名探
 偵になるという夢を叶えてあげる。ただし失敗したら魂と引き換えにという彼と血盟を結
 ぶ。
  そして20年。業界一の解決率を誇る実績を上げたある日、カスパロフに再会し契約解約
 を告げられる。そこで多岐川は新しい契約を提案する。常に推理を間違えることがないと
 いうのは刺激がなく退屈である。誤りのない推理をして正しく事件を解決したら私の魂を
 あげることにしよう。
  カスパロフは見積もり計算をしてこの申し出を受ける。「迷探偵の誕生」である。

  ここでは量子力学の多世界解釈とか、人間の魂の分岐した並行世界での量子的ふるまい
 といった理論が展開されるが、単に煙に巻くためで、それなしでも十分楽しい。
 
                              (以上この項終わり) 

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