◇『慚愧の淵に眠れ』
著者: 松本 賢吾 2000.7 双葉社 刊
警察内部の腐敗をテーマにしたハードボイルド。
とにかく主人公の私立探偵 原島恭介のキャラクター設定がお見事。
物語の展開のテンポもよく会話も軽快で面白い。
まだ28歳のころ、警視庁捜査4課マル暴担当だった原島はヤクザの
罠に嵌り強姦罪で告訴され依願退職に追い込まれた。運送会社などやっ
ていたが食い足りなく、事件屋の相棒に誘われ時折アブク銭を得たり
していた。今は墓掘人をやりながら素人探偵で遊んでいる。元警官と
いう薄暗い過去をものともせず、行動も早いし自己肯定的である。
ある日墓掘りをしていると一緒につるんでいた当時事件屋をしていた
関川がやってきた。
頼みたいことがあって探し当てたが、墓掘人の姿を見てやめたという。
その関川が3日後に死体となって海に浮かんだ。自殺か事故という警
察の見立てはあてにならないと原島は自分で調べ始める。
舞台が名古屋港と横浜港。麻薬取引がからむ。愛知県警と神奈川県警
で管轄の違いが厄介だが警察の幹部級の悪事が絡んでいる。組織を守る
ために個人の悪事を覆い隠そうとする体質。そんなことが許せない原島
は定年間際で実直な正義漢の愛知県警杉浦巡査部長と事件解明に協力し
合う。
あまり後味は良くない形だが、事件はうやむやで終わった。
…人体が老いると腑(はらわた)の一つひとつが徐々に腐って寿命が尽
きるのと同様に、今の日本は国自体が壮年期を過ぎた衰えを隠せず、国
の臓器ともいえる中枢機関の多くが、病んだ部位から滲み出る腐臭を社
会に漏らしていた。(本書315p)
原島の述懐はまさに真実を衝いている。今も全く変わっていない国会
も、政府も下部機関の各省も検察も警察も、もしかすると裁判所もどこ
も信頼できない体たらくではないのか。世界に誇る清廉な日本国はどこ
に行ったのか。
<最終段>
或る日若い女の声で電話がかかってきた。
「探偵の原島さんでしょうか」
「そうですが」
「ストーカーに付きまとわれて困っているんです。助けてください」
「お嬢さん、そう言った問題は高い探偵料をはらわなくたって、警察
がタダでやってくれますよ」
「そのストーカーってお巡りさんなんです。」
なんてこった。浜の真砂と警官の不祥事の種は尽きない。
(以上この項終わり)