読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

馳 星周『蒼き山嶺』を読む

2021年03月01日 | 読書

◇『蒼き山嶺

              著者:馳 星周   2018.1 光文社 刊

     

 馳星周が山好きだとは知らなかった。読んでみて山に相当登っていなければ山屋
の人物造形も山岳描写もここまで書けないだろうと思った。かつて笹本稜平の『
の峰の彼方
』を読んで、山岳小説の醍醐味を満喫したのであるが、本書も山岳スリ
ラーというにはやや抵抗があるものの、後立山連峰を歩く男女が背負う事情とそれ
を超えた山屋の連帯感、蒼き山嶺の描写が感動的である。しかも全編これ後立山連
峰の縦走ルート。山男と山女とが悪天候を衝いて迫ってくる悪漢と命を懸けての立
ち回りもたっぷりあり楽しめる。

 かつて長野県警山岳遭難救助隊に勤務し、現在は遭対協に所属している得丸志郎
は白馬岳に向かうコースで一人の登山者に出会う。それは大学時代に山岳部で苦楽
を共にした男のひとり池谷博史だった。
 この出会いが悲劇の物語の始まりだった。

 20年の年月の間に池谷はただの運動不足の中年男になっていた。
 池谷の挙動がおかしい。警視庁公安部所属でありながら白馬を歩いている。里場
の遭対協本部では警察が捜索で騒いでいるという。池谷は事情は知らない方がよい
と話そうとしない。
 白馬から日本海に出る栂海新道を案内しろという。2・3日かかる稜線コースであ
る。公安で相手と言えば中国か北朝鮮。国を売って北朝鮮などに逃げるのかなどと
得丸は訝る。
 そしてそこに現れたのは若林の妹ゆかり。K2で遭難した兄の遺骸捜索のために登
山用の身体と技術を身に着けた猛者になっていた。

 池谷の追手と思われる3人の男が現れた。山岳慣れはしていないが相当な手練れで
ある。2人は雪崩に遭って消えたが、膂力抜群の男は白馬山荘に3人を追い詰める。
そこで得丸は驚きの真相を聞く。3人は北朝鮮の工作員。池谷も工作員。日本人高校
生を拉致し入れ替わった男は池谷を名乗り、警察官になって諜報活動を行っていた
というのだ。

 得丸が大学山岳部時代に築いた若林、池谷との絆を振り返るの思い出が楽しい。
雪中の山稜歩きがすでに限界を超え、二人とも若林が傍らにいる幻覚を見た。

 二人は瀕死の状態ながら朝日岳、白鳥岳を超えて白鳥小屋で一泊し日本海にたど
り着いた。池谷は既に意識が混濁し、譫言で故郷の朝鮮の歌を歌っている。しかし
日本海の潮騒を聞き、潮の香りを嗅げたのは得丸だけだった。「海の向こうはお前
の故郷だ。来たぞ。やったんだ」。
 背中の池谷からは答えがなかった。

    それにしても池谷とザックを背負って雪中登行を続ける得丸の身体能力とガッツ
には驚嘆するしかない。

作中ユキザサ、ヨブスマソウという里山山菜が出てくる。この山菜は知らなかった。
                    
                         (以上この項終わり)

コメント (1)
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