◇ 『天を測る』
著者:今野 敏 2020.12 講談社 刊
これまで今野敏氏の作品は結構沢山読んできたが、今回の幕末・明治維新期の
歴史小説(あるいは時代小説)は初めてである。歴史的人物としてはあまり著
名ではないと思うが、小野友五郎という算学を軸に近代日本の基礎作りで活躍
した江戸幕府の中堅幹部をかくも色鮮やかに描き上げたのはさすがである。
話は米国派遣艦に随伴した咸臨丸の操船場面から始まる。日本人による操船
に不安があり、米国船員が十数人乗り込んでいるが、長崎伝習所、軍艦操練所
出身の小野友五郎などが測量方として乗り込み、六分儀などを駆使しながら船
の位置などを正確に計算していることに米国人らは驚く。
何しろ友五郎は「世の理(ことわり)はすべて簡単な数式で表わすことがで
きるのではないかと思います」というくらい論理的思考が勝っているから大抵
のことに驚かない。
対極にあって声だけは大きいが中身がない人物、勝麟太郎(海舟)や自己中
で計算高い福沢諭吉などを配したのが友五郎の人物像を際立たせたといえよう。
また通弁役として小野らを助けたジョン万次郎との交友も巧みな設定である。
小野友五郎は元はといえば笠間藩牧野家の徒士並みでしかなかったが公儀天
文方に出役した。その後長崎伝習所で測量術・軍艦操練を修め、日米修好条約
批准書交換ミッションの随伴船咸臨丸の乗員としてアメリカ・サンフランシス
コに渡り、彼の地の造船技術などを実見した。その後江戸湾の測量と海防計画
策定、日本人による蒸気軍艦の設計・建造を実現した。
そのうちに幕府での身分は小十人格、軍艦頭取というお目見え以上の格式に
なりついに旗本となった。
その後勘定奉行勝手方入用改革御用幕府会計事務全般の改革を命じられた。
その上三度も毛利家(長州)征伐の兵站役を担ったりした。
またこの間軍艦購入のため再度米国に派遣された。
薩長との鳥羽・伏見の戦の際には大阪城にあった幕府軍用金18万両を軍艦を
用いて江戸城に運び入れ、親しい小栗上野介に大いに感謝された。
文久3年には最愛の妻津多を亡くした。そして官軍に江戸城引き渡し。
大政奉還の後要職にあったためか友五郎は捕縛され小伝馬町に繋がれた。6
月出獄。
その後明治政府からは海軍出仕を勧められ謹慎中と言って断ったが、後民部
省鉄道測量の仕事を勧められて公務に復帰した。
小野友五郎は明治31年10月天日製塩講習中倒れ、東京で没した。享年81。
(以上この項終わり)