◇ 『崩落 禁裏付雅帳<三>』
著者:上田 秀人 2016.10 徳間書店 刊(徳間文庫)
禁裏付雅帳シリーズ(全12巻)の一冊。
江戸時代の時代小説では朝廷と幕府の駆け引きは大政奉還前後の時期以
外なかなかお目にかからない。
禁裏付というのは朝廷(禁裏)の内証監査と公家の非違監察のために置か
れた役職である。
朝廷の位置する京都という地には京都所司代と東西町奉行所が置かれ朝廷
内部の事件の捜査などは禁裏付が処理した。
禁裏付雅帳シリーズの主役は五百石の旗本である東城鷹矢が若輩ながら役
高千石の禁裏付に任じられ、格上の町奉行所、京都所司代、異質の文化に満
ちた公家社会に翻弄されながら役目を果たしていく物語。
背景には九代将軍家重、十代将軍家治の寵臣として権威を手中にした田沼
意次が第十一代将軍家斉によって放逐され、代わって権力を手にした松平定
信が田沼の引きで栄進していた戸田忠寛京都所司代を失脚させようとする策
謀がある。東城はこの先兵として送り込まれたわけであるが、東城を朝廷側
に引きずり込もうとする武家伝奏役広橋中納言から東城篭絡のため送り込ま
れた公家南条家の次女温子、何かと東城の面倒を見る光格天皇の子供時代か
ら仕えている仕丁土岐、江戸から送られてきた妻女弓江などが物語に彩りを
添える。
松平定信と公家のそれぞれの深謀遠慮、駆け引きが目まぐるしい。
目下の老中松平定信の抱える問題は、光格天皇から要求されている太政天
皇問題。 今上天皇は父親の閑院宮典仁親王を差し置いて天皇の即位した負い
目から父親に太政天皇号を与えよと難題を要求してきた。幕府は太政天皇号
は天皇位経験者の身に与えられるものと拒否した。
一方将軍家斉が父一ツ橋治済を大御所位につけたいと注文を出した難問が
ある。大御所は将軍経験者がなるもの、定信はこれをもって家斉の注文を拒
むが朝廷から勅許を得よとごねられている。太政天皇を拒まれている朝廷が
これを受け入れるわけがない。何とか朝廷の弱点を作り出し取り引きするし
かないと 定信が東城鷹矢を送り込んだわけである。
また田沼派である京都所司代の用人佐々木伝蔵は戸田忠寛は東城を亡きも
のにしようと浜田藩士を使って付け狙う。
東城の監視役として役宅に送られ鷹矢の面倒を見てきた温子の前に突然現
れた弓江という女性。東城の上司安藤信成の江戸留守居役布施孫左衛門の娘
である。松平定信が東城をしっかり幕府側につなぎ留めておくための重しと
して勝手に縁組を決めて京に送り込んできたのである。本人は既に東城の妻
と思い込んでいるが、東城家はしっかりと温子に仕切られているので何かと
軋轢が起こる。武家の姫と公家の姫の軋轢も面白い。
(以上この項終わり)