読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

デイヴィド・L・リンジーの『黒幕は闇に沈む(下)』

2022年10月31日 | 読書

『黒幕は闇に沈む(下)』(原題:AN ABSENCE OF LIGHT)

  著者:デイヴィド・L・リンジー(DAVID L・LINDSY)
  訳者:山本 光伸  1998.3  新潮社 刊 (新潮文庫)

     

  下巻は事態がややスピーディーに展開する。
      グレーバーはインフォーマント(情報屋)のラストからティスラーとビーザムが
 犯罪情報課内の内部情報を流出させていたとの情報を得る。もう一人いると言う。
 それはバーテルのことだろうか。
  グレーバーが事態のほぼ全貌を伝えて調査を任せているニューマンとポーラに
 アーネットへの依頼のことやバーテルが不審男と会っていたことを伝 えようとし
 ながらも躊躇逡巡する。部内にまだ情報内通者がいるという状況がそうさせるの
 か。そこまで信頼できないので逡巡するわけである。

     下巻冒頭で謎の男バノス・カラティスの素性が明かされる。世界の諜報部門で
 アメリカのCIA,イギリスのSI6と並んで優秀な諜報機関イスラエルのモサドの元諜
 報員ヨセフ・ラビブである。アーネットの組織はバーテルが公園の噴水を煙幕に
 ある男と会っていることを突き止めた。バーテルはカラティスから50万ドルの
 報酬で仲間に入るよう誘われる。

  1970年代において引退した諜報員の多くは過去に会得した技術・情報網・情報
 を武器に私立探偵や調査情報事業を立ち上げ、右翼政権、独裁政権、警察国家、
 武器密売人、ゲリラ組織、麻薬カルテルらを相手に取引を始めた。
  カラティスも退役後同様の道をたどったが、現役時代と変わらずチーム・プレ
 イヤーとはならず一匹狼として仕事した。彼は1980年代のほとんどの重大事件に
 関与し莫大な利益を上げていた。麻薬、武器、情報これが収益源である。
  カラティスはすべてを自ら綿密にプランを練り、利益を自分だけに集中するよう
 仕切るところに特徴がある。

  バーテルが深夜に諜報員と落合っていた自分のボートで爆発火災で死んだらしい。
 妻のジェーンは動転しながらも最近のバーテルの不審な言動をグレーバーに打ち明
 ける。ジェーンにも殺し屋の手が伸びるかもしれない。なんでも打ち明けている腹
 心の秘書ラーラに事態の全貌を打ち明け、捜査の一端を担ってもらう。
  そんなある夜、心の裡に互いに憎からず思っていた二人はようやく結ばれた。

  クライアントと金の運搬役を担う航空機の操縦士を探し当てた。かれらの連絡シ
 ステムを白状させたことでカラティスの構築した収奪システムを把握できた。
  ネットワークの網目を中断し、金とクライアントを横取りすることに成功する。
 メキシコ湾沿岸を舞台にする息もつかせぬ空中戦、活劇が見ものである。突如現
 れたCIAと思われた男はカラティスのパートナーと目されるストラッサーだった。
  ストラッサーはこれまでの二人の詐欺収益事業モデルのからくりを明かす。そ
 して今やカラティスがストラッカーと進めたプランの儲け1億ドルのほか5人の
 クライアントの投資金4千万ドルを横取りし高飛びしたと告げられる。ストラッ
 サーも裏切られたわけである。
  ストラッサーの打ち明け話からグレーバーが弟のようにかわいがっていたバー
 テルが金のために仲間を裏切ったのではないかという疑念に苛まれていたのであ
 るが、結局結局杞憂に終わったことでで安堵する。

  グレーバーらの働きでカラティスに4千万ドルは渡らなかったが、ストラッカ
 ーに持ち去られた。
    
  そしてグレーバーらは警察部内には情報漏洩などの不祥事はなかったという
 安心感もそこそこに上司の指示を得ずに勝手に捜査を続けた事情を監査室に調査
 されることに。

        まんまと金を持ち逃げしたカラティス。地中海のアマルフィ海岸に面する別
 荘で愛人のジェィルとラウンジチェアに横たわり、楽しい時を過ごしていたの
 であるが…、それは束の間の幸福感だった。
  読者もこの思わぬ結末に驚く。

  私見ながら『黒幕は闇に沈む』という題名は作品内容と少しずれているかも。
 原題のAbsence of light「光の欠如(あるいは不足)」は人間の品位という光の
 欠如したカラティスらに対する糾弾を意味しているのかもしれない。
  訳者はこの作家の二つの特徴を「精緻な背景描写」と「人間性の暗部に対す
 る分析力」としている。やや冗長に感ずる背景描写と心理解説がプロットの深
 みを増している。

                        (以上この項終わり)

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