◇『百年法(上/下)』 著者: 山田 宗樹 2012.7 角川書店 刊
近未来小説。『嫌われ松子の一生』の著者が構想10年で世に問うた力作。面白い。
2048年の日本共和国。
アメリカで開発された不老不死の薬「HAVI」が日本に導入された。しかし世代交代がないと人口
膨張で国は破裂する。
そこで生存制限法(通称「百年法」)が制定された。
「不老不死処置を受けた国民は、処置後百年を以て生存権をはじめとする基本的人権はこれをす
べて放棄しなけれなならない」つまり百年経ったら死ななければならないのだ。ターミナルセンターに
出頭し死亡措置を受けることになる。これを避ければ犯罪者として捕らわれ死刑。
HAVIによって永遠の若さを得た人々は、百年が近づくにつれて死と向き合うことで不安にとらわ
れる。国民の多くが百年法の施行凍結を求める。
時の首相(100年が近い)は国民迎合の道を選び国民投票を実施し、施行を延期する。
ところが永遠の寿命を得た国民は、かえって言いようのない不安に取りつかれ自殺や殺人事件が
多発するようになった。 そして働き場を得られない若者を中心とした暴動が発生する。
百年法の円滑な施行を職務とする内務省生存制限法特別準備室の遊佐章仁室長(後に首相・大
統領代行となる)は、施行延期によって日本共和国が破滅に赴くことを憂慮、百年法施行を強力に
主張していた議会の一匹狼牛島諒一新時代党党首を大統領に担ぎ出しまんまと当選させる。遊佐
は首相に指名され二人は共和国憲法を改正し大統領権限を強化、独裁的な権力集中を実現する。
そして百年法の改正。4年後に百年法を施行する。さらに一定額以上の税金を納めれば生存期間
を延長できる生存延長税法を制定。加えて大統領がとくに認めた場合には生存制限法の適用を免
除するという大統領特例法までつくった。大統領特例法によって国会議員や官僚などは免除と引き
換えに大統領の言いなりになる。
そんな中、HAVIを受けずに自然の寿命を選ぶ人(老化人間と呼ぶ)もいるし、生存法を拒否して身
をくらます人も出てくる(犯罪者扱いで捕まるとターミナルセンター送りになる)。
老化人間の一人仁科ケンは拒否者グループのリーダーに祀り上げられて共和国警察に立ち向かう。
不老不死の処置HAVIには多臓器同時多発がん(SMOC)を誘発するという落とし穴があった。しか
もHAVI処置者は遅かれ早かれ例外なく発症し、アメリカで行ったシミュレーションではあと16年です
べてのHAVI処置者は死に絶えるという。
50年に渡って大統領職にあった牛島はついにSMOCに冒された。かねてから大統領の権力奪取
を画策していた首席補佐官の南木と内務省警察局長兵藤はクーデターを謀るが…。
残された16年の間に若者をはじめHAVIを受けていない人に後代を委ねるための準備をしなけれ
ばならない。遊佐大統領代行は独裁官の創設を含む憲法改正の国民投票を求める。
終盤で場面は緊迫する。この作品の主人公仁科ケンはテロ首謀者阿那谷童仁と目され警察から
追われるが、最終的には遊佐大統領代行の求めにより第4代独裁官として日本共和国消滅の危機
を救い、新しい国の礎を築く。
「生と死の境界を失った者にとって、永遠に生きることは死ぬことと完全にイコールとなる」との仁科
ケンの言葉が印象に残る。(下巻:p114)
著者は参考文献に『ローマ人の物語』、『君主論』、『フランスの政治制度』をあげている。制度疲労
で老化していく国家と再生の方途を近未来の世界で語ろうとしたのか。
SF・ファンタジー評論家小谷真理は「SF的思弁を使った重厚な政治ドラマの構築」と評している。
(以上この項終わり)