◇『運命のコイン』(上・下)(原題:HAEDS YOU WIN)
著者:ジェフリー・アーチャー(JEFFREY ARCHER)
訳者:戸田 裕之 2019.11 新潮社 刊 (新潮文庫)
久々のジェフリー・アーチャー。『百万ドルを取り返せ』、『カインとアベル』などで
おなじみのイギリスの作家。短篇でも定評がある。
この度の作品は同一人物の「たられば」物語である。時は東西冷戦下の1968年が物語
の始まり。知力と胆力に優れた主人公が、歴史の大河の大波、小波にもまれながら人生の
頂点に上り詰める、30年に及ぶ、一種の大河小説或いはサーガともいえる大作である。
父親をKGBに殺害されたカルペンコ母子(エレーナとアレクサンドロ)をKGBの監視
下から脱出させるに当たり、脱出プランを作ったエレーナの弟コーリャはコインの表裏で
行き先を「英国」か「米国」に決めるという大胆な選択を求める。
普通ならばコインの選択で決まった国でのカルペンコ母子の人生の展開を描くところ。
本書では、なんとコインの裏を選び英国をに渡った親子(アレクサンドロはサーシャと名
を変える)と表となった米国に渡った親子(アレクサンドロはアレックスと名を変える)
のそれぞれの運命を交互に綴る奇抜な構成である。
同じ英語圏とはいえ、社会構造、文化が異なる両国での親子はそれぞれ異なった人生を
歩む。ストーリーテラーの名に恥じない、目まぐるしい筋の展開でページを繰る手が先を
急ぐ。英国人らしい風刺が効いた会話が楽しい。
7部構成の本書の第一部はそれぞれの国への入国と生活の基盤形成の経緯が語られる。
第二部以降は英米両国におけるそれぞれの活躍の詳述である。
エレーナは調理の才に長け、アレクサンドロは抜群の知力とチェスの腕前を誇る。二人
は瞬く間に英米それぞれの国で頭角を現し、安定した生活に向かって足を踏み出したかに
見えたのではあるが…。
両者の人生はどこかで交差するのだろうか。読者の興味は尽きない。
<米国のアレックス>
アレックスはニューヨークで才覚を発揮し、ブルックリンで露天商を10軒も持ちアディ
ーという恋人も得た。しかし突然CIAが現れ、露天商の権利金を貸してくれたイヴァンはK
GB工作員だという。
そんな中ニューヨーク大学経済学部2年に在籍中、軍に召集され、ベトナム戦争に派遣
される。あと17日で除隊となる日、彼の中隊は戦闘に加わることに。激戦中負傷したロー
レンス小隊長に代わり指揮を執ってヴェトコン部隊を殲滅、隊員を救い銀星章をもらった。
しかも露店の権利は、書き換えに当たってCIAの助言もあって65万ドルで売れ、母のた
めのピザの店舗も手に入った。ただ愛し合っていると思っていたアディーは他の男と結婚
するのだと去っていった。
ヴェトナムでの上官ローレンス小隊長は名家の出で、上院選に立候補しようとしていた。
ローレンスの誕生日パーティーに招かれたアレックスは彼の妹イブリンに惹かれ、その夜
ベッドを共にする。イブリンはトッドという投資会社社長にアレックスの事業への投資を
勧める約束をし、彼女自身も百万ドルの価値があるアンディ・ウォホールの絵を担保に投
資をすることを約し、アレックスに小切手を切らせた。
アレックスは開けた運に大喜びで、母親に「いい人に巡り遭った、結婚するんだ」と報
告した。
しかしイブリンとトッドがとんだ食わせ者でアンディ・ウォホールの絵は複製だった。
二人はアレックスの小切手を即現金化し、フランスへ高飛びする。二人は夫婦だった。
兄のローレンスは妹が本物を売り払いコピーを使って行った不正を知り、代わりにサー
シャとエレーナのピザ店展開事業への出資を約束する。
またアレックスにはアンナという美術史専攻の恋人ができた。アンナは奇しくもロシア
移民でシベリアの強制収容所で生まれたという。
その後ローレンスはアメリカ議会下院議員に立候補し、アレックスは選挙対策本部のチ
ーフとして奔走する。
イブリンとトッドはローレンスの失脚を狙って彼がゲイであること、未成年者異性交友
写真を新聞にながし、ローレンスはスキャンダルを苦に自殺してしまう。
アレックスはローレンスに代わって下院議員選に民主党から出馬し、見事当選を果たす。
そしてローレンスから託された銀行の立て直しに目途をつけたのち、ロシア人のプーシ
キンから持ち掛けられたレニングラードのガス・石油会社への投資話を協議するために
母国ロシアに向かう。
そこにはKGBの大佐になった少年時代の友人ウラジーミルが待ち構えていた。
アレックスは、ダヴォス会議でロシア大統領選への挑戦をにおわす演説をして参加者
の喝采を浴びる。
恩人である母の弟コーリャが亡くなった。葬儀に出席するために母と家族3人はサンク
トペテルブルクへ向かう。
<英国のサーシャ>
一方サーシャの方は学業に励む一方、抜群のチェスの腕前を持ってトリニティ・カレッ
ジを勝利に導くなど着実に学内の信望を高める。そしてケンブリッジ大学学生自治会で委
員長の座も勝ち取った。
サーシャは同学のシャーロット(チャーリー)に一目ぼれ、骨董商である父親からも厚
い信頼を得て結婚することができた。
さらに所有財宝を処分するオークション参加をきっかけに、元ロシア貴族伯爵夫人と知
り合い、さまざまな支援を得ることになった。
サーシャは友人のジョンの勧めにより英国議会庶民院議員に労働党の候補者として選挙
に臨むことになる。対抗する立候補者は大学の先輩で保守党員フィオーナ・ケリー。
選挙戦では サーシャが圧倒的な人気を博し、チャーリーの出産(女子誕生)のさなかに
見事当選を果たす。
議会において地歩を築いたサーシャは、ペレストロイカのさなかロシアとの交流議員団
の一員として30年ぶりにサンクトペテルブルク(レニングラード)を訪れる。
この年英国労働党は選挙で大勝利し、トニーブレアが首相になった。サーシャは外務副
大臣に。そして友人のネモツォフにロシア大統領選への挑戦を打診される。
次の選挙では外務大臣の椅子を約束されているサーシャは迷うものの妻に励まされてロ
シア大統領への道を選ぶ。
<二人の邂逅は>
実は二人の初めてのニアミスはニューヨーク。初めての息子を死産で迎えたサーシャと
チャーリーは客船で傷心旅行。ニューヨークに渡りメトロポリタンなど美術館巡りをする。
ある画廊でサーシャはアレックスと間違われる。
マーク・ロスコの絵に見入っていると既にあなたの妻アンナがその絵を購入していると
言われる。アレックスと見間違えたのである。
故郷サンクトペテルブルクに飛んだサーシャとアレックス。果たして二人の接触・邂逅
はあるのか。どんな形で両者が一体化するのか。興味津々というところであるが、何しろ
奇策お得意のジェフリー・アーチャーのこと、簡単な納まりは望めない。
最終章の第七部は実に意表を衝く展開で、驚愕の終幕が待っている。
(以上この項終わり)