読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

楠木建の『絶対悲観主義』を読む

2022年10月12日 | 読書

◇『絶対悲観主義

     著者:楠木 建   2022.6 講談社 刊 (講談社+α新書)

  

  題名に惹かれて読んだ。
  著者が言う悲観主義は普通言われる楽観主義に相対する概念としての
 悲観主義とはとらえ方がちょっと違うかもしれない。
  我々個人の仕事に対するスタンスを初め日常的な言動を主導する規範と
 して、悲観的姿勢の採用を勧めている本である。例示や譬えが具体的で面
 白い。
  著者は自分なりの論理で物事は基本的に悲観的立場で対処した方が良い
 結果を招くという考え方を勧めているのである。
 
  「困難に直面してもやり抜く力(GRIT)無用、逆境から回復する力不要
 これが絶対悲観主義の 構えです」と著者は言う。
  世の中に自分の思い通りになる事なんかほとんどない。こうした真実を
 直視さえしておけば、戦争や病気のようなよほどのことがない限り困難も
 逆境もない。
 「うまくいかないだろうな」と構えていて「ま、ちょとやってみるか…」
 これが絶対悲観主義の思考と行動だと言うのである。

  事の前に悲観的に構えて期待のツマミを思いっきり悲観方向に回して置
 くと万が一うまくいくとすごくうれしい。大体は失敗するけど心安らかに
 敗北を受け入れられる。
  
  面白いのは絶対悲観主義者は人に褒められても真に受けない。謙虚なの
 ではなく自分の能力を信用していないから。でもそういう評価を複数の人
 から繰り返し受けてると悲観の壁を突き破って、ようやく楽観が入ってく
 る。たまに成功することがあり、これが続継すると自信が持てるようにな
 り好循環を生み出すということ。悲観原理の行動が対極の楽観事象を生む
 と言うのである。

  なお以下13章にわたり派生的なテーマで著者の考えをエッセイ的に述べ、
 特に第8章のホラーの条件は具体的に個人名を挙げた標本陳列型で納得する。
 また第9章のなりふり構わずの「なり」と「ふり」第12章の痺れる名言も面
 白い。


 第2章幸福の条件
 第3章健康と平和
 第4章お金と時間
 第5章自己認識
 第6章チーム力
 第7章友達
 第8章オーラの正体
 第9章「なり」と 「ふり」
 第10章リモートワーク
 第11章失敗
 第12章痺れる名言
 第13章発表
 第14章初老の老後
                      (以上この項終わり)

 

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マイクル・コナリーの『燃える部屋(上・下)』

2022年10月06日 | 読書

◇『燃える部屋(上・下)』(原題:THE  BURNING ROOM)

   著者:マイクル・コナリー(Michael Connelly)
   訳者:古沢 嘉通    2018.6  講談社 刊

      
  マイクル・コナリーを最初に読んだのは『チェイシング・リリー』で、次いで『贖罪の街』(ハリー
  ・ボッシュシリーズ第18作)を読んだ。とにかく圧倒される面白さで一気読みだった。本作もハリー・
 ボッシュシリーズ第17作目に当たる。

  本作品の主人公ハリー・ボッシュもロス市警での刑事仕事で25年、年金が付く歳になった。あと1年ほ
 どでリタイア―となるところで、いわばコールド・ケースである「未解決事件班」で過ごすことになった。
 相棒は25歳のメキシコ系女性ルシア・ソト。市警に入ってまだ5年なので刑事としての捜査手順などノウ
 ハウ伝授をボッシュは期待されている。
  ボッシュはソトに「事件捜査は辛抱と微々たる進捗で行うものだ。電撃的な解決なんてない」と教える。

  21年前に射殺事件被害者となって一時有名人となった車椅子のミュージシャンが亡くなった。犯人未詳
 の未解決事件であるが、前市長ザイアスが政治的に動いて、ボッシュたちが再捜査に当たることになった。
  事件自体はそうむつかしいものではないものの、証拠も目撃証人も少なく、まさに足でかせぐ捜査とな
 った。
        アメリカの刑事も操作手順は日本とそう変わるわけではない。街頭の監視カメラ画像を多次元映像に
 加工して銃弾の発射ポイントを特定する技術などはさすがに米国の方が先を行っていると感心する。
  ボッシュは古い捜査記録を再度読み直し、自分なりの視点で物証、証言などを洗いなおすのであるが、
 作者はその過程を丁寧に追っていく。一人娘のマデリンとのやり取りなどボッシュの日常生活も含めし
 つこいほど克明にしかもアップテンポなタッチで綴る。作者の特徴である。

  この未解決事件は、同時刻に起きたEZバンク(小切手現金化店)現金強奪事件が絡んでいること、近
 くの共同住宅で起きた火災で地下室にある無認可保育園の幼児が9人亡くなった放火事件が現金強奪事
 件の陽動作戦だった可能性が出てきたりして捜査も複雑な様相を見せる。その裏には州知事選立候補を
 目指すザイアス前市長に選挙資金をつぎ込んでいるはチャールス・ブルサードという実業家とスピヴァ
 クという選挙参謀がうごめいているなど、奥行きが深い関連事件の解明に奔走する二人の捜査プロセス
 が見事である。

       ボッシュは捜査におけるソトの高い能力を評価し、ソトはボッシュの経験に裏打ちされた判断能力を
 信じ二人には強い師弟愛が生まれてくる。
  実はソトが無認可保育園で生き残った幼児の一人だったこと、そしてこの放火事件を解明する目的で
 警官になったという思わぬエピソードがあって、ボッシュは「これは君の事件だ」と言って放火事件の
 真相と捜査要約を書き上げ地区検事局に提出する作業をソトに任せた。
  しかしボッシュたちの捜査結果の立件は検事局に拒否された。そしてボッシュは停職を言い渡される。
 その訳は…。
  衝撃的展開で驚いたが、これでボッシュをリタイアーさせてしまうのは惜しい。

  巻末に作者がハリー・ボッシュシリーズ第20冊目(『Two Kinds of Truth』2017
)に当たり書いた特別
 エッセイ『走る男』が載っている。ハリー・ボッシュのリタイアーに対する献辞である。

                                (以上この項終わり


  

 
 



  

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