加納氏の工房は、大学がある区と同じ区内の住宅街にあり、そう遠くはなかった。バス停からは近いはずだが、少し道に迷ってしまい、結局氏の工房の裏の空き地から直接工房に入ってしまった。突然入ってきた私に、氏は驚いたようだったが、事情を話すときさくに中に入れてくれた。工房でさっそく氏が試作したというリュートを見せてもらった。その楽器の表面板は少し色が濃く、ルーマニア産のスプルースを使っているとのことだった。弾かせてもらうと、自分のリュートとは全く異なり、きちんとコントロールできる音が出ることに驚いた。そんなことに驚くとは全く笑い話だが、これが当時の現実だ。嬉しくなった私は何曲もその楽器を弾いていた。弾いているうちに何とかこれを自分のものにしたい気持ちが心の底からわき起こって来た。だが氏はこれは試作品で非売品だという。しかし私の熱意が伝わったのか、氏はついにその楽器をゆずることに同意してくれた。
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