(臨床研修風景。(医)天神会新古賀病院のHPより引用)。
一般のかたがたには意外に知られていないが、医学部では学生はまだ科別にわかれていない。すなわち、すべての科を勉強するのだ。その量は膨大で、秀才でなくてもよいがある程度の頭と努力が必要になる。
こうして6年間の医学部生活が終わると国家試験がある。それに受かって初めて医師免許があたえられる。だが、まだ一人前とは認められない。その後2年間の臨床研修がある。やはり2年間で全科を回って上級医について患者を受け持つ。(私の時代には臨床研修医制度はまだなく、いきなり科別にわかれた。)
臨床研修中に研修医はどの科に進むかを決める。科が決まったらその科の「専攻医」となって、さらに5年間の習練を積む。こうして、ようやくその科を標榜できる「専門医」になれる。(この制度は現在、構築中である。)
私の時代には、こうした教育研修システムがなかったので、自発的によく勉強する医者とそうでない医者との間には雲泥の差ができた。平成の初めころ、マスコミや国民から医者がひどく叩かれた時代があった。叩かれるべきは不勉強な医者であるべきところを、医者全体が叩かれた。
いまこうして卒後7年間の習練が義務付けられると、不勉強な医者は「専門医」になれない。だから医者の質を一定程度以上に保つには、卒後習練の義務化はよい制度である。
ただし問題もある。ストレートで行っても医学部を卒業できるのは24歳である。その後の7年間は女性にとって出産の時期である。卒後の習練に忙しくて出産できない、あるいは結婚さえできない女性が増える恐れがある。
むかし、私たちの世代の医学生は女性が10%程度だったが、現在では40%以上になっている。女性の医学部志望が減ると、またむかしのように女性が10%しかいない時代が来る恐れがある。(むかしの女医は結婚出産のことなぞ考えていなかった。じっさい一生独身の女医も少なくなかった。彼女らは、その覚悟で医学部に来ていた。)
※私の俳句(秋)
さわやかや襟旗めかせバイクの娘(こ)