いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

古くて新しい問題。 old fashioned but brand new affairs

2012-07-08 19:33:34 | 日記
 (1)古くて新しい問題(old fashioned but brand new affairs)というと、取り組みが不十分で対策が無視されて有効に改善されてこなかった歴史ということになる。
 古くて新しい問題、学校での「いじめ(tease)」問題、中身が相乗的に悪意、悪質化して悲劇は繰り返されている。

 親、学校、社会すべてに成育、教育、指導の責任はあるのに、それぞれが自覚もなく他人まかせでまるで連携、問題意識の共有化もなく、「それぞれ」に責任と努力、実行を抱えながらに「責任転嫁」し合って一向に「問題」は改善、払しょくされてこなかった。
 悲劇はそうした親、学校、社会の無責任体質の中で、守られるべき「子ども」にだけ悲劇は押し付けられるという不条理、不道理現象社会だ。

 (2)昨年10月の中学2年男子生徒の自殺問題が、今年2月になって親が市ほかを相手に損害賠償を求めて地裁に提訴してはじめて、この「いじめ」実態があきらかになってきた。

 男子生徒の自殺を受けて学校側が全校生徒に実施したアンケート調査で同男子生徒に対する「いじめ」の実態が次々と回答されていたにもかかわらず、学校、市教委の調査は3週間で終結して実態解明もせずに都合の悪い、いじめの実態、学校の対応不備を示すものの情報は公表せずにいたことがあきらかになってきた。

 (3)事前に学校関係者が①「いじめ」の予兆(signs)を知りながら見過ごしていたこと、②いじめ阻止、防止の学校責任を問われるアンケート回答の重要内容を公表せずに隠していた、作為的事実隠しが公になってきた。

 全校生徒アンケート内容から公表されているものでも、見るに堪えない、聞くに堪えない「いじめ」実態の内容で、その後の調査ではその実態の一部を教員も確認していたこともあきらかとなっており、教育現場、学校の「指導」、「責任」、「情報共有」体制に今更ながらの問題のあったことはあきらかだ。

 (4)これはまさに、古くて新しい放置されてきた学校現場、教員の質、管理能力低下と責任能力、解決能力の欠如という重要問題だ。
 初等、中等教育での正義感、正直感、純粋培養教育にこそ求められる素養、素質、能力から乖離(かいり)、逃避する学校、教員全体の無責任感覚、体質のまん延した(あるいはマヒした)学校現場の実態だ。

 提訴しなければ、古くて新しい問題として放置し無責任体質が容易に継続されて子どもの悲劇が繰り返される、あるいは増長されるだけの歴史でもあった。

 (5)①いじめの環境放置、②教員、生徒、親も含めて事実関係を知り得たこと、③さらに学校、市教委が事実関係、情報を隠したことと、行き着くところまでいった「いじめ」問題だ。

 親として子どもを守る、育てる権利、義務に忠実、真剣であったのか(提訴に到るまでに親としてやるべきことはなかったのか)も含めて、「親」、「学校・教員・生徒」、「社会」が緊密に連携(三者合同対策委員会の設置)」し、「情報」を共有して、総力を結集して学校現場、社会からの「いじめ」撲滅に立ち上がらなければならない時代的、歴史的、社会的使命が突き付けられている。

 古くて新しい問題などと、容易に見過ごすことなどに「終焉」だ。

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