(1)臨時国会も会期末を控えて国民生活にかかわる法案成立が過去10年で最低(報道)
の上に党首討論も見送りとなって、いよいよ国会、行政、国政運営は出口のない非生産的な
迷路に迷い込んだまま、年の瀬を迎える。
デフレ、円高不況が国民生活を直撃した1年。効果的な対策もなく、真面目な論議もなくて
国会は衆参ねじれの中で議員、政党の自己満足、自己防衛のためだけの国民不在の不毛
の応酬に終始した。
(2)議員活動の原資となる政治資金収支報告書の09年版が公表された。上記(1)のような
不毛の政治活動(politics sterility)に政党など政治団体の収入総額は1250億円。民主党は
163億円(前年比較15%増)、自民党は197億円(同30%減)と昨年9月の本格的な政権交
代で立場を変えた政治状況が反映された。
ともに「政治資質能力」の費用対効果はすっかり「底」をついていて、その金額とのあまりに
ものギャップに驚くばかりだ。1票の格差是正、議員報酬・定数削減が「現実味」を帯びて、
国民の前に突きつけられた。
(3)政治資金収支報告書は、この09年版から1万円以上のものは全て領収書添付で、独
自の会計監査を受ける等、制度改正された。結果は、元民主党幹事長の資金不明瞭でも問
題となっている、支出で使途が特定されない組織対策費、政治活動費名目で民主、自民党
合わせて24億円がいづれかに流れていた。
相変わらず、ゴルフコンペ参加費など真面目な政治活動とは認めがたい(本人は後援者と
のつきあいとか説明)、あきらかに個人、私用目的のものまで公然と計上されて、中には金
額明示だけで支出欄内訳が「空白」となっているものまで、政治家の資質、良識、使命感を
疑われるオンパレードが続く。
こういうのがベースの政治なので、結果としての不毛、不作為の国政運営もいたしかたな
いのだろう。誰でもない、議員それを選択した国民の共同責任だ。
(4)そこで、政治の危機を危惧するひとの中には、民主党政権の立ち直りはもう期待できず
に、しかし選挙による選択でも現状は打開不能として、民主、自民党の「大連立」で不毛、不
作為の政治の現状を打開すべきだとの意見が出始めている。
首相も最近、かっての自民党の実力者で現在離党して少数政党を立ち上げた議員とも会
談して、これが憶測を呼んでいる。
この考え、流れにはまったく賛成できない。これでは長らくの安定政権の中で国民不在、
無視の既得権政治で独善で自己満足に終始した時代の政治手法そのものだからだ。この
政治手法はすでに昨年7月の総選挙で国民から「失格」を発信されたものだ。
民主党政権が1年有余の政権運営の中で政治手法の稚拙さを露呈してきたからと言って、
国民不在の政治環境で現在の難局を乗り切ろうというのは、「問題」を放置したまま結果志
向の身勝手な自己満足型政治でしかない。
(5)上記(1)~(4)までの政治状況を並べて比較すれば、「政治」の現状を危機を危機として
捉えられない、「政治、政治家、国民のトライアングル(triangle)の慢性的な意識欠乏症」
の中にある。
昨年9月の本格的政権交代時の民主党政権の政治理論、理念、政策には見るべきもの
がある。
行き詰まった政治状況を打開できるのは政治家ではなく「国民の声(we can change the
politics sterility)」しかないのだ。国民の声(選挙選択)に失望することなく、選挙で本当に
国民が託す政治意思を確認して、政治、政治家、国民のトライアングル総意のもとで真面
目な政治論議、状況を開く必要がある。国民は本当に真面目に考えて、判断する必要があ
る。
の上に党首討論も見送りとなって、いよいよ国会、行政、国政運営は出口のない非生産的な
迷路に迷い込んだまま、年の瀬を迎える。
デフレ、円高不況が国民生活を直撃した1年。効果的な対策もなく、真面目な論議もなくて
国会は衆参ねじれの中で議員、政党の自己満足、自己防衛のためだけの国民不在の不毛
の応酬に終始した。
(2)議員活動の原資となる政治資金収支報告書の09年版が公表された。上記(1)のような
不毛の政治活動(politics sterility)に政党など政治団体の収入総額は1250億円。民主党は
163億円(前年比較15%増)、自民党は197億円(同30%減)と昨年9月の本格的な政権交
代で立場を変えた政治状況が反映された。
ともに「政治資質能力」の費用対効果はすっかり「底」をついていて、その金額とのあまりに
ものギャップに驚くばかりだ。1票の格差是正、議員報酬・定数削減が「現実味」を帯びて、
国民の前に突きつけられた。
(3)政治資金収支報告書は、この09年版から1万円以上のものは全て領収書添付で、独
自の会計監査を受ける等、制度改正された。結果は、元民主党幹事長の資金不明瞭でも問
題となっている、支出で使途が特定されない組織対策費、政治活動費名目で民主、自民党
合わせて24億円がいづれかに流れていた。
相変わらず、ゴルフコンペ参加費など真面目な政治活動とは認めがたい(本人は後援者と
のつきあいとか説明)、あきらかに個人、私用目的のものまで公然と計上されて、中には金
額明示だけで支出欄内訳が「空白」となっているものまで、政治家の資質、良識、使命感を
疑われるオンパレードが続く。
こういうのがベースの政治なので、結果としての不毛、不作為の国政運営もいたしかたな
いのだろう。誰でもない、議員それを選択した国民の共同責任だ。
(4)そこで、政治の危機を危惧するひとの中には、民主党政権の立ち直りはもう期待できず
に、しかし選挙による選択でも現状は打開不能として、民主、自民党の「大連立」で不毛、不
作為の政治の現状を打開すべきだとの意見が出始めている。
首相も最近、かっての自民党の実力者で現在離党して少数政党を立ち上げた議員とも会
談して、これが憶測を呼んでいる。
この考え、流れにはまったく賛成できない。これでは長らくの安定政権の中で国民不在、
無視の既得権政治で独善で自己満足に終始した時代の政治手法そのものだからだ。この
政治手法はすでに昨年7月の総選挙で国民から「失格」を発信されたものだ。
民主党政権が1年有余の政権運営の中で政治手法の稚拙さを露呈してきたからと言って、
国民不在の政治環境で現在の難局を乗り切ろうというのは、「問題」を放置したまま結果志
向の身勝手な自己満足型政治でしかない。
(5)上記(1)~(4)までの政治状況を並べて比較すれば、「政治」の現状を危機を危機として
捉えられない、「政治、政治家、国民のトライアングル(triangle)の慢性的な意識欠乏症」
の中にある。
昨年9月の本格的政権交代時の民主党政権の政治理論、理念、政策には見るべきもの
がある。
行き詰まった政治状況を打開できるのは政治家ではなく「国民の声(we can change the
politics sterility)」しかないのだ。国民の声(選挙選択)に失望することなく、選挙で本当に
国民が託す政治意思を確認して、政治、政治家、国民のトライアングル総意のもとで真面
目な政治論議、状況を開く必要がある。国民は本当に真面目に考えて、判断する必要があ
る。