安室奈美恵が40歳で芸能界を引退する。
そんな事よりバリーマニロウが74歳になった事が私にとっては大問題です。あとどれだけバリーは自分の音楽を続けてくれるのかが。
バリーにとって音楽は命です。死ぬまで音楽を続ける筈。でも年齢から声帯に限界がある。フルに歌を歌い切るのが辛くなっている。
それはしようがないです。私はバリーに新しい音楽を創り続けて欲しい。新しい発見を体験し続けたい。バリーが亡くなって新しい曲が産まれなくなるのが大変辛い。それが心配。長生きして欲しい。
私がコパカバーナでバリーを知ったのは1978年。当時の私は14歳。バリーは35歳。それから39年が経った。時の流れは本当に速い。
何にでも終わりは来る。辛いですよね。人生ってものは・・・・・。
ってな事書いちゃいましたが、安室奈美恵が40歳で引退するのは事務所との関係もあるかも知れません。それ以上に、それほど自分にとって音楽は全てではない。もっと人生では大切な事がある。それが分かっているからかも知れません。
正直、私、安室奈美恵の音楽は嫌いです。それ以前に小室哲哉の音楽が嫌い。聞いててイライラする。何を言っているのかサッパリ分からない。心に全然残らない。
今CMで流れている安室奈美恵の曲ですが「叫んーだ、わめいーた、どおーした、こおーした、なんだだっ、かんだぁーだ」と聞いててイライラします。あれでは世界に何か絶対に通用しにい。人気はあってもミーシャの足元にも及ばないと思います。
それ以上に宇多田ヒカルの音楽はもっと嫌い。何か女々しくて私の心が黒板を引っ掻いたような音を発する。本当に嫌い。
特に嫌いな曲はトラベリング。私には「ターメリック、ターメリック」と聞こえる。「16歳の子供が生意気にもタクシーに乗ってカレー粉を買に行くストーリー」だと思っちゃいましたよ。
歌詞も良くない。何にも人生なんて分からないのに、知ったかぶりして歌うのが私には許せない。50過ぎの私だって人生の事など何も分かっていないと言うのに。
まっ、それは良いとします。安室奈美恵の音楽です。激しく踊るから年齢が嵩むと歌が歌えない。安室奈美恵の音楽が続けられない。それが理由ならば変えれば良いだけの事。表現方法を変えれば良いだけの事だと思いますね。
まぁーね、激しいダンスユニットで口パクしている者もいます。NHKの紅白を引退した演歌の大物歌手も紅白で口パクだった。それに比べれば安室奈美恵は良いと思いますが、ダンスが激しくて歌うのが辛いのであれば、ダンスしなければ良いだけの事。
直立不動で歌っても音楽は音楽。姿は見えなくても音楽は成立する。それだけの事ではないでしょうか。
ダンスしなければ自分の音楽ではない。そんなの元々音楽では無い。目をつぶって聞かせる音楽。心に響いてくる音楽。それが本当の音楽だと私は思いますね。
私、思うのですが、彼女の母親は殺された。その辛さ、人生の理不尽さを歌ってみたらどうでしょう。敵討ちのつもりで。恨みを込めて。
その位の怨念を込めて歌えば私も聞くかも知れない。唸るかも知れない。心に響くかも知れない。
まだ40歳。多分、人生の半分にも到達していない。歌唱力が落ちてもバリーの様に心に響く音楽は創れる筈。音楽が好きなのであれば。
音楽が自分の人生そのものであると思えるのであれば、死ぬまで続けるべきだと思います。例え人気が落ちても。
それが本当の音楽だと想いますので。
ではでは。
そんな事よりバリーマニロウが74歳になった事が私にとっては大問題です。あとどれだけバリーは自分の音楽を続けてくれるのかが。
バリーにとって音楽は命です。死ぬまで音楽を続ける筈。でも年齢から声帯に限界がある。フルに歌を歌い切るのが辛くなっている。
それはしようがないです。私はバリーに新しい音楽を創り続けて欲しい。新しい発見を体験し続けたい。バリーが亡くなって新しい曲が産まれなくなるのが大変辛い。それが心配。長生きして欲しい。
私がコパカバーナでバリーを知ったのは1978年。当時の私は14歳。バリーは35歳。それから39年が経った。時の流れは本当に速い。
何にでも終わりは来る。辛いですよね。人生ってものは・・・・・。
ってな事書いちゃいましたが、安室奈美恵が40歳で引退するのは事務所との関係もあるかも知れません。それ以上に、それほど自分にとって音楽は全てではない。もっと人生では大切な事がある。それが分かっているからかも知れません。
正直、私、安室奈美恵の音楽は嫌いです。それ以前に小室哲哉の音楽が嫌い。聞いててイライラする。何を言っているのかサッパリ分からない。心に全然残らない。
今CMで流れている安室奈美恵の曲ですが「叫んーだ、わめいーた、どおーした、こおーした、なんだだっ、かんだぁーだ」と聞いててイライラします。あれでは世界に何か絶対に通用しにい。人気はあってもミーシャの足元にも及ばないと思います。
それ以上に宇多田ヒカルの音楽はもっと嫌い。何か女々しくて私の心が黒板を引っ掻いたような音を発する。本当に嫌い。
特に嫌いな曲はトラベリング。私には「ターメリック、ターメリック」と聞こえる。「16歳の子供が生意気にもタクシーに乗ってカレー粉を買に行くストーリー」だと思っちゃいましたよ。
歌詞も良くない。何にも人生なんて分からないのに、知ったかぶりして歌うのが私には許せない。50過ぎの私だって人生の事など何も分かっていないと言うのに。
まっ、それは良いとします。安室奈美恵の音楽です。激しく踊るから年齢が嵩むと歌が歌えない。安室奈美恵の音楽が続けられない。それが理由ならば変えれば良いだけの事。表現方法を変えれば良いだけの事だと思いますね。
まぁーね、激しいダンスユニットで口パクしている者もいます。NHKの紅白を引退した演歌の大物歌手も紅白で口パクだった。それに比べれば安室奈美恵は良いと思いますが、ダンスが激しくて歌うのが辛いのであれば、ダンスしなければ良いだけの事。
直立不動で歌っても音楽は音楽。姿は見えなくても音楽は成立する。それだけの事ではないでしょうか。
ダンスしなければ自分の音楽ではない。そんなの元々音楽では無い。目をつぶって聞かせる音楽。心に響いてくる音楽。それが本当の音楽だと私は思いますね。
私、思うのですが、彼女の母親は殺された。その辛さ、人生の理不尽さを歌ってみたらどうでしょう。敵討ちのつもりで。恨みを込めて。
その位の怨念を込めて歌えば私も聞くかも知れない。唸るかも知れない。心に響くかも知れない。
まだ40歳。多分、人生の半分にも到達していない。歌唱力が落ちてもバリーの様に心に響く音楽は創れる筈。音楽が好きなのであれば。
音楽が自分の人生そのものであると思えるのであれば、死ぬまで続けるべきだと思います。例え人気が落ちても。
それが本当の音楽だと想いますので。
ではでは。