諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

三島由紀夫は瀬織津姫を演じたてのではあるまいか。その2

2019年09月27日 21時03分01秒 | 瀬織津姫
続きます。ちょっと話を変えます。

先々月、私の父親が吐き気をもよおして入院しました。そしてその3日後の午後2時、病院から電話。直ぐに来て欲しいとのこと。

私は母親が帰るのを待ち、3時30分に病院へ。

病室では大手術をして何十センチも腹を切った患者と談笑している父。そこに急に訪ねて来た私と母。

そこに医者が来た。胆石が吐き気の原因と告げる。そして30分後の4時丁度に胆嚢摘出手術をすると言う。

急な話で顔面蒼白になる父。そのまま手術室へ。

その数時間後、手術が終了。胆嚢が他の臓器にへばり付いていて難手術だったそうだ。しかし、生還はしたが父は意識朦朧状態。暴れまくる。

看護師はこのまま意識が戻らずボケ症状になる可能性を告げる。そして書面を提出。束縛器に付けても良い等々、承諾にサインする。

次の日も意識は朦朧状態。「何十センチ切ったんだぁ~~」と絶叫している。

日頃、自分の弟が手術で胃を切り、「胃の大きさが餃子と同じ大きさになっちゃった、あっははははっ」と笑い飛ばしていたのに、自分の事となると大絶叫している。

私は「縦横十文字に30センチづつ腹を切っちゃったよ。胃も腸も全部取っちゃったよ、あっはははははっ」と言ってやろうかと思ったが、そこまで鬼ではない。押し黙った。「これが罰と言うものだよ」と想いながら・・・・。

でも、このまま意識朦朧状態だったらどうしよう。病院に引き取って貰いたいとの思いが頭を過ぎる。病院は迷惑だろうけど。

それより、私がこの様な状態になったらどうしよう。この状況のまま生かされる。それは地獄なのではないか。

父は元々のボケ状態??に戻り正気を取り戻したが、私は考える様になった。意識朦朧で暴れながら生き続ける恐ろしさを。

これなら清く死んだ方が幸せ。自死を選ぶべき。自死の何がいけないのか。

そんな想いもあり、西会津のポックリ寺・鳥追観音に願掛けに行ったのですが、自死って本当に悪い事なのだろうか。それを以前より増して考える様になっちゃいました。

話を三島由紀夫に戻します。ご存知の様に彼は市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自決して果ててます。何故、その様な死に方をしたのか。

私の好きな作家の邱永漢は、「三島由紀夫は自分の身体が老いて行くのに耐えられなかった。だから死を選んだ」と語っています。

そうなのかも知れません。彼はボディビルで身体を鍛えていた。自衛隊の体験入隊で心も鍛えていた。それは老いに対する反抗と言える。何時までも頑強な精神と肉体でありたい。そう考えていた。

しかし、それにも限界が訪れる。彼は人生の中間点と言える45歳を迎えていた。これ以上は肉体も精神も頭脳も衰える。それが耐えられない。

彼は天才。天才が凡才に落ち、やがてはボケて老人となる。それは耐えられない。天才故に耐えられなかった。確かにその一面は有るやに思えます。

では、何故にあの様な死に方をしたのか。老いるのが嫌で死ぬのなら、山の中で人知れず死ぬ方が良いのでは。

私は自分が死ぬ場面を誰にも見られたくはない。それは耐えられない。しかし、彼は大勢の目の前でテレビ中継までされて自決した。自分の死の瞬間を全国に知らしめた。それは何故なのか。


続く。



コメント (4)
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