諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

岡田茂吉の伊豆能女観を考察する。その4

2022年06月30日 12時34分18秒 | 神道
折角書いたのに消えちゃいました。ガックシ。続きです。

岡田茂吉の言い分・・・・じゃなかった、伊豆能女の霊示は次の通りです。

日本古来の神々はインドに渡って化身仏となって日本に帰って来ていた。その神々の最高神が伊豆能女だった。伊豆能女が神皇として日本を統治していた。

そこに素戔嗚尊が朝鮮から部下の神々を引き連れて日本にやってきた。出雲に上陸した。

素戔嗚尊ら朝鮮の神々は、伊豆能女の神皇の地位を要求した。素戔嗚尊が日本の神皇の地位に就こうとした。

伊豆能女はそれを拒んだ。好戦的な素戔嗚尊らは高圧的な態度に出た。戦いを好まない伊豆能女は姿を消した。

伊豆能女が消えた日本側は次の主として天皇の地位にあった天照大神を立てた。天照天皇とその皇后が日本を支配した。しかし天照天皇は直ぐに亡くなる。

天照天皇が亡くなり、素戔嗚尊ら朝鮮の神々は更に増長した。天照皇后は素戔嗚尊に妥協案として琵琶湖から西の日本を与えた。天照皇后は琵琶湖から東のみを統治する事になった。

消えた伊豆能女は日本から脱出し中国からインドに渡っていた。インドの南の海岸沿いの補陀落迦と言う山の山頂に館を建てて住んでいた。名を観世音と改め、弟子を許し人々を集め説法を解いていた。

観世音菩薩となった伊豆能女の弟子の中には若き日の釈尊がいた。伊豆能女が釈尊に仏法を教えた。

故に岡田茂吉は、仏教の本来の祖は伊豆能女であるとした。

まっ、こんな感じですかね。

私の読んだ本ですが、文章がバラバラでシドロモドロだったので何を言っているのか苦慮しましたが、大まかはこんな感じだと思います。細部は違うかも知れないですが。

霊示ですからね何とも言い返せませんが、私には日本の神々がインドに渡って化身仏に成って日本に戻って来ていたなんてチョット信じられません。

確かに日本語にはインドのサンスクリット語の語源が認められるが、それならばサンスクリット語も日本に伝わっていた筈です。

しかし、日本には文字が無かった。その説明を岡田茂吉はどう説明するのでしょう。大昔だから忘れ去られたのかな。

それに神々が化身仏であったのなら、仏教伝来する前に日本には仏教が伝わっていた筈。それなのにその痕跡が無い。これもどう説明するのでしょうか。これも大昔だから記録が消えてしまったのか。

でも、岡田茂吉がその説を自分で考えたとしたら、その理由は或る程度理解出来ます。

先ず伊豆能女が古事記で呼び捨てにされていた事。そして日本書記には名前さえ出ていない事。

これは伊豆能女が天孫族にとって都合が悪い存在だからでしょう。古事記は朝廷に向けての書。日本書記は庶民に向けての書です。庶民に伊豆能女の名前を知られてはならない。伊豆能女に信仰が集まったら朝廷の存続に係る。

伊豆能女は朝廷側にとって危険な存在。だから命・尊や神とは表示されなかった。日本書記には名前さえ出せなかった。それは伊豆能女が日本の最高神だった。そう考えられます。


続く。












コメント
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