諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

石川県・能登地震で東日本大震災がフラッシュバック。鬱が酷くて寝られなかった。

2024年01月02日 15時05分12秒 | 東日本大震災
柏崎刈羽原子力発電所の放射線には異常が無いとの事で、最悪は避けられたみたいです。被害に遭われた方には申し訳ありませんが、取り敢えずは良かったと思います。

それにしても元旦の夜、全然寝られませんでした。睡眠薬は2度飲んだけど全然ダメ。うつらうつらもしない。全然寝られない。

今年は出来るだけ薬は減らそうと思っていたのですが、正月早々挫折しました。私の人生、何時もそんな感じですが。

こんな状態だと出かけても事故を起こすだけだから(実証済み)、今日も初詣には行かず家にいるしか無いです。

昨日の夜、布団の中でうつらうつらと思い出したのが、13年前の3.11 東日本大震災。あの時は父も母も存在した。蝋燭の灯の中でラジオからの情報だけが頼りだった。助け合って生きていた。

しかし、今は一人。父は亡くなり、母は認知症で施設にいる。私の事も忘れている。所行無情ですね、人生は。

考えてみれは私の鬱が酷くなったのは東日本大震災が切欠だった。多分、父もそうだ。そして母の認知症もそうだと思う。地震は人の心も潰しますね。

天変地異は禍。禍は避けられぬが防御は出来ると思っていましたが、自分の心の防御は怠っていました。家族でストレスをぶつけ合った。

父も母も私も互いに寿命を縮めあった。私の家族は良い家族とは言えない。こんななら家族なんて必要ないと思えます。

そんな解答に達したら、鬱が降ってきました。

既に睡眠薬は飲んでいる。抗鬱剤は飲みたくない。それで寝るのを諦めてユーチューブを見ていました。

情報を頭に入れてる作業は鬱を和らげる。私も対鬱病として色々調べ考えています。全然寝ていませんが、鬱は止まりました。

今回の能登地震の動画を視たのですが、3.11と同規模です。あの揺れ方は絶叫物です。

私、震度6強の地震を何度も経験していますが、あれは絶叫するしか無いです。

震度4弱なら「ちょっと強い自信だな」。震度5強だと「うわっ、凄い地震だ」となりますが、震度6強となると「うわぁー、止めてください、止めてください、お鎮まりください」と大声を出して神に祈ります。

その位、震度6強は凄い地震なのです。死を覚悟する地震です。

震災に合われた方々。震度6強以上を経験された方々。この心の苦しみは心の隅に必ず残ります。それが鬱の種となります。

種は排除できませんが、発芽しない工夫はあると思います。

何か楽しみを持ちましょう。地震を忘れてしまう楽しみを。

鬱の特効薬とは言えませんが、楽しみは鬱を忘れさせます。楽しみで鬱を押さえつけて生きる。

これ、人生で結構、重要だと思いますよ。


ではでは。










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