諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

綱永井ランキングNo1の歯ブラシ。【歯ブラシ職人・田辺重吉考案「磨きやすい」歯ブラシ 男(Mens) 】 

2016年12月17日 14時09分30秒 | 綱永井ランキング

何だか訳の判らんタイトルになっちゃいました。詰まんねぇー話ですが、聞いてやってください。

私、結構歯磨きが好きです、一日5回以上磨いています。電動歯ブラシのブラウン3Dエクセルも持っているのですが、電磁波が怖いし、口からダラダラレロレロと歯磨き粉が流れ出します。

それで仰向けに寝ながら磨いたりしてまいしたが、案外手で磨いた方が楽なので最近では普通の歯ブラシで手で磨いています。

何でこれほど磨くようになったかと言いますと東京で働いている時代、家以外では磨けない環境だったので虫歯になってしまったのです。

しかも歯医者が怖い。注射でさえ怖い私です。歯を削るなんて恐ろしすぎる。どうしても怖い。だから行かなかった。

仙台に帰って来てから治療しましたがトータルで100万円近くかかりました。インプラントを2本入れて、その軸のチタンが曲がって交換したりしましたから。手術も恐ろしかったが、金銭面でも恐ろしいです。

歯を磨かねば生きて行けない。健康面でも金銭面でも。もう歯を磨くために生きているって感じです。かなり気を使っています。

先ず歯磨き粉ですが安物は買いません。高いヤツばかり買います。勿論、ヤフオクで落札してです。

今使っているのは「OASYS Dental 潤 スモカ歯磨」。梅味のジェル状の歯磨き粉で定価は1860円。それを12本入りセットで980円で落札。余りに安かったのでそれを6セットも落札しちゃいました。もう数年は買う必要がないです。

私、ペパーミントが苦手なので梅味は良いですね。それにハイドロキシアパタイトとかフッ素、殺菌成分、湿潤成分、キシリトール等々、必要なものは全部入っている。これは良い買い物でした。

しかし問題は歯ブラシ。直ぐに開き気味になって使えなくなります。一か月で3本位必要。結構お金がかかっちゃいます。

歯ブラシって300円以上するのも珍しくないです。先細の極細毛のシステマなんかがそうです。それも良いのですが歯科医の話だと通常の小型ヘッドで「ふつう・かため」がお勧めとの事。私もそのタイプを使っています。価格も安めですし。

でも一か月で3本捨てるのは惜しい。どうして形状記憶素材の歯ブラシを出さないのか。

そんなの判り切っていますよね。何度磨いても新品同様のままだったら誰も買い替えません。メーカーも商売だからしょうがないのでしょうよ。

テレビで80℃のお湯に毛先が開いた歯ブラシを入れると元に戻ると言ってたので試してみましたけど、気持ち少々戻るが十分ではないです。買い替え続けるしかないのか。

そう思っていたところに良い歯ブラシを見つけました。タイトルの「田辺重吉考案 磨きやすい歯ブラシ 男用」です。100円ショップで108円です。これは良いです。

正直、握りやすいのを売りにしている様ですが、私には余りピンと来ません。それ以上のメリットがあるのです。それは毛が飽和ポリエステル製と言う事。

飽和ポリエステルの毛はシステマ等々の極細毛の歯ブラシに使用されています。通常のナイロン毛の4.2倍の強度。だから極細毛は強度が足りずナイロンでは無理と言う事なのでしょう。

その飽和ポリエステル毛で通常の太さの歯ブラシを作った。それがタイトルの「磨きやすい歯ブラシ 男用」です。田辺重吉考案の歯ブラシ全部がそうではありません。「男mens」と書かれているがそうです。

使ってみての感想ですが、硬さは「ふつう」と書かれていますが硬いです。最初は血が出るかもです。だから軽めに磨くのがコツです。

そして2週間近く使いましたが毛が広がらない。これは長持ちしそう。良いんじゃないでしょうか。私、感激しちゃってお風呂で磨く為の歯ブラシも買っちゃいましたから。

この歯ブラシ以上の商品もあると思います。でも税込108円で買える。コスパは最強だと思います。これ以上は考えられないです。

っと言う事で綱永井ランキングNo1の歯ブラシに認定したいと思います。

男用と書かれていますが、多分、色が黒と青しかないからでしょう。

そんなの関係ないと思う人は騙されたと思って使ってみてください。

 

ではでは。

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カジノは解禁しても良いと思う。

2016年12月16日 07時44分18秒 | 政治・経済

1円パチンコってのがあるのは知っていたけど、今は50銭、10銭パチンコってのもあるそうですね。

10銭パチンコだと100円で1000玉買えるのか。これいいですね。やってみようかな。500円あれば1時間は遊べそうだし。

バブルが崩壊してもパチンコ屋だけは景気が良かったと記憶していますが、それももう昔の話なんでしょうね。10銭パチンコなんてあるなら。

私、パチンコをしたのは大学に入った18歳の時です。「よぉーし、18歳になったんだからパチンコをしよう。500円まで使ってみよう」と挑んだのです。

結果、勝ちました。2000円位。全てチョコレートにしました。それ以来、自分のお金ではパチンコしていません。私の人生、こんな良い事なんて続かないと当時から思っていましたので。

親父をパチンコ屋に探しに行って、親父の出した玉のを貰って打った事はありますが、全然していないですね。パチンコの音が煩過ぎて苦痛ですし、負けるストレスに耐えられそうに有りませんので。

アベノミクスとか言ってもまだまだ不況なのでしょう。競馬場も赤字だったりしてますし、パチンコ屋の数も少なくなったし。

たまに駅前の仙台駅前のパチンコ屋でトイレを借りに入ったりしますが、客がかなり少ない。バブルの時は全部の台が埋まっていたもんですが、やっぱ仙台は不況だわ。

その一方で坂上忍が競艇で6000万円を一日ですったらしいですが、一日で6000万円使う日本人がいる。とんでも無い格差社会になったもんです。

冨を持つ者が一握りになってきた。これでは日本の内需は崩壊。自動車も売れなくなる。200万円どころか100万円の軽自動車も売れなくなる。こりゃもう大変なことになりますよ、日本は。

それはもうどうしようもないですが、カジノ解禁で良いんじゃないですか。世の中って大抵がギャンブルなんですから。

競馬、競輪、競艇、パチンコ、宝くじだけがギャンブルと思われていますが、株もギャンブル。家を買うのも勉強して良い大学に行くのもギャンブル。会社に勤めるのも結婚するのも商売をするのもギャンブル。クルマに乗るのだって、山に登るのだってギャンブル。糖尿病の私なんか食事するのだってギャンブルです。人生ってそんなもんじゃないですか。失敗する人がいるのですから。

今更カジノくらい禁止してもしょうがないでしょ。誰かが損をしなければ儲けが出ないのが、世の中の仕組みなのですから。

これだけ格差社会になったのですから、カジノで損したってドラマにもならない。損する出来事はいくらでもある。カジノでとやかく言うのだったら引き篭もっているしか無い。そんなの人生じゃ無いと思いますね。

ギャンブル産業が衰退しているって事は皆お金が無い。だからギャンブルをしなくなった。それでもギャンブルをしているのはお金を持っている人。その人たちがカジノをやりたくて外国に行って外国に金を落としている。そんな外国に落とすお金があるのだったら、日本で落として貰おうじゃないですか。

そして外国の金持ちにも日本に来てお金を落として貰う。何が悪いのでしょう。日本が豊かになって良いではないですか。

野党がカジノ法案可決に異議を唱えていますが、彼らは異議を唱えて仕事をしたつもりになっているのでしょうけど、そんなに日本人を過保護にして何になるのでしょう。日本人ってそんなに子供っぽいのか。正常な判断が出来ないのか。

それだったらパチンコも宝くじも株も禁止。家を買うのも禁止にしたら良い。どんな事だって損する危険があるのですから。損するのが人生でもあるのですから。

 

ではでは。

 

 

 

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九門長者屋敷の悪玉姫伝説。そして瀬織津姫と坂上田村麻呂との関連。その3

2016年12月15日 13時08分33秒 | 瀬織津姫

続きです。総括です。

伊豆佐比売神社は同じ三島溝咋姫を祀る山形県鶴岡市の由豆佐比売神社と同じ。「伊豆佐=由豆佐」と考えます。

「由豆佐」の意味は「湯出沢」。伊豆佐比売神社の近辺には田村麻呂が発見したとか、浸かったとか言われる沢乙温泉があります。だからこの地に伊豆佐比売神社を建立したのか。

実は鶴岡市の由豆佐比売神社は山形の多賀城的存在です。山形の蝦夷を統治する拠点。由豆佐比売である三島溝咋姫は、蝦夷の神として穏便な統治を目的に祀ったと考えられます。多賀城の境界線に鎮座する伊豆佐比売神社もアラハバキ神社同様、蝦夷との穏便な関係を目的に建立されたと思われます。

三島溝咋姫は恵比寿様である事代主の后です。出雲帝国最後の女王です。更には大物主の后の可能性もあります。考えるに一番酷い目に遭った女神です。

「伊豆佐比売」ですが「伊豆」と「出雲」。発音が似ています。伊豆は出雲の拠点の一つだったかも知れない。そして出雲は大国主系と事代主系に分けられる。この二人は親子ではなく、別種族だったと考えます。

勿論、代表者は大国主でしょう。そして大国主は出雲を侵略したスサノオ系、事代主系はスサノオに侵略された本来の出雲の神だったと考えます。

昔話の「一寸法師」は少彦名命がモデルと考えられています。「事代主=少彦名命」とされていますが、何故、少彦名命は小さいのか。

日本書紀では「大山祇神」を「小童(こわっぱ)」と表しています。日本書紀の作者に取って大山祇神は蔑む神と言えます。日本の本来の地主神だから大陸から渡ってきた者としては大山祇神を小さき者として蔑みたいのだと思います。

少彦名命も小さい。これは事代主が大山祇神の系統。つまり出雲は大山祇神が治めていたと考えられる。現に手名稚命・足名稚命は大山祇神の子です。十分ありえると思います。

そして伊豆や三島も大山祇神が統治していた。だからこそ三島溝咋姫も大山祇神の系統と考えます。

そして大山祇神は「大山罪神」とも表記される。そして海神・大綿津見神も「大綿罪神」。山も海も同神と考えられる。日本の最初の神だからこそ侵略した側にとっては祟りが怖い。だから罪神となる。それだけ重要な神だと考えられます。

鶴岡市の「由豆佐比売」は温泉の女神とされますが、「由豆佐」をそのまま訳すと「これから豆を治める、豆になり治める」との意味になります。

ウィキペディアにも書いて有りましたが、穀物神の性質が考えられる。豆は穀物の原形ですから。そして湯も穀物も土地から生まれる。

生まれるためには何が必要か。それは性交。性交の神と言えば道祖神。道祖神のご神体は男女の性器ですが、同じ男女の性器をご神体とする穀物の神がいます。豊受大神です。私は道祖神と豊受大神、そして本来の月読命である大月姫。つまり大宣都比売、そして瀬織津姫も同神と考えます。そしてそれらの神は根源神を隠す呼び名だと思えるのです。

そしてその源流に鎮座する根源神は久那戸大神とアラハバキ神。大変恐れ多い祟り神。

大切に祀らなければならないが、蝦夷等の日本原住民の信仰をその名で集められるのは大変困る。故に瀬織津姫等々の神々の名で登場させ、神道の本道の祓い清めの神、祓戸大神として登場させたと考えます。

以上、悪玉姫伝説から瀬織津姫の誕生までを考察してみましたが、まだまだ疑問点が有ります。今まで述べたのは現状での考えです。断言はしません。これが私の精一杯の考えです。

まだまだ考える余地があります。更に考えが練りあがったらまた書きたいと思います。

 

ではでは。

 

 

 

 

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九門長者屋敷の悪玉姫伝説。そして瀬織津姫と坂上田村麻呂との関連。その2

2016年12月14日 08時17分21秒 | 瀬織津姫

続きです。

この話は本当なのか。

一応、悪玉姫が田村麻呂を産んだ場所には子安観音が祀られています。田村麻呂が勉強するために10キロ程度離れた当時寺子屋だった洞雲寺へ通ったとの伝承もある。

子の田村麻呂と一緒に父の田村麻呂の住まう都へ向う途中、悪玉姫が化粧したとされる化粧坂も残っている。

でも悪玉姫伝説は大体似たような伝承で東北中に散らばっています。九門長者屋敷の悪玉姫が本当だとは断言出来ない。

九門長者屋敷の悪玉姫伝説で一番の注目は、悪玉姫の夫と子がどちらも坂上田村麻呂と言う事。岩手の飽玉姫は田村麻呂の父の苅田麻呂が夫ですが(本当??の后の名は阿久和姫)、九門長者屋敷では同じ田村麻呂。これは何を意味しているのか。

私のブログを読み続けている奇特なお方はご理解いただいていると思いますが、聖婚、つまり近親婚を意味しています。これは悪玉姫が国津神であると証明していると考えます。そして悪玉姫は田村麻呂を養育する立場にある

更にキーワードは数多い。

先ずは「九門長者屋敷」。つまり九曜紋です。伊豆佐比売神社の神紋も九曜紋。九曜紋は「太陽と北斗七星」を示している。妙見信仰です。

九曜紋は太陽と北斗七星をくくり付けた神紋。くくり付けたのは菊理姫。白山信仰も浮かび上がる。どちらの信仰も瀬織津姫の影が見えます。瀬織津姫を祀る早池峰神社の神紋は仏教の法輪を重ねた九曜紋ですし。

次に悪玉姫の父親が「斎大納言」と言う点に注目です。私、調べたのですが斎大納言なんて人は実在しません。では何故に斎大納言としたのか。

これは「斎=サイ」。賽の河原のサイ。つまり幸神信仰。悪玉姫は幸神の姫である事を指していると思います。そして斎王との関連も指摘できますね。

更に悪玉姫の「悪玉」。これは天照大神荒魂の「荒魂」を「悪玉」で示していると考えます。

以上、キーワードを上げてみましたが、この伝説、どこかで聞いた事がないでしょうか。

これも私が「熊野の本地、五衰殿」と題して書きましたが、五衰殿のストーリーと似ています。五衰殿は千手観音に美しくなるように願った。悪玉姫は貴人にはそのままの姿で、凡人には醜く見える様にと観世音菩薩に願った。それでどちらも夫を得た。

神道での女性の罪は美しさに嫉妬する事ですが、美醜がキーワードと言う点が共通しています。

しかも斎大納言は紀伊の国の公家。紀伊と言えば熊野です。しかも子の田村麻呂の幼名は「千熊丸」。これは熊野の本地・五衰殿の仏号である千手観音をイメージさせる。この点も共通していると思います。

九門長者屋敷にはもう一つ秘密が隠されています。悪玉姫は紀伊の国出身。「紀伊」は木」を意味している。アイヌではシラッキカムイ(木材の神)、シランパカムイ(木の神)が人間に一番身近な神である。

オシラサマも木の神であり敷地・屋敷の神ですが、九門長者屋敷は悪玉姫がオシラサマでもある事を示していると思います。

それでは悪玉姫と坂上田村麻呂との関連は何か。

田村麻呂は多くの渡神系の神社を建立しています。これは祟りを恐れてです。田村麻呂は金等の略奪を目的に日高見国を襲った。蝦夷を制圧したのです。制圧された側としては自分達の信仰している神までも否定されては適わない。それだけは許さない。

田村麻呂としても制圧された蝦夷を怒らせ、反乱がぶり返すのも好ましくない。そうなると蝦夷達が信仰している神を尊重する必要がある。自分も蝦夷の神を信仰する立場を取る。

更には田村麻呂を神格化させ蝦夷達の神と同列、或いは同源とすることで穏便に制圧・統制したいとする考えが生まれた。

それは本来、日本の地主神だった太陽神を征服者である天孫族が自分達の始祖神であるとして天照大神を祀ったのと同じ意味合いがあると思います。

この悪玉姫の名はアテルイとされる悪路王と同じ意味合いがある。蝦夷側の神であったと考えられる。それが田村麻呂の魅力での田村麻呂側に付いた。

それは瀬織津姫とされる立烏帽子、鈴鹿御前のストーリーとほぼ同じ。敵対していた田村麻呂側の味方に付いた事として、蝦夷の神を自分達の神として信仰し、反乱を抑えたと考えます。

その一方で不味い事があります。蝦夷の神の信仰が続き、何時の日かまた蝦夷の神の元に蝦夷たちが集結し反乱を起こす事が考えられる。その為には蝦夷の神を暈して忘れさせ、うやむやにする必要もあった。

極論、蝦夷の神はアラハバキ神です。そのアラハバキ神の名を妖怪として落とした。しかしながら迫害を恐れて、仏教の弁才天やダキニ天を隠れ蓑としてアラハバキ神の信仰が続いた。だからこそ早池峰神社や伊豆佐比売神社にお稲荷様が一緒に祀られていると考えられます。

 

続く。

 

 

 

 

 

 

 

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九門長者屋敷の悪玉姫伝説。そして瀬織津姫と坂上田村麻呂との関連。その1

2016年12月12日 21時06分42秒 | 瀬織津姫

そろそろ頃合いと言う訳ではないですが、悪玉姫の伝説に付いて語りたいと思います。恐々にです。

何故怖いのか。悪玉姫の伝説は宮城県の阿久玉、福島の阿口陀媛、岩手の飽玉、秋田の阿久多摩等々色々あります。ストーリーも大変似ています。

今回語る悪玉姫の舞台は宮城県の利府にあった九門長者屋敷の悪玉姫。そしてその九門長者屋敷跡は伊豆佐比売神社が隣接して鎮座している。だから怖いのです。

伊豆佐比売神社には悪玉姫が1000年以上前に植えたとされる欅の木が伐採されて保管されています。自然発火した欅の木を伐採しようとしたが、鋸がいくつも使用不可能になった。伐採作業した二名に不幸があった。それでも木目が美しく地元の木材店が888888円で買い取ったが、その木材店でも祟りと思われる出来事が有り戻された。

その他にも怖い話が伝わっています。私も実際に怖い目に遭いました。私はこれが本来の神社だと考えます。神社は霊場。人間がパワースポット的に気軽に立ち入れる場所ではない。石ころ一つ持ち帰るのも厳禁。本当に甘く見てはダメです。

私の故郷・いわき市三和町に鎮座する御塚神社も厳しい禁則がありますが、それが本来の神社だと思います。

御塚神社は湯津佐姫を祀ります。私は伊豆佐比売と湯津佐姫は同じ温泉の女神なので同神と考えています。そして同じ佐姫。幸神信仰です。日本本来の地主神です。だからこそ敬い大切に祀らなければ難らない。それ故に語るのが怖い。

それでも語るのは「悪玉姫伝説」には今まで私が語って来た神道の考えが網羅されている。つまり鬼渡神である瀬織津姫が悪玉姫のモデルである。それを伝えるべきだと思うのです。神道の真髄を迫害を恐れつつ伝説として残してくれた人の為に。

 それでは語らせてもらいます。

時は1000年以上も昔、紀伊の国の公家・斎大納言に信仰心の厚い大変美しい娘がいた。娘は伊勢参拝の帰りに盗賊の一団に出くわす。娘はとっさに観世音菩薩に願をかけます。『凡人には大変醜い姿に見え、貴人には本来の姿に見えるようにしてください』と。

そして娘は盗賊に捕まる。盗賊には娘が醜女しか見えない。盗賊は飯炊き女として陸奥まで娘を連れ、宮城県利府の九門長者に娘を売る。娘は余りにも醜いことから悪玉と呼ばれ、長者の屋敷で下女として働くようになる。

そこに蝦夷討伐で坂上田村麻呂が九門長者の屋敷を訪れる。田村麻呂には悪玉が本来の美しい娘として映る。そして九門長者達には物好きと思われるも一夜を共にする。そした産まれたのが千熊丸。二代目坂上田村麻呂である。

 

続く。

 

 

 

 

 

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