今年の正月、私の家が所有する山林を見てきました。
っとは言っても番地がある訳ではない。グーグルマップで調べたら、射撃場入り口になっている。何でだ。また誰かに土地を取られたのか。
実際はその射撃場入り口の反対側の山林が、私の家の所有地みたいです。
でもねぇー、2500坪と聞いていたのですが、実際は2200坪だったのですよ。やっぱり誰かに取られたのか。
不安になって、いわき市の法務局まで言って調べたのですが、2500坪から約2800坪に増えた。そして2200坪に減った。その様に記載されている。これはどう言う事なのか。
大変不安になり、法務局の係員に聞いたら「それはあんまり深く考えなくて良いですよ」と。
何を言っているんだ。考えるよ、減ったんだから。
そしたら「昔の話ですから、色々と間違いもあるのですよ」と係員。
実際は測量のミスで本来の面積は2200坪だった、それだけの話だったみたいです。多少、損した感じはしていますが。
それは兎も角、その土地の住所はいわき市北好間字下屋敷。何と閼伽井嶽常福寺への参道に面していた。多分、1500年以上前から参道だった様だ。そしてその参道には大きな石碑の大山祇神社が鎮座していた。
これは多分、閼伽井嶽は元々は大山祇神が祀られていた。しかし、仏教により大山祇神が調伏された。故に石碑の大山祇神社が中腹まで落とされたのだと推測します。
私としましては閼伽井嶽は大山祇神の山であると確固たる意志で認識してます。そして大山祇神は別名・和多志神。私が因縁を感じる鬼渡神の大元の神と考えられる。
その大山祇神の山に私の家の山林がある。つまり大山祇神は地主神である。
その大山祇神の福島県での総本山的存在なのが、西会津の大山祇神社。参拝に行かなくては。
そう思って西会津の道の駅「道の駅 にしあいづ」で車中泊しましたが、呆れるくらい暑かった。東京よりも暑い。宮崎県よりも暑いかも知れん。こんなに暑いとは・・・・。
裏磐梯や天栄村には別荘が多いのに、何で西会津には無いのか。西会津を終の住まいにしても良いかなと思っていたのですが、理由が分かりました。この暑さです。
別荘は避暑で訪れる訳です。暑いから涼しい場所に行くのです。夏、こんなに暑くなる西会津に誰が行くのか。謎が分かりました。
考えてみたら西会津は5月でも寒い。そして10月から寒くなる。それなのに8月前後は鬼のように暑い。っと言う事は、過ごし易い月は6月前後しかない。
冬は大雪。夏は酷暑。これじゃ住めないよ。西会津の終の住みか計画は頓挫だな。
そうこうしている内に追廻観音へ立ち寄る。暑いから参拝客も少ない。
ここは大草鞋を飾っている。草鞋といえば多賀城市の「あらはばき神社」を思い浮かべる。ここも本来はアラハバキ神が源流にいるのだろう。本尊は聖観音だし。
徳一法師が建立したみたいだけど、同じ徳一法師が建立した恵日寺の瀧夜叉姫伝説を鑑みると、瀬織津姫の源流の神々と神仏統合したと思える。多分、間違いないだろう。
つづく。
っとは言っても番地がある訳ではない。グーグルマップで調べたら、射撃場入り口になっている。何でだ。また誰かに土地を取られたのか。
実際はその射撃場入り口の反対側の山林が、私の家の所有地みたいです。
でもねぇー、2500坪と聞いていたのですが、実際は2200坪だったのですよ。やっぱり誰かに取られたのか。
不安になって、いわき市の法務局まで言って調べたのですが、2500坪から約2800坪に増えた。そして2200坪に減った。その様に記載されている。これはどう言う事なのか。
大変不安になり、法務局の係員に聞いたら「それはあんまり深く考えなくて良いですよ」と。
何を言っているんだ。考えるよ、減ったんだから。
そしたら「昔の話ですから、色々と間違いもあるのですよ」と係員。
実際は測量のミスで本来の面積は2200坪だった、それだけの話だったみたいです。多少、損した感じはしていますが。
それは兎も角、その土地の住所はいわき市北好間字下屋敷。何と閼伽井嶽常福寺への参道に面していた。多分、1500年以上前から参道だった様だ。そしてその参道には大きな石碑の大山祇神社が鎮座していた。
これは多分、閼伽井嶽は元々は大山祇神が祀られていた。しかし、仏教により大山祇神が調伏された。故に石碑の大山祇神社が中腹まで落とされたのだと推測します。
私としましては閼伽井嶽は大山祇神の山であると確固たる意志で認識してます。そして大山祇神は別名・和多志神。私が因縁を感じる鬼渡神の大元の神と考えられる。
その大山祇神の山に私の家の山林がある。つまり大山祇神は地主神である。
その大山祇神の福島県での総本山的存在なのが、西会津の大山祇神社。参拝に行かなくては。
そう思って西会津の道の駅「道の駅 にしあいづ」で車中泊しましたが、呆れるくらい暑かった。東京よりも暑い。宮崎県よりも暑いかも知れん。こんなに暑いとは・・・・。
裏磐梯や天栄村には別荘が多いのに、何で西会津には無いのか。西会津を終の住まいにしても良いかなと思っていたのですが、理由が分かりました。この暑さです。
別荘は避暑で訪れる訳です。暑いから涼しい場所に行くのです。夏、こんなに暑くなる西会津に誰が行くのか。謎が分かりました。
考えてみたら西会津は5月でも寒い。そして10月から寒くなる。それなのに8月前後は鬼のように暑い。っと言う事は、過ごし易い月は6月前後しかない。
冬は大雪。夏は酷暑。これじゃ住めないよ。西会津の終の住みか計画は頓挫だな。
そうこうしている内に追廻観音へ立ち寄る。暑いから参拝客も少ない。
ここは大草鞋を飾っている。草鞋といえば多賀城市の「あらはばき神社」を思い浮かべる。ここも本来はアラハバキ神が源流にいるのだろう。本尊は聖観音だし。
徳一法師が建立したみたいだけど、同じ徳一法師が建立した恵日寺の瀧夜叉姫伝説を鑑みると、瀬織津姫の源流の神々と神仏統合したと思える。多分、間違いないだろう。
つづく。