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ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

奥穂高の思い出

2009-10-13 00:03:00 | 旅行
ご存知の方も多いと思うが、秋の休日である体育の日は、晴れる確率が高いとされる。

秋の長雨にうんざりしていた身には、この時機は秋の登山に絶好である。既にクラブを引退して就職活動に目処をつけた4年生だった私も、この機を逃さず下級生が企画した個人山行に参加することにした。

実はこの時機の個人山行は、次代のリーダーである2年生に企画させて練習させる意図がある。そのせいで一応リーダーである3年のHは気楽な態度でのんびりしている。まあ、元々ボケている奴だが、久々に私とIが参加したせいで、完全にリーダー役は怠けている。

私とIは下級生から「極道コンビ」と呼ばれた強硬派で、特にIは親分さながらの貫禄でパーティーを率いていた。Hは私とIと同じパーティーであることが多かったので、下級生に戻った気分で暢気に「お任せします」などと言って楽しんでいるようだ。

おまけに企画しているNは、「極道コンビ」の下で一年生を過ごした奴だ。企画は僕がやりますが、山はお任せしますなどと、これまた暢気なものである。同じ二年のWに至っては、岩稜の縦走を楽しむことしか頭にない様子だ。

本来のどかに秋の山を楽しむ企画なのだが、私とIに仕切らせたら、厳しい合宿になりかねない。でも、まあ、Iが行きたがっていた北アルプスの穂高縦走だ。重厚さなら南アルプスだが、華麗さならば北アルプス。なかでも穂高縦走は岩場の難所が続く北アきっての名コースなのだ。私も楽しみでならない。

ただ先週末に降雪の報があったのがいささか気がかりだった。我が部は過去の遭難事故の教訓から、厳冬期の冬山登山を禁止している。そのせいでアイゼンやピッケルといった冬山装備も禁止しているのだ。

まあ、なんとかなるさと呟いて、いざ上高地に入る。清流が麗しい梓川を横目に、体力にものをいわせてグイグイ登る。このメンバー、やたらと体力のある奴が多い。多分、私が一番弱かったと思うが、登攀技術なら私が一番だと思っていた。だから上に登るにつれ、稜線上に雪が垣間見えることに、いささか焦っていた。

実際に稜線に上がると、先週の雪が凍結して滑りやすくなっていることに気づいた。他の登山者たちはアイゼンを装着しているぞ。はて、どうするか?

私「おい、雪が凍ってやがるぞ。どうする?」
H「う~ん、やばいっすね」
N「ツルツル滑りますね」
W「危ないっすね」
するとIの奴は「気合だ、行ける」とほざく。

マジかよと思ったが、Iは本気みたいだ。かつて主将を務めたIは、3年の頃は誰よりも安全を気にした。何度か悔しい撤退を決断している。後に酒の席で「あれは行けた。撤退なんて必要なかった」と悔しそうにぼやいていたのを何度も耳にしている。

多分ストレスたまっていたのだろう。幸い今回のメンバーは体力面では不安はない。私は撤退を主張するつもりだったが、大魔神のように踏ん張るIと、それを注視しているメンバーをみて納得した。いつのまにやら完全にリーダーの地位はIに移っていた。

Iはおもむろにメンバーを見回し「雪が一部凍っているので慎重に行くが、気合で完走するからな」と言い渡した。なごやかな個人山行の雰囲気は消え去り、厳格な合宿の雰囲気になっていた。

率直に言って装備不十分であり、本来撤退すべきだ。ただ、このメンバーでこの雰囲気なら大丈夫に思えたのも確かだ。技量の高いコースだったので、一年生がいないパーティだったことも幸いした。私も覚悟を決めて、トップを務めることにした。

それからの数時間、神経は過大な負担に磨耗した。なにせ岩に凍り付いた雪を避けながら、急峻な岩場を縦走するのだから危険きわまりない。時折行きかう他の登山者から、アイゼンがないことを注意されるが笑ってやりすごす。

幸い晴天が続いたので、数時間後キレットを無事越えて、下山路にたどり着く。さすがに皆、ヘトヘトだった。体力的には余裕があったが、精神的な疲労が激しかった。でも、それを上回る満足感があったのは、皆の笑顔からも読み取れる。全力を尽くした後の喜びで、疲労さえ笑い飛ばせる。

私が「雨が降ったらアウトだったな」と言うと、Hが真顔で「死にます」と答える。下級生も、まだ死にたくないっすよ~と笑っていた。

一応メンバーに「雪が凍っていたことはオフレコだぞ」と釘を刺しておく。ばれたら反省会ものである。

今でも目を閉じれば、あの時の空の蒼さと黒い岩肌。その岩肌をまだらに覆う雪の白さが思い出される。奥穂高の山頂で、今度来るときは社会人だなと呟いた。その時はアイゼンを使うぞと言ったら、ヌマンタさんならなくても大丈夫でしょと返事したHは、既に故人だ。私も登れる身体ではなくなった。

あげくに晴天の休日に都会の片隅で仕事をしている有様だ。登れないことを悔やむより、懐かしく思い出せる過去があることを感謝すべきなのだろうな。
コメント (6)
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