プロレス大好きだった私だが、プロレスを最強の格闘技だと思ったことはない。
いや、正確には子供の頃はプロレス最強~~~!!!と思っていた。しかし、思春期に入り、素人ながらもそれなりに格闘技の実態に触れるようになると、自然とプロレスに作り(演技)があることが分るようになった。
なにせ、わざわざ一番筋肉の分厚い部分を殴り合っているのだから、見た目は派手でも威力は薄い。これは格闘技ではない。格闘技に似せた演技なのだ。
別に演技でも構わない。演技が下手なのは御免だが、素人の我々を沸かすような演技ならば大歓迎だ。プロレスは嘘だからツマラナイという人がいるが、それは見方が浅いと思う。
真剣な格闘技は、観て楽しいものではない。オリンピックでも国体でもいいが、柔道の試合を観てみれば分る。選手たちは皆、真剣に戦っている。だが、それは観ていて楽しいものではない。技術が高度すぎて分らないのも確かだが、それ以上に負けない戦い方をしているので、観ていて面白いはずがない。
その点、プロレスはいい。観客を興奮させることを目的としている。だから格闘技の素人にも分りやすい、迫力ある演技を見せてくれる。だからこそ楽しかった。
別にプロレスが最強の格闘技である必要はなかった。演技だと分ってもプロレスは楽しいし、凄い。本当に凄いぞ。嘘だと思うのなら、高さ2メートルのポールの上から、ジャンプしてマットの上に横たわる相手の上に落ちてみろ。
特に膝から落とすニードロップなんて、怖くて出来ない。万が一、膝をよじったら大怪我だ。その技を受ける方だってたいへんだ。もの凄い衝撃を身体で受け止めるのだ。
だからこそ、プロレスラーはもの凄い筋肉を付けると同時に、脂肪をまとわせて受身に強い身体を作る。この衝撃緩衝材としての脂肪は硬い。ただのデブではない。これを更に極端にすると、相撲取りの身体になる。殴っても、蹴られても平気な、恐ろしく頑丈な身体となる。
それでもプロレスは格闘技ではないし、武道とは程遠い。だから案外と異種格闘技戦などでは弱い。これは相手を怪我さすような技を忌避する習慣がついている上に、相手の攻撃を受け止める習慣からして無理ないと思う。
だからこそ、私はプロレスを最強だとは考えていない。それでも稀に,こいつもの凄く強いかも・・・と思える奴もいる。それがオランダの柔道のオリンピック・金メダリストでもあるウィリアム・ルスカだ。
猪木と異種格闘技戦を戦い、見事に猪木のバックドロップに散ったあのルスカだ。
私がルスカの強さに気がついたのは、新宿西口の京王ホテル近くの路上においてだった。当時、新日本プロレスは外人レスラーの宿泊先に新宿の京王ホテルを常用していた。私は生のプロレスラーが観たくって、時折足を運んでいたのだ。
男性なら分ると思うが、男って奴はグループを作ると、自然と一番強い奴が透けて見えてくることがある。それはトラブルの時の視線の行き先などから、察することが出来る。
ひと目でプロレスラーだと分る巨体の男たちの集団のなかで目だっていたのは、当時人気絶頂だったスタン・ハンセンだった。私も彼が観たくて、わざわざ新宿まで行ったぐらいだ。
あれは西口の飲み屋街の付近だった。酒で酔っ払った一人のメキシコ人のレスラーが騒ぎ出した。なにやら看板を振り回しているのが見えた。こんな時は外人世話係りだった坂口あたりがすっ飛んでくるので、一波乱を期待して私も事態を見守っていた。
するとルスカがその酔っ払ったメキシカンを、あっという間に袋叩きにしてしまった。殴りつけ、壁に叩きつけ、馬乗りになってボッコボコ。
私が驚いたのは、その間ほかのレスラーたちは黙って傍観していたことだ。ルスカより一回りは大きい巨漢のハンセンすら黙って見ているばかり。誰も止めたりせず、むしろ巻き添えにならないよう警戒している有様だった。
どうみても、そのグループのなかではルスカが一番強いように見られた。事実、ルスカが立ち上がると、血だらけのメキシカンよりも、ルスカに対して他のレスラーが気遣っているようだった。
そうこうしているうちに、ミスター高橋(レフリーであり外人世話係りでもある)と藤原が若手を連れて現われ、事態を収拾してしまった。新日の用心棒と言われた藤原でさえ、ルスカには丁重に接しているように見えて仕方なかった。
後年、引退したレスラーたちの手記などからも、ルスカの驚異的な喧嘩の強さを書かれたものを何度か目にしている。まあ、柔道のメダリストなのだから当然かもしれないが、巨漢で喧嘩好きのプロレスラーの集団にあっても、突出した喧嘩屋であったルスカは、最強の格闘家の一人だったと私は確信している。
いや、正確には子供の頃はプロレス最強~~~!!!と思っていた。しかし、思春期に入り、素人ながらもそれなりに格闘技の実態に触れるようになると、自然とプロレスに作り(演技)があることが分るようになった。
なにせ、わざわざ一番筋肉の分厚い部分を殴り合っているのだから、見た目は派手でも威力は薄い。これは格闘技ではない。格闘技に似せた演技なのだ。
別に演技でも構わない。演技が下手なのは御免だが、素人の我々を沸かすような演技ならば大歓迎だ。プロレスは嘘だからツマラナイという人がいるが、それは見方が浅いと思う。
真剣な格闘技は、観て楽しいものではない。オリンピックでも国体でもいいが、柔道の試合を観てみれば分る。選手たちは皆、真剣に戦っている。だが、それは観ていて楽しいものではない。技術が高度すぎて分らないのも確かだが、それ以上に負けない戦い方をしているので、観ていて面白いはずがない。
その点、プロレスはいい。観客を興奮させることを目的としている。だから格闘技の素人にも分りやすい、迫力ある演技を見せてくれる。だからこそ楽しかった。
別にプロレスが最強の格闘技である必要はなかった。演技だと分ってもプロレスは楽しいし、凄い。本当に凄いぞ。嘘だと思うのなら、高さ2メートルのポールの上から、ジャンプしてマットの上に横たわる相手の上に落ちてみろ。
特に膝から落とすニードロップなんて、怖くて出来ない。万が一、膝をよじったら大怪我だ。その技を受ける方だってたいへんだ。もの凄い衝撃を身体で受け止めるのだ。
だからこそ、プロレスラーはもの凄い筋肉を付けると同時に、脂肪をまとわせて受身に強い身体を作る。この衝撃緩衝材としての脂肪は硬い。ただのデブではない。これを更に極端にすると、相撲取りの身体になる。殴っても、蹴られても平気な、恐ろしく頑丈な身体となる。
それでもプロレスは格闘技ではないし、武道とは程遠い。だから案外と異種格闘技戦などでは弱い。これは相手を怪我さすような技を忌避する習慣がついている上に、相手の攻撃を受け止める習慣からして無理ないと思う。
だからこそ、私はプロレスを最強だとは考えていない。それでも稀に,こいつもの凄く強いかも・・・と思える奴もいる。それがオランダの柔道のオリンピック・金メダリストでもあるウィリアム・ルスカだ。
猪木と異種格闘技戦を戦い、見事に猪木のバックドロップに散ったあのルスカだ。
私がルスカの強さに気がついたのは、新宿西口の京王ホテル近くの路上においてだった。当時、新日本プロレスは外人レスラーの宿泊先に新宿の京王ホテルを常用していた。私は生のプロレスラーが観たくって、時折足を運んでいたのだ。
男性なら分ると思うが、男って奴はグループを作ると、自然と一番強い奴が透けて見えてくることがある。それはトラブルの時の視線の行き先などから、察することが出来る。
ひと目でプロレスラーだと分る巨体の男たちの集団のなかで目だっていたのは、当時人気絶頂だったスタン・ハンセンだった。私も彼が観たくて、わざわざ新宿まで行ったぐらいだ。
あれは西口の飲み屋街の付近だった。酒で酔っ払った一人のメキシコ人のレスラーが騒ぎ出した。なにやら看板を振り回しているのが見えた。こんな時は外人世話係りだった坂口あたりがすっ飛んでくるので、一波乱を期待して私も事態を見守っていた。
するとルスカがその酔っ払ったメキシカンを、あっという間に袋叩きにしてしまった。殴りつけ、壁に叩きつけ、馬乗りになってボッコボコ。
私が驚いたのは、その間ほかのレスラーたちは黙って傍観していたことだ。ルスカより一回りは大きい巨漢のハンセンすら黙って見ているばかり。誰も止めたりせず、むしろ巻き添えにならないよう警戒している有様だった。
どうみても、そのグループのなかではルスカが一番強いように見られた。事実、ルスカが立ち上がると、血だらけのメキシカンよりも、ルスカに対して他のレスラーが気遣っているようだった。
そうこうしているうちに、ミスター高橋(レフリーであり外人世話係りでもある)と藤原が若手を連れて現われ、事態を収拾してしまった。新日の用心棒と言われた藤原でさえ、ルスカには丁重に接しているように見えて仕方なかった。
後年、引退したレスラーたちの手記などからも、ルスカの驚異的な喧嘩の強さを書かれたものを何度か目にしている。まあ、柔道のメダリストなのだから当然かもしれないが、巨漢で喧嘩好きのプロレスラーの集団にあっても、突出した喧嘩屋であったルスカは、最強の格闘家の一人だったと私は確信している。