その日の朝、ボクは寝坊してしまった。前の晩に裏山の竹藪で遅くまで遊んでいたせいだと思う。だから学校へ行くのが少し憂鬱だった。きっとアラン先生は叱るに決まっているからだ。
少しうつむき加減で教室に入ると、なぜかアラン先生は優しい、それでいて少し寂しげな表情でボクに席に付くように言った。なんか妙な気分だ。いや、教室の雰囲気自体がいつもと違う気がした。
教室を見回すと、いつもより人が多い。後ろのほうに大人たちが立っている。皆、厳しい顔をしているようにみえるのが不思議だ。もちろん、いつもボクらを監視している軍服を着たブタ族の兵士も仏頂面で突っ立っている。
アラン先生は教室が静まるのを待ってから、穏やかに話し始めた。「今日のこの授業が、私が担当する最後の授業です」と。
「我々パンダ族が暮らすセンカク山は、ブタ族の強大なチャーシュー帝国の支配下に入ることが先週決まったのです。パンダ国政府の官房長官は、事態を遺憾に思うと言ったきりで何もしてくれません。ですから、もう学校ではパンダ語を教えることは出来ません」
アラン先生は、ここで目を閉じて、深く深呼吸してから、ボクらをゆっくりと見渡した。そしてよく通る声で、再び話し始めた。
「パンダ族は竹藪を失ってもパンダでいられます。しかし、パンダ語を失ったらパンダではいられません。皆さん、パンダ語は世界で一番可愛い言葉です。世界中の誰からも愛されるパンダであるためには、パンダ語を忘れてはなりません。」
静まり返った教室から、かすかに嗚咽が聞こえてくる。教室の誰もが言葉を失い、その瞳が潤むのを止められなかった。後ろに立つ大人たちのなかには、怒りのあまり震えているパンダもいるようだ。
背筋をピンと伸ばしたアラン先生は、一度天井を見上げてから、再び話し始めた。
「パンダ語の教師である私は、もう教壇にたつことは出来ません。だから、これが最後の授業となります。私が皆さんに伝えたい最後の、そして最も大切なことは、パンダ語を守って欲しい、ただ、それだけです。」
そして、黒板に向かってチョークを走らせた。書かれたパンダ文字は短く一言。
パンダ、万歳
アラン先生は、その後ブタ族の兵士に連れられて村を去った。そしてボクは新たにブタ族の名前を付けられて、遠くの国へと送られることが決まった。
ボクの新しい名前はカンカン。ヘンな名前だと思うが、それよりもボクが送られる国は遠く海の向こうだという。ボクが不安そうにしていると、ブタ族の兵士がにやりと笑って言った。
「なに、そんなに不安がるな。その島だって、いずれは我々ブタ族のものになるのだからな。だからお前は尖兵として、奴らに愛想を振りまき油断させるのが仕事だ」
その島の人たちに知って欲しい。ボクはブタ族のカンカンではない。パンダ族のシュマルなんだ。人前では話せないけれど、パンダ語のほうが得意なんだ。だって、パンダ語は世界で一番可愛い言葉なのだから。
少しうつむき加減で教室に入ると、なぜかアラン先生は優しい、それでいて少し寂しげな表情でボクに席に付くように言った。なんか妙な気分だ。いや、教室の雰囲気自体がいつもと違う気がした。
教室を見回すと、いつもより人が多い。後ろのほうに大人たちが立っている。皆、厳しい顔をしているようにみえるのが不思議だ。もちろん、いつもボクらを監視している軍服を着たブタ族の兵士も仏頂面で突っ立っている。
アラン先生は教室が静まるのを待ってから、穏やかに話し始めた。「今日のこの授業が、私が担当する最後の授業です」と。
「我々パンダ族が暮らすセンカク山は、ブタ族の強大なチャーシュー帝国の支配下に入ることが先週決まったのです。パンダ国政府の官房長官は、事態を遺憾に思うと言ったきりで何もしてくれません。ですから、もう学校ではパンダ語を教えることは出来ません」
アラン先生は、ここで目を閉じて、深く深呼吸してから、ボクらをゆっくりと見渡した。そしてよく通る声で、再び話し始めた。
「パンダ族は竹藪を失ってもパンダでいられます。しかし、パンダ語を失ったらパンダではいられません。皆さん、パンダ語は世界で一番可愛い言葉です。世界中の誰からも愛されるパンダであるためには、パンダ語を忘れてはなりません。」
静まり返った教室から、かすかに嗚咽が聞こえてくる。教室の誰もが言葉を失い、その瞳が潤むのを止められなかった。後ろに立つ大人たちのなかには、怒りのあまり震えているパンダもいるようだ。
背筋をピンと伸ばしたアラン先生は、一度天井を見上げてから、再び話し始めた。
「パンダ語の教師である私は、もう教壇にたつことは出来ません。だから、これが最後の授業となります。私が皆さんに伝えたい最後の、そして最も大切なことは、パンダ語を守って欲しい、ただ、それだけです。」
そして、黒板に向かってチョークを走らせた。書かれたパンダ文字は短く一言。
パンダ、万歳
アラン先生は、その後ブタ族の兵士に連れられて村を去った。そしてボクは新たにブタ族の名前を付けられて、遠くの国へと送られることが決まった。
ボクの新しい名前はカンカン。ヘンな名前だと思うが、それよりもボクが送られる国は遠く海の向こうだという。ボクが不安そうにしていると、ブタ族の兵士がにやりと笑って言った。
「なに、そんなに不安がるな。その島だって、いずれは我々ブタ族のものになるのだからな。だからお前は尖兵として、奴らに愛想を振りまき油断させるのが仕事だ」
その島の人たちに知って欲しい。ボクはブタ族のカンカンではない。パンダ族のシュマルなんだ。人前では話せないけれど、パンダ語のほうが得意なんだ。だって、パンダ語は世界で一番可愛い言葉なのだから。