恐怖に耐え抜いた凄みに、当時は気づかなかったことを残念に思う。
80年代のプロレス・ブームの最後を担ったのが、新日本プロレスの闘魂三銃士と呼ばれた、武藤、蝶野、そして橋本真也であった。スマートな武藤、がっちりした蝶野と比べ、ぽっちゃりした橋本は一番気が強そうに思えた。
猪木の唱えたプロレス最強伝説を頑なに信じ、異種格闘技戦にも堂々名乗りを上げる姿に、喧嘩好きの暴れん坊と見て取る人は多かったと思う。元々は柔道出身だが、プロレス入り以降、急速に蹴り技に目覚め、体重を乗せたキックを得意にしていた。
その橋本がボクシングのトニー・ホームと異種格闘技戦を闘った。結果はトニーの連勝であった。たしかに橋本の蹴りはトニーを追い詰めはしたが、ボクサーが放つ的確なパンチをディフェンスする技術を持たない橋本は、何度もリングに倒れた。
倒れても、倒れても、再び挑もうとする姿勢にファンは熱狂的な声援を送っていたが、正直言えば私は醒めて観ていた。明らかに橋本にはディフェンスの技術が不足していたからだ。
ボクサーのパンチは的確に急所を狙ってくる。プロレスラーのように、分厚い筋肉をわざわざ叩くようなことはしない。つまりプロレス的対応をしていたら、勝てる訳がない。にもかかわらず、橋本はプロレス的戦い方に拘った。
だから、あの頃私は橋本の無謀な戦い方を唾棄していた。
そういえば、その頃からだろう。毎週TVでプロレスを観る習慣があった私が、次第に観なくなってきたのは。既にK1が始まり人気を博しており、猪木のカリスマ性が喪われて、プロレス人気は失墜した。
格闘技興行の世界でも、プロレスは主流ではなくなり、リアル格闘技といえる立ち技打撃系のK1と、総合格闘技系のUFOなどに人気を奪われてしまった。
思えば、格闘演劇であったプロレスが、リアルな格闘技に近づこうとしたがゆえに、プロレス本来の魅力を失ったのだと思う。皮肉なことに、かつては見世物的要素が強すぎると非難されたアメリカのプロレスは、むしろエンターテイメント性を前面に押し出して、熱烈な人気を博していた。
私もプロレスから距離を置くようになり、冷静にあの頃を顧みることが出来るようになった。だから、今後悔している。
あの頃、本物のヘビー級ボクサーであるトニー・ホームと対戦していた橋本は、自分が勝てないことを自覚していたはずだ。しかし、プロレス最強神話を信じているファンに、戦う姿勢を見せるために敢えてリングに上がっていたはずだ。
殴り倒されると分かっていながら、橋本真也はリングに上がる。いったい、どれほどの恐怖に耐えていたのだろう。その怯えをみせることなく、あくまで果敢に戦う姿勢を押し通した彼の勇気が、今にして分かる。
やっぱり鍛え抜かれたプロレスラーは凄いと思う。ただ、プロレス最強伝説の信奉者であった私は、橋本がプロレスに泥を塗ったと思い込み、嫌ってしまった。私の見方こそが未熟であったのだ。
残念なことに、橋本選手は既に故人であり、もう彼の雄姿を見ることは適わない。実に残念だと痛感しています。