ヌマンタの書斎

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吉田証言の虚偽と朝日新聞に思うこと

2014-09-02 13:50:00 | 社会・政治・一般

私は意地が悪い。邪推と勘違いと勝手な思い込みが得意である。だから、そのつもりで読んで欲しい。

なにがって、先週以来世間を賑わしている朝日新聞の吉田証言の虚偽を認める報道と、その後の対応である。意地の悪い私の妄想するところによると・・・連中はね・・・

日本を貶めることこそが、日本を世界に誇るべき平和国家とする道だと信じていた。天皇を貶め、軍隊を貶め、平等を目指す社会主義を否定した日本国民を恥辱の思いに貶めることこそ、平和な日本を実現することだと信じていた。

この正しき目的のためなら、嘘も方便であり、正しい手段として許されるはずだ。そこで、日本の軍隊が侵略地の婦女子を強制的に従軍慰安婦にしていたと報道すれば、きっと愚かな日本国民は軍隊を嫌悪するに違いない。

この従軍慰安婦への賠償金を、日本政府の税金から払わすように仕向ければ、我が朝日新聞は世界、とりわけ北京と京城(ソウル)から一流新聞として認められるはずだ。かつての侵略地から尊敬を受けられるこのアイディアは、なんとしても実現しなければならない。

ところが日本政府はなかなか認めない。功名心にかかられた不遇な野心家である河野洋平を引きづりこんで、談話という形で公表させるところまでは良かった。それなのに日本政府は、どうしても認めようとしない。賠償金も払わない。

そうだ、日本は外圧に弱い。世界に、とりわけアメリカに日本を非難させる風潮を作り上げて、従軍慰安婦問題を認めさせ、金を払うように仕向けよう。きっと、半島や大陸の強欲張りは協力してくれるはずだ。

なに?まだ認めないだと。きっと従軍慰安婦なんて言葉では弱いのだろう。性奴隷、これがいい。この言葉なら、正義感に酔い痴れたい欧米人だって、きっと反応してくれるはずだ。世界がこぞって日本を非難し、貶めれば、戦争をしない永遠の平和国家である日本が実現するはずだ。はずなのだ。

それなのに、この数字はなんだ? なぜ世界が認めるはずの高尚な報道をしている我が朝日新聞の購買数が減少しているのだ。広告収入も減少しているなんて、おかしい。

おかしい、おかしい、おかしいぞ。このままでは経営が続かない。

いくら安倍政権を非難しても、支持率はたいして下がらず、それどころか平和と逆行するような動きばかりが加速しているではないか。原発だって、稼動しかねない。

我が朝日新聞の長年の報道工作、もとい真実の報道が、まるで効を奏していないではないか。それどころか売り上げは減るばかり。このままでは、高額な給料を貰うことが出来なくなるぞ。

しかたない。背に腹は代えられない。幸い、五月蠅い若宮や、植村は退職している。元々、ねつ造、いや、間違った取材であった吉田証言は間違いだったと公表して、公正な朝日新聞のイメージをアピールしようではないか。

だが、長年の主張を変える訳にはいかない。あくまで朝日新聞は平和のために、日本を貶める報道を続けていかねばならない。吉田証言が間違いであったとしても、従軍慰安婦のイメージは守らねばならない。

大切なのは平和であり、事実をどう解釈するかは、報道するものの高尚な判断に任されるべきだ。

朝日新聞は謝罪すべきだなんて馬鹿な報道があるようだが、奴らはなにも分かっちゃいない。我が朝日が目指すは、日本の平和であり、そのためなら嘘も方便、事実は隠すべきは隠し、良心溢れる推敲により崇高な真実の報道として世界に伝えられるべきなのだ。

吉田証言が嘘であったとしても、朝日新聞が長年続けてきた平和のための報道は絶対的に正しい。

正しいはずだ。正しくなくちゃいけないんだい。

でも、お金がないと困る。だから、嘘は嘘として認めちゃえ。この程度なら、世界は朝日新聞を日本の良心を象徴する高尚な報道機関として認めてくれるはずだ。多分、これで新聞の購買部数は回復するはず。

今少し辛抱だ。いずれ吉田証言の嘘なんて小さなことは世間は忘れてしまう。断じて朝日新聞は謝罪なんてする必要はない。そうに決まっているんだ。

朝日に誤りはあっても謝罪はない。私はそう信じています。

コメント (5)
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