ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

蜂の怨念

2014-09-05 12:55:00 | 日記

世界最大の蜂であるニホンオオスズメバチは9月になると凶暴になる。

原因は、新しい女王蜂と、彼女のためのオスバチを産卵するために大量の食糧を必要とするからだ。スズメバチが厄介なのは、単に花粉や樹液だけでなく、他の昆虫をも食するからである。

あの巨大な顎で他の昆虫を切り裂き、肉片に変えると団子状にして巣に持ち帰る。天敵といえば、クマと一部の鳥ぐらいなものだ。オオヤンマなどの大型のトンボや、大カマキリなどがスズメバチを捕食することもあるが、その逆のケースも報告されている。蜘蛛ですら捕食するスズメバチは、日本最強の昆虫である。

だから、夏から秋にかけて山に入るときは、このスズメバチの襲撃を考慮しておく必要があった。なるべく黒っぽい服装を避けるのは、クマと間違われないためだ。なるべく明るい服装が好ましいとされる。が、一番の対策は巣に近寄らないことだ。

家の軒先や、木の枝などに巨大な巣をつくるキイロスズメバチの場合、巣が目立つので避けやすい。だが、最大、最恐のオオスズメバチは木の洞や、地中に巣を作るため、見つけるのが難しい。

私の経験からすると、オオスズメバチの飛行高度は1メートルから5メートルほどなので、とにかく頭上に気をつけて、よく見まわしながら歩くくらいしか対策はない。とにかく、スズメバチらしき姿をみたら、その周辺を避けるしかない。

では、もし襲われたらどうするか。

普通の蜂ならば、動かずに静止して過ぎ去るのを待つ。春先から初夏までなら、スズメバチもこのやり方でやり過ごせる。ただし、秋の時分だけはダメみたいだ。非常に攻撃的になっているので、静止していても刺しに来る。だから逃げるしかない。

もっとも、一匹だけなら叩き落として殺してしまうのも有りだと思う。ただし、既にスズメバチは攻撃フェロモンを空気中に放出している可能性が高いので、必ずその場から出来る限り遠くに逃げることが必要となる。

私は子供の頃に一度、高校で二度、スズメバチに襲われているが、いずれも一匹だけで様子見のようにゆっくりと襲ってきたので、肌に止まった瞬間に叩き殺して、後はひたすら必死にトンずらこいた。

とにかく逃げるしかない。個人的には、人間を恐れるクマよりも厄介だと思っている。

あれは大学4年の秋だった。既に内定をとってはいたが、クラブは引退の身分であったので、登山ショップ主催の登攀セミナーなどにせっせと通っていた時のことだ。

当時、フリークライミングのメッカとして名高い小川山のキャンプ場での夕食後の雑談の時であった。講師の先生は、フリークライマーとして著名であったが、元々は某山岳会で鍛えられた人である。

戦前から名高いその山岳会では、いろいろな武勇伝や逸話が伝わっているが、その一つに男しか狙わないスズメバチの話があった。戦前は、登山と云えども男女の別には厳しく、男性だけの登山が当たり前であった。

だが、その時は某女子大の山岳部から指導の依頼があり、登攀技術の取得のため女性部員を引率して沢登をすることになった。男女が共に登山をする機会なんて、滅多にない時代だけに、若い会員はかなり浮かれていたそうだ。

沢の遡行を数本こなし、なだらかな山稜を降り、沢筋に戻った時のことだ。突如としてスズメバチの群れに襲われ、なすすべなく必死で登山道を降るしかなかった。

林道にたどり着き、ようやくスズメバチから逃れたのだが、数人の会員はかなり刺されてしまい発熱する始末。止む無く伝令を走らせて、麓の村に救助をお願いした。ところがよくよく調べてみると、スズメバチに刺されたのは男性ばかりで、悲鳴を盛んにあげていた女子大の山岳部員は誰ひとり刺されていなかった。

悲鳴だけは男の数人分であったので、まさかと思ったが、本当に女性は誰も刺されていなかった。怪我はといえば、逃げる時に転倒して出来た擦り傷だけであった。

引率したリーダーは、お預かりした女性山岳部員に大怪我がなくてホッとしたが、どうも腑に落ちない。黒い服装はスズメバチに狙われることは分かっていたので、誰ひとりそんな服装はしていない。

それどころか、若い男性会員は女性と一緒だということで浮かれて、カラフルなカッターシャツを着こんできた面々ばかり。服装が原因でないことは明らかであった。

そうこうするうちに、モクモクと煙を上げて木炭トラックが林道をやってきて、それに乗せてもらって麓の村の医院まで運んでもらった。結局、その村の公民館で休ませてもらったのだが、その晩に村長ら村の人たちにスズメバチに刺されたのは男性だけなのが妙だと話してみた。

すると、村の人たちが急に顔を曇らせ、互いに目配せしている。なにか事情がありそうだと思ったが、その時は何も話してくれなかった。翌朝になり帰京しようとすると、村長からどのあたりでスズメバチに襲われたのか、案内をお願いしたいと請われた。

助けてもらい一夜をお世話になったこともあり、リーダーが残って案内をすることになった。帰京する他の会員や女子部員を見送った後、村の人たちと一緒に襲われた沢筋に行ってみた。

村人は皆、スコップを持参しているだけでなく、蜂をいぶす目的の井草と思しき道具や、なにやら雑多な荷物をもってきている。どうやら、スズメバチの巣を駆除するつもりらしい。

やがて襲われた沢筋に着くと白い布で出来たポンチョのような服をまとい、村の人たちは手分けして探しだすこと数時間。危ないので下がっていてくれと云われ、リーダーは離れてみていると、村人は手慣れたように井草を燃やしてスズメバチを撃退し、巣穴を見つけると火薬のようなものを詰めて爆発させて、あっというまに巣を駆除してしまった。

その手際の良さに感心したのもつかの間、村人たちはスコップをもって巣穴周辺を掘り出した。このあたりではスズメバチの子を食べる習慣があるのかなと思ったが、それにしては妙に緊張した空気がおかしい。

やがて声があがり、てっきし巨大な蜂の巣を掘り出したのかと思いきや、どうも雰囲気が違う。それどころか、妙な異臭があたりを漂っていることに気が付いた。貸してもらった白い布で顔を覆っていたにもかかわらず、この腐ったような臭いが強烈に感じ取れる。

村人たちがゴザに包んだなにかを運び出してきたことに気が付いた。蜂の巣にしては大きすぎる。いや、あんなに細長い訳がない。おそるおそる村長に尋ねようとして、はっとした。

村長をはじめ村人たちが合掌しているではないか。ようやく気が付いた、あれは人の遺体であることに。

やがて駐在所から警官がやってきて、事情を訊かれたが、スズメバチに襲われた以外なにも答えようがない。もう一晩、お世話になることになり、その夜の食事の後で、ようやく事情を聞かされた。

一年ほど前に村の出身で町に嫁にいったはずの女性が、急に戻ってきた。着の身着のままの姿で、父親や兄弟が何を聞いても黙り込むばかり。部屋の奥に引きこもったまま、食事さえまともにとらない。

心配した親族の女性たちが、それとはなしに聞き出したところでは、どうやら嫁ぎ先を飛び出し、その後食うためになにやら怪しい店で給仕をしていたようなのだが、そこで無理無体をされたらしい。

そのことが親に伝わった翌朝には、その女性は姿を消してしまい、以来8か月行方知れず。

そんな矢先に、男性だけを狙って刺したスズメバチの話を聞いて、まさかと疑いつつも探しにいったところ、件の洞にあったスズメバチの巣の奥に女性の遺体があったとのこと。

村長が云うには、おそらく雪解けの後に出てきた件の洞で亡くなり、そのあとでスズメバチが巣を作ったのだろうとのこと。

そこまで語ってくれた講師の先生は、いくらスズメバチが肉食とはいえ、人の肉まで食べた話は聞いたことがないから、多分作り話だよと言っていたが、その話を聞かされた私らは、頷きつつも疑念を抑えきれなかった。

死んでしまえば、人も獣も変わりはない。実際、ハエは人畜分け隔てなく腐肉を漁る。その腐肉をあの巨大な顎で切り刻み、団子状にすれば立派なスズメバチの餌ではないのか。

それはともかくも、ではなぜに男だけを襲ったのか?男性を恨んで死んだ女性の怨念が、スズメバチに乗り移ったのか?それこそ、ありえないと思うのですがね。

秋の山はキノコや山菜採りが盛んですが、くれぐれもスズメバチにはご注意を。当然ですが、老若男女区別なく襲ってきますからね。

コメント (9)
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