多分、視力が悪化したせいだろう。
仕事柄、いわゆる資産家の御宅に伺うことが少なくない。都内に、鉄筋コンクリ建ての立派な家を構えている方もいるが、どちらかと云えば、見かけは古い日本家屋であるようなケースが多い。
多分、知らない人がみれば、この家の持ち主が金融資産数億円であるなんて、まるで想像もつかないだろう。はっきり言えば、ボロ屋にしかみえない。。
でも、家の中に入ると、豪華な家財に囲まれた御屋敷であることもある。これは、これで納得できる。ところが、外見同様、家の中もボロ家であることが結構多い。
なにせ、今どきクーラーさえない部屋であることも珍しくない。天井が高く、風通しのいい日本家屋であるからこそ、だとは思うが、それにしたって夏は暑いし、冬は寒い。空調完備の部屋に馴れている人には、苦行としか思えないだろう。
だが、子供の頃から、このような家屋に馴れていると、案外と平気であるらしい。
少し前のことだが、東京から特急電車で数時間の郊外にある、そのお宅に伺ったのは、今後の相続対策の助言を請われたからだ。都内の会社の応接室でスーツ姿で会うことが多い方であったが、そのお宅では作務衣をまとった好々爺の趣であることに、いささか面食らった。
都内にマンションをお持ちなのだが、週末はこちらで過ごしているそうである。数町の畑があり、そこでの農作業が老後の楽しみであるようだ。既に築年数は80年を超えている古民家だけに、相続税法上の評価は低いが、良く見れば立派な木を柱に使っており、解体して売れば、けっこうな金額になりそうだ。
相談の内容は、守秘義務から書くことは出来ない。ただ、その家を見て回っていた時、妙なものを見たような気持ちになった。
その場では、目の錯覚くらいにしか思わなかった。暗がりに誰か、いや、何かが潜んでいるような重い影があった。でも、よくよく見ると、なにもない。不審に思いながらも、ご主人に問うほどの事とは思えず、黙っていた。
半日後、帰宅して風呂に入って、その日の疲れを洗い流し、さっぱりしてから床に就く。寝つきのイイ私は、すぐに眠り込むはずなのだが、その晩はダメであった。
目を閉じると、どうしても思い出してしまう。薄暗い階段の脇の棚の影に、走り込むような影。子供にしては小さすぎるが、ネコやネズミにしては大きすぎる。第一、その家には子供もペットもいない。まァ、ネズミは間違いなくいるだろうから、きっとネズミだろう。
裏庭の奥にあった蔵の二階に上がった時に、天井に何かがいたように見えたのだが、しっかり見上げると、そこには何もない。きっと、天井のシミを見間違えたのだろう。
16畳はある広い客間で、井戸から汲んだ冷たい水を頂いていた時、床柱になにかが巻き付いていると思ったのは、柱の紋様を勘違いしたのだろう。
そうだ、そうに決まっている。
最近は老眼が進んでいるのは、間違いのない事実であるのだから、目の錯覚に違いないはずだ。そう理性で考えつつも、寝付けない原因が、あの妙な影にあることは自覚していた。
それに・・・今寝ている自宅では、そのような錯覚は皆無なのだ。でも、眠れないのは事実である。特段、肩が重いとか、寒気がするとかの自覚は皆無だ。ただ、思い出されて眠れない。それだけなのだ。
明日、近所の神社にお参りにいこうかな。そう考えたら、急に眠気が襲ってきた。そのまま素直に眠ってしまう。翌朝の眼ざめは爽快であったから、私も適当なものである。
人生、時として訳の分からないことってあるものです。まァ、日々元気ならば、私は気にしないことにしています。気にしたって無駄ですからね。