戦後、最悪といっていい大量殺人事件となった相模原の重度障害者大量殺傷事件である。
この事件の発生を受けて、厚生労働省、警察その他関係機関で、今後の方策を巡って騒がしい。また事件当初から、事前に察知できなかったのかとの非難も出ている。
日本の行政が縦割りであり、各役所や関係機関との横の連携が極めて悪いことが、この危険な犯罪予備軍とも云える犯人の残虐な行動を抑えられなかったことの一因であるとの批判が出るのは致し方あるまい。
しかし、役所、警察、病院などを繋げるシステムが未構築であることが、情報の共有化を妨げている最大の要因である。これは、単に役所を批難すれば良いといった問題ではない。
おそらくだが、総務省及び内閣府が動かないと、各行政機関の公的な横の繋がりは構築できない。ただ、実を云えば、いろいろと問題の多いマイナンバー制度は、この横の連絡を可能にする。
例えばだが、ある人物が精神的な異常傾向から、他者を傷つける可能性があると病院などが判断した場合、マイナンバーを通じて警察などに情報が流れることも可能になる。
だが、今のところ、この横の連携はまるで構築されていない。個人情報の保護とかいろいろ問題はあるが、なんといっても最大の問題は、各省庁が情報が横に流れることを厭う傾向が強いことだ。
つまり、自分の役所で掴んだ情報を抱え込み、他に出そうとしない。この役所の縦割り意識の強さこそが、最大の障壁となっている。この壁が如何に高いかは、マイナンバー制度が十分普及しない現実をみればよく分かると思う。
私見だが、マイナンバー制度が十分活かされる時代になるまで半世紀はかかるのではないかと思っている。
しかしながら、そのような各役所、関係諸機関での情報の共有化が出来れば、このような残虐な犯罪は防げるとは思えない。狂っているとしか思えない今回の事件の容疑者であるが、それは事を起こしたからこそ云えること。
事件を起こす前までは、一部の人を除けば普通の人に見えていた。内心おかしいと思う人はいても、果たして、それを警察などに通報できるのか。また、その通報を受けた警察だって、それだけでは動けない。
このような心の奥底に狂気を潜ませた人物を、境界線上の異常者と呼ぶ。精神病理学や行動心理学の発達したアメリカにあっても、この境界線上にいる異常者を犯罪予備軍として具体的に束縛等することは出来ずにいる。
先日のことだが、山手線での移動中、私の隣に座った青年がそれに近かった。外見はこざっぱりして、今どきの若者だと思えた。しかし、スマホからイヤホンで音楽を聴いていたようで、興奮しだしたのか、身振り手振りで踊りだし、挙句に小声で歌いだした。
曲はジブリの名作アニメ「天空の城ラピュタ」のエンディングの曲だと思う。一応気遣ってか、小声ではあったが、はっきり周囲に聞き取れる声で、手をヒラヒラ、上半身を揺らしながら歌いだしたのには参った。
周囲は観て見ぬふり。隣に座った私も、文庫本を読むふりして知らん顔。ちょっと精神面がおかしい青年ではあるが、悪意はなさそうだし、なによりも大人しそうな青年であった。おそらく若干知能が低いのかもしれない。
たまに、このような人を見かけることはあるが、大半が実におとなしいのが普通だ。少なくても、私は周囲に害を撒き散らかすような知的障害者を見たことがない。せいぜい、騒ぐ程度で、注意すると気の毒なくらい萎縮してしまう、可哀そうな人たちだと思っている。
そんな障害者たちを、社会の害だと決めつけて殺傷に及んだ今回の犯人のほうが、はるかに社会には有害だと思う。思うが、それを見分けるのは非常に難しいだろう。
心の闇の問題は、法形式や行政組織では十分対応することが極めて難しいのが実情なのだ。やはり、人の心は計れないものなのだと思う。
率直に言って、この手の異常心理を起因とする犯罪の予防は、非常に難しいと思う。ただ、今回の犯人は、大麻や違法ドラッグなどの使用歴があり、そのことが異常行動の一因となっているようだ。
やはり、脳に直接薬物で悦楽をもたらすような麻薬類は、厳重に取り締まるべきだと思います。