踏み込みが足りないと思う。
今回、逮捕された大阪容疑者がかつて何をしたのか、何故したのか、そして40年あまり逃亡できたのは何故か。今のマスコミ報道では、それがまったく分からないはずだ。
渋谷暴動事件とは、沖縄返還時におけるアメリカとの安全保障条約の交渉に反対する学生運動家が渋谷に集結しての暴動事件を指す。その際、中核派の大坂容疑者が火炎瓶で交番を襲撃して、警察官一人を焼死させたとされ、その後逃亡。今回、ほぼ40年ぶりに逮捕に至った。
今回の逮捕を報じるマスコミの記事には、肝心な部分が抜け落ちている。それは、日本のマスコミ、教育者、労働組合などが隠してきた部分でもある。戦後の日本におけるタブーといってもいい。
それは、マルクス主義が本質的に武力革命闘争であることだ。
話し合い重視の傾向が強い日本では、マルクス主義を掲げる日本共産党自ら、話し合い、すなわち選挙による政権獲得を目指している。これは事実ではあるが、全てではない。
日本共産党が、公式に武力闘争を否定したのは、戦後40年近くたって後、1990年代のことだ。つまり、それまでは公式には、武力革命闘争を否定していない。
これは断言してもいいが、当時の不破委員長も、そして今の志位委員長も、武力闘争には当時から否定的であり、話し合い(選挙)路線の信奉者である。しかしながら、武力革命闘争を捨てきれぬ宮本顕次が健在な時は、どうしても公式に否定することは出来なかった。
もともと、日本における左派勢力を構成する学生運動および労働運動は、日本共産党の強い支配下にあった。彼ら運動家がストライキやデモなどを頻繁にやっていたことは、当時からマスコミも報じていた。
しかし、その一方で武力革命こそ不正はびこる世の中を変える唯一の方法だと信じる、一部の過激な運動家たちが実際に軍事訓練に励み、それを察知した公安警察との間で実弾飛び交う戦闘になった「大菩薩峠事件」をマスコミは報じたがらない。
さすがにTV放送されてしまった「浅間山荘事件」やその後の「日本連合赤軍のリンチ事件」などは、隠し通すことが出来ず、これが左派運動家に対する世間の評価を決定的に貶めてしまったのはご承知のとおり。
なぜ、当時の若者たちは、選挙ではなく、武力革命に希望を見出したのか、そこを追求することを避け、隠そうとしてきた戦後の報道、教育の在り方に、私は疑問を抱かざるを得ない。
中核派も核マル派も、元をただせば日本共産党から産まれたものだ。より正確に云えば、武力闘争に否定的というか、避ける姿勢をみせつつある共産党から離脱して誕生した武装革命を求める過激な若者たちであった。
不思議なことに、私が共産党と間接的に関わりをもっていた1970年代当時でさえ、共産党は彼ら武力革命志向の過激な若者たちと表向き決別しながらも、裏ではつながりをもっていた。心情的に、かつての同志を切り捨てることが出来なかったのだろう。
今回、逮捕に至った大坂容疑者にしたって、45年余りの逃走生活を可能にしたのは、共産党関係者の私的な支援なしには考えられない。警察、それも公安警察から40年以上も逃走するなんて、どれほどの過酷な生活であったのだろうか。
そのような過酷な逃亡生活を送った大坂容疑者は、現在も黙秘を続けているという。彼をそこまで頑なにしたのは、何故なのか。そこまで追いやったのは、何なのか。マスコミ報道は、その点にはまるで触れていない。
知らないはずはないのです、少なくても日本共産党の関係者ならばね。私はかつて、武力革命を求める過激な若者たちに憧れていたので、今回の報道には、たまらなく不満というか、物足りなさを感じてなりません。