ほたるの灯火が寂しく思えた。
私の地元では、近年この時期になると、玉川上水で「ほたる祭り」を開催している。かれこれ20年近くやっており、寂れつつある商店街も、この時ばかりは賑わう。
もっとも私が帰宅する頃には、祭りは終わっており、橋の上から玉川上水を見ると、運がよければホタルの灯火がうっすらと鑑賞できる。でも、それも短期間で終わる。
人工飼育したホタル2000匹を放って、この祭りを開催しているのだが、未だにホタルが玉川上水で育ったことはない。水は清く、川沿いの斜面は緑が色濃い自然環境豊かな玉川上水ではあるが、実は見かけほど豊かな自然ではない。
元々は江戸時代に、多摩川の上流から江戸の町に飲料水を運ぶ目的で、人工的に作られた玉川上水ではあるが、現在は水道事業の排水路である。小平浄水場できれいに濾過された下水を下流に流すにあたり、自然環境に見合った水路として整備されている。
だから、見かけは緑豊かな木々に囲まれた小川ではあるが、その水は浄化されたものである。この水では、ホタルの幼虫は育たない。
今から40年以上前だが、虫とり大好きな子供であった私は、柵に囲まれた玉川上水に何度となく忍び込んで、虫とりをしていた。だからこそ知っていた。この玉川上水周りの木々は、見かけは豊かだが、実はそれほど自然豊かな場所ではない。
バッタやコオロギなどはいたが、どれも他の場所から来た虫だ。また小川自体も生物に乏しい。水鳥もたまに羽を休めていることはあるが、ここに棲息している訳ではない。魚だって、驚くほど少ない。
理由は簡単だ。流れる水が浄水場で濾過されたものだからだ。本来の川ならば、山の木々を育む豊かな土壌から流れ込んだ有機物質などを含有し、それを餌にする植物性のプランクトンが多数いる。そして、そのプランクトンを食べるプランクトンが居て、それを餌に育つ昆虫と魚がいる。
しかし、生活排水の混じった多摩川の上流の水は、小平浄水場で濾過される過程で、これらのプランクトンは排除されてしまう。見かけは綺麗な水ではあるが、実は死んだ水である。これではホタルの幼生は育たない。
20年以上、ホタルを放ってきたが、未だにホタルはこの地では生まれ育てない。にもかかわらず、ホタル祭りは行われる。既に祭りから一週間も立つと、ホタルの姿は見かけない。
寂れつつある商店街には、このホタル祭りは欠かせない活性剤であることは分かっている。だから抗議の声を上げたことはないけど、死ぬと分かっているホタルを放つこの祭りには、どうしても寂寥感を禁じ得ないのです。