ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

にしん

2018-04-25 12:39:00 | 社会・政治・一般

春になると食卓には、ニシンが並んだとされ、そのせいで春告魚とも呼ばれた。

そんなニシンの産地といえば、やはり北海道なのだが、この半世紀余り、ニシンは不漁が続いている。江戸時代には秋田や宮城が産地だったそうだが、海水温の変化などで明治時代以降は、北海道沿岸でニシン漁が行われていた。

未だはっきりとした原因は不明だとされる。だが、幾つか分かってきたこともある。

明治以前の北海道は、原生林の生い茂る亜寒帯独特の風土であった。緑豊かな森から滋養あふれるミネラルなどが川に流れ込み、河口には牡蠣が群生し、ニシンが産卵に集ってきた。

森から川に流れ込んだミネラルは、植物プランクトンを養い、それを食べる動物性プランクトンが大増殖した。そして、それは牡蠣のエサであり、ニシンの稚魚のエサとなった。

しかし、森は開拓されて農地や牧草地に変った。場所によってはゴルフ場となった森もある。

北海道を旅行した方は、美しい農地や、牛が草をはむ牧草地に自然を感じるのだろう。また広大な北海道のゴルフ場でプレーすることを楽しみにしているゴルフ愛好者も多いのだろう。

しかし、あれは自然本来の姿ではない。あくまで人間の都合で作られた生産地であり、遊技場である。農地には沢山の化学肥料がまかれ、牧草地には雑草を駆除する農薬が散布される。ゴルフ場の美しい芝目を維持するために、どれほどの農薬が散布されているかご存じだろうか。

必然的に川から魚は消え、プランクトンも姿を消した。それを餌としてきた牡蠣も、ニシンの稚魚もいなくなった。これが自然あふれるとされる北海道の現実である。

だが、ここで冷静に現実を見つめなければならない。

北海道の広大な農地から供給される野菜は、食料自給率の低い日本にとって貴重な国産野菜である。またゴルフ場は、そこで雇用される地元民だけでなく、観光ホテルなどの経営を維持するために重要な役割を果たしている。

私は子供の頃は、それほど魚好きではなかった。だが、年を重ねると煮魚、焼き魚などを好むようになった。身欠きニシンの美味しさを楽しめるようになったのも50を過ぎてからだった。

だが、ニシン自体がもはや数多く供給されることのない魚となってしまった。現在は輸入物が中心で、かつて北海道で沢山獲れ、ニシン御殿が建ったのも過去の話である。

江戸時代では、ニシンは猫またぎの下魚だったそうだが、今では立場が逆転している。北海道の農地や牧草地、ゴルフ場を目の敵にしたところで、ニシンは帰っては来ない。

私にはなにが正解で、なにが間違っているのかさえ確信が持てずにいる。だが、頭の片隅に置いて欲しい。農地や牧草地は自然の姿ではなく、ゴルフ場も人工遊技場であることを。

私たちは、美味しいニシンを失った代わりに、ジャガイモや牛乳を手に入れた。ニシンが善で、ジャガイモが悪ではないことは分かる。だが、どうあるべきかについて、私は解答を持ち得ない。

答えは持たなくても、せめて疑問だけは持ち続けたいと思います。

コメント
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