ヌマンタの書斎

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落日燃ゆ 城山三郎

2018-04-04 14:43:00 | 

人格者であったからといって、その行為を許せる気持ちにはなれない。

日本がシナ大陸で戦争にのめり込み、戦線を拡大していったのは、軍部とりわけ陸軍の暴走を止められなかった政治の責任である。

統帥権問題が良く知られているが、もう一つ見逃せないのが陸軍による組閣妨害である。内閣総理大臣が組閣をする際、陸軍大臣は現役の将官からの登用に限るとする軍部大臣現役武官制度があった。

これにより、陸軍は自分たちの意に沿わぬ総理大臣の組閣を妨害して、総理を辞任に追いやっていた。これに危機感を抱いた海軍出身の山本内閣総理大臣は、軍務大臣の登用を軍出身者まで含むとし、軍OBを任命して軍の政治干渉を防ぐことに成功した。

しかし、この苦心の策を無為にしてしまった総理大臣が表題の作品の主人公である広田弘毅である。

極東軍事裁判によるA級戦犯として軍人以外で唯一死刑に処された日本人である。私は東京軍事裁判はアメリカの自己正当化に過ぎないパフォーマンスだと考えているが、広田を戦犯とした判断には同意している。

その広田を主人公としたのが表題の作品である。城山三郎は、広田を不運の政治家であったと捉えているようであり、軍部の横暴に抗いながらも、抗しえなかった無念さを描写している。

広田は当時でも、その高潔ぶり、エリートぶらない人柄、率直な交渉姿勢などを周囲から高く評価されていたことが分かる。だからこそ、著者城山三郎は広田を高く評価しているのだろう。

城山のような評価の仕方はあってもイイと思う。否定はしないが、それは広田弘毅の評価としては、一面に過ぎると思う。

外交官時代から広田は、国際協調路線の信奉者であり、その粘り強い交渉姿勢は、アメリカのグルー駐日大使だけでなくイギリスにも、ドイツにも高く評価されている。またソ連からも、広田の交渉態度を高く評価されていたことが、戦後の研究で分かっている。

しかし、広田の協調優先姿勢は、結果的に日本を戦争に追いやった。平和を求めながら、結果として戦争へ向かうことを止めることは出来なかった。そのことを、一個人の責任とするのは、あんまりだと考える城山の考えも一理ある。

それでも、私は広田に対して批判的である。当時の陸軍は、シナ大陸に日本の占領地を築き、そこから日本を支えることこそ、日本の進むべき道であると盲信していた。広田どころか近衛首相の指示さえ聞かず、あまつさえ天皇のお気持ちさえ踏みにじった。

そんな相手に、熱心に我慢強く説得を続けた広田の行動は、真摯なものであったかもしれないが、愚かであったのも確かであろう。これは陸軍だけではないが、当時の日本には勝てば良いだろう、結果が良ければ良いだろうと考え、批判に耳を傾けない悪癖があった。特にエリート層に著しくみられた悪癖である。

その原点は日露戦争である。あの戦争で日本軍は失敗、失策、失態つづきであり、本来なら負けてもおかしくなかった。勝ってしまえたのは、ロシアが日本以上に失敗を重ねたからに他ならない。

たとえ勝った戦争でも、反省すべきことは反省し、信賞必罰の基準を歪めず、一貫した姿勢でいたのならば、当時の陸軍上層部は大半が降格、処罰、軍事裁判さえ避けられなかったはずだ。そのくらい、ひどい失敗続きであったのだから。

しかし、勝ったことでその失敗はなかったものとされ、本来処罰されるべきエリートたちは、むしろ褒章にありついた。権限を奮い、失敗したとしても、その責任をとる必要はないとの前例を作ってしまった。

満州の地で、日本政府の指示を無視して戦争にまい進した陸軍のエリートたちは、勝てば良いのだと驕り高ぶり、批判者の言に耳を傾けることさえ拒否した。勝てば良い、勝てば失態は問われないと思いあがった相手に、広田の誠心誠意を込めた説得など通じるはずもなかった。

そのことは、満州事変前から既に分かっていた。分かっていながら話し合いに固執し、結果的に陸軍を暴走させた広田の責任は重大だと考えたからこそ、極東軍事裁判において死刑の判決が下された。

批難するだけなら容易い。では、話し合い以外で陸軍を止める方法はあったのだろうか。

私はあったと思う。歴史にIFの視点を持ち込むことは、決して良いことではないし、広田の評伝とも云える本作に対する文として、ここに書くことは適切ではないと思うので、その仮定の方策については、改めて書きたいと思います。

最後に、広田弘毅が人として素晴らしい人物であったことは、私も否定しません。むしろ、敬意を表して良いとさえ思います。ただ、彼は戦争を止めることに失敗した公人です。それゆえに、彼は非難されるべき立場であることも忘れてはいけないと思います。

コメント
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