歴史の評価は時として残酷である。
東海一の去謔閧ニ云われた今川義元は、戦国大名として屈指の大物であった。しかし、桶狭間において織田信長に敗れたことで、その評価は低くなるのは仕方ないことではあるが、必然だともいえる。
その義元の息子である今川氏真を主人公にしたのが表題の作品である。
私見だが、戦国時代きっての不運な大名であると同時に、信じがたいほどの強運の持ち主である。
父・義元は40代で戦死している。戦国大名としては、最も脂の乗り切っている年だけに、息子にはまだ後継者としての自覚は薄かったと思う。桶狭間での父の死後以降、氏真は必死で建て直そうと努力はしたようだ。
しかし、北には戦国大名最強と謳われた武田信玄が、東には関東の雄・北条氏が、そして反旗を掲げた松平信康(後の徳川家康)の三者に攻められて、家臣の大半が散り散りになり、氏真自身も流浪の身となる有り様。
下剋上が当たり前の戦国時代であるからには、今川氏は滅び去ることが自然の流れであった。
しかし、氏真は生き残った。かつては今川家に人質とされていた松平信康に膝を屈して客将となり、父の敵の信長に謁見した時には、得意の蹴鞠を披露している。信長もさぞ呆れたのではないかと思う。
戦国大名であった父・義元とはいささか異なり、この不運な息子は文化人としてのほうが有名であった。京都の貴族の嗜みであった蹴鞠の名人であっただけでなく、俳諧にも通じ、歌人としての顔を持つ。
また生涯不敗と云われた剣豪・塚原卜伝の弟子でもあるからして、剣の腕も相当なものであったと思われる。ただし、こちらのほうは、試合などの記録が一切残っていないので、その実力は未知数だ。
あまり知られていないが、あの長篠の戦いにも徳川方の武将として参戦しているし、後年関ヶ原の戦いにも秀忠の配下として東軍方として名を連ねている。ただし、目立った武功は一切ない。
そして最後は徳川幕府の譜代大名として末席に名を連ねている。なんと、江戸時代まで生き残ってしまったのだ。ある意味、驚異的な強運の持ち主である。ただ、戦国大名としてはあまりにみっともないと思われてしまうせいで、歴史上の評価は低い。
そんな今川氏真を主人公にしたのがライトノベル作家として売り出し中の蝸牛くも氏であり、その作品を漫画化したのが湯野由之である。私は原作を読んでなくて、漫画の連載版を先に知った。まさか、あの氏真を主人公にするなんてと呆れたものだ。
掲載されている雑誌も、どちらかといえばマイナーな隔週刊の「ヤング・ガンガン」であるせいか、まだあまり知られていない。しかも、連載が始まって間もないというのに、既に休載が何度かある。
連載・・・大丈夫かな。少し心配ではあるが、今後の展開に期待したいと思っています。