だいたいプロレスラーになるような奴は、十代の頃から名を売っていた奴が多い。
もっとも例外はけっこういる。街の喧嘩屋だった藤原とか、プロレス好きが止められずに若くして入門した藤波や船木は、無名であった。
しかし、プロレスも人気が出るにつれて入門する若者も国体選手など、他のアマチュア競技で名を挙げた若手が増えた。相撲が性に合わずにプロレス入りした若手もかなりいる。
無名とはいえ、若手レスラーは背が高くて、筋骨逞しいので、服を着ていてもすぐ分る。スポーツ選手に逞しい者は珍しくないが、プロレスラーの逞しさは別物というか、異常な世界。あの胸の厚みや、首の太さ、太ももが筋肉で膨れ上がっていてGパンが履けないことも珍しくない。
私が十代を過ごした世田谷は、新日本プロレスの道場が野毛にあったので、わりと見かけることが多かった。一目で分かりますよ、あの異常なデカさと太さを併せ持った異様な体格は。
いや、体格だけではない。喧嘩自慢が多いせいか、お近づきになりたくない雰囲気をまとった若手が多かったと思う。用賀の商店街で前田日明を見かけた時なんて、その危ない雰囲気にビビって近寄れなかった。目つき、怖すぎやぞ、あの人。
また絶大な人気を誇った初代タイガーマスクの佐山選手も、三軒茶屋にジムを開いた関係で何回か見かけている。この人も怖い雰囲気をまとっていて、安易に声をかけられない目に見えぬバリアを張っていた。
でも、そばにいたタイガージムのインストラクターの山崎選手だけは違った。もちろん首の太さ、胸板の厚さなどは常人の比ではない。しかし、まとう雰囲気が堅気だった。普通でない逞しさをもちながら、普通の社会人の顔をもっていたのが山崎一夫でした。
実は私とは同い年であり、学区も同じ。もし、私の中学の内申書がもう少し低かったら、あるいはもう少し勉強が苦手だったら同じ都立高校で同級生になっていたかもしれない人でもあった。
隣の三鷹市の裏番長として名を知られていた蝶野とは異なり、T高校での山崎選手の噂はまったく聞いたことがない。中学の同級生でT高に通っていた連中に聞いても、普通の高校生であり、大柄ではあっても目立つことない地味な存在であったようなのだ。
そのせいかと思うが、プロ入りしてリング・デビューしても話題になることは少なかった。いや、前座での高田選手との激しい試合は、わりと有名でしたが、これは会場で生で視てないと分からないマイナー情報。間違ってもTV放映はないし、プロレス専門誌でも滅多に取り上げられない。
実際、新日ファンであった私でさえ、荒川や木戸、藤原といったベテラン勢に混じって若い兄ちゃんがいるな、程度の印象であったに過ぎない。はっきり言えば、とても地味な選手であった。
しかし、だからこそ貴重な選手であることが分かったのは、UWF勢の離脱と復帰などがあってからだ。新日の現場責任者であった頃の長州力は、大のUWF嫌いであったが、会場でもめ事がおこると「山崎はどうした、山崎はなんといっている」と観客にも聞こえる声で尋ねていた。
地味ながら実直で、普通の感覚をもった大人である山崎選手は、UWF嫌いの長州でさえ信用に値する人物であった。それは観客も知っていた。たしかUWFインターの試合だったと思う。
レスリングに拘りのあるボブ・バックランドと高田選手が、実に退屈な試合をやらかし、観客が暴動寸前になるほど激高したことがある。それをみた山崎選手がリングに上がり「これが今の我々の精一杯の試合です、」と謝罪すると、その率直さを信頼した観客が静まったことがある。プロレスラーって奴は、我儘で自分勝手な人が多い中、山崎選手の実直さはファンからも高く評価されるものであった。
ただし、この社会人としての普通の実直さが裏目に出ることもある。UWFインターという団体が崩壊した一因は、若手の武闘派である宮戸や安生が、山崎の普通の常識に反発したことだと云われている。
強さを真摯に求めると、それは時として非常識で異常なものになることは確かにある。格闘技志向の強かった宮戸選手らにとって、常識を振りかざす山崎選手は非常に鬱陶しい存在であったようだ。
山崎も宮戸、安生らも既に現役を離れ、プロレスからも距離を置いているようだが、未だ和解はならないと聞いている。人間関係は難しいものだと痛感している。
やはり山崎選手とあまり親しくなかったUWF選手に前田日明がいるが、前田も団体経営者としての経験を積み、裏方の山崎選手の苦労が分かり、今はわりと親しくなっている。
前田選手のユーチューブの番組に、ゲストとして山崎選手が招待された番組は面白かった。相変わらず破天荒な前田選手と、冷静に常識的な山崎選手の噛み合っていないながらも、理解しあっているかのような微妙な会話には爆笑してしまった。
派手な前田選手と、地味な山崎選手はプロレスラーとしては、あまり馬が合わなかったと思いますが、合わなくても理解しあえる関係が羨ましく感じられたものです。
最後にプロレスラーとしての山崎選手のベストマッチは、IWGPの決勝戦での橋本真也との試合でした。重く破壊力のある蹴りを放つ橋本選手と、剃刀のように鋭い切れ味の蹴りを正確に放つ山崎選手。見事な対比であり、見応えのある試合でした。動画がユーチューブにもアップされているので、是非一度は視て欲しいです。